第7話 草食系男子の、船酔い。




 オエーツの町を出て、しばらく海岸沿いの街道を進んだ小さな漁村で、漁師のゲンク爺さんに頼みアタシはいつものように舟を出して貰った。


 「ほうほう、レディアが弟子を取ったか、どんな心変わりなんじゃ」


 ゲンク爺さんは帆を操りながらそう尋ねて来る。


 「弟子じゃねーよ。何か成り行きで面倒見ることになっただけさ」


 「ほうほう、レディアが弟子を取ったか、どんな心変わりなんじゃ」


 「弟子じゃねっつーの。同じこと聞くな」


 「ほうほう、レディアが弟子を取ったか、どんな心変わりなんじゃ」


 「……ゲンク爺さん、ボケちゃいねえだろ? どうしたんだよ」


 「モブごっこじゃ」


 「モブキャラでももう少し気の効いた会話するようになってるっつーの!」


 「まあそう怒るな。可愛い顔が台無しじゃぞ、のう、若いの」


 「は、はい……えーっと、その……」


 「おいおい、女子は素直に褒めるべきじゃぞ? 世話になってるなら世辞の一つも言うもんじゃ」


 「アタシの煤だらけの顔なんざ、誰も気にしちゃいねーよ。

 それより爺さん、いつも通りで頼みたいとこなんだが、コイツ一ノ瀬優斗多分舟に乗るの初めてだからな、多少ゆっくりでも揺れないようにしてやってくれ」


 「何じゃ、レディアは優しいのう。海の厳しさ教えてやろうかと思っとったのに」


 「爺さんに厳しさ教えられたら、海に撒き餌をぶちまけた上に自分が海に落っこちてエサになるっつーの。上陸して使い物にならなきゃ困るだろ」


 「仕方ないのう、しっかり掴まっとれよ。ほっほっほっ」


 ゲンク爺さんは、アタシが砂鉄採集に行く島まで連れてってくれる船頭だ。


 このトボけた爺さんとの付き合いは、アタシがオエーツに来て以来だから、もう6年になる。

 アタシがオエーツの町に鍛冶場を構えたのは、割と近くに砂鉄が豊富な島があるってことが一つ大きな理由だった。

 ただ、その島は通常の海路からは大きく外れた場所だったから、普通はそう簡単には行くことができない。

 アタシが幸運だったのは最初に声をかけたのがこの爺さんだったってことだな。

 ゲンク爺さんは、他の漁師が何時間も粘って魚を捕ってる中、僅かな時間で他の漁師以上の魚を捕って、日中悠々と過ごしている。


 たまたま暇そうに浜で昼酒食らってた爺さんがいるなと思って声を掛けたのがゲンク爺さんだったんだ。


 この爺さんは凄腕で、「船頭奥義」のカード持ちだった。「船頭奥義」は、安全な海路から外れて自由に海を動ける。だから爺さんは誰も行けない穴場の魚影豊富な漁場で魚を捕ってくる。そう酔っぱらって自慢した、無邪気な爺さんだ。


 それ以来、海路から外れた島に行く時は爺さんに頼んで連れてってもらってる。


 最初の頃はアタシも舟が初めてで散々酔って吐き散らかしたし、海にも落ちた。

 でも砂鉄採集のために何度もゲンク爺さんの舟に乗ってるうちに、アタシも「船酔不知ふなよいしらず」のカードを覚えたから、ここ数年は平気だ。

 ゲンク爺さんは揺れがひどくならないように丁寧に操船してくれているが、アタシの隣のナヨチン一ノ瀬優斗は既に顔色真っ青。

 初めてじゃしょーがねーかな。



 「ありがとよ、爺さん」


 アタシは船酔いで出すモン出し尽くし、ピクリとも動かないナヨチン一ノ瀬優斗を片手で抱え、ゲンク爺さんの舟から飛び降りた。


 「迎えはいつも通り30日後でいいんじゃな?」


 「ああ。ほんじゃ船賃100ゴールドな。帰りもまた頼むぜ」


 アタシはそう言って金貨の入った革袋をゲンク爺さんに放った。

 爺さんは大袈裟にその袋をキャッチして、愛おしそうに抱きしめる。

 

 「これでオエーツの骸骨亭に行けるのう。ジェニーちゃんと……ぐふふ」


 何だよ、ゲンク爺さんもジェニーに骨抜きかい。

 つーか爺さん、ジェニーに巻きつかれたら折れちまうんじゃねーか?


 でも残念。


 「ゲンク爺さん、ジェニーは骸骨亭にゃいねーよ。隊商来るまでヒマだからってどっか旅出ちまったぞ」


 「なんじゃ、もうそんな時期かい。

 はー、仕方ない、ベロニカちゃんの軟体プレイで我慢しとくかのう」


 爺さんなのにお盛んなこった。


 「爺さん、程々にしとけよ。じゃ、30日後頼むぜ」


 アタシはそう言うと海岸を後にして、ナヨチン一ノ瀬優斗を引きずって砂鉄採集場所の山の中に入った。




 しばらく船酔いでのびてるナヨチン一ノ瀬優斗を木陰で休ませて、アタシは砂鉄採集を始めた。


 おほっ、相変わらず砂鉄がざっくざく取れる。

 天下で最も採集量が多いって言われるイーズモやイナーバに比べても、多少見劣りするかなって程度で、そんじょそこらの山の中とは比べ物にならない量だ。


 アタシがしばらく夢中になって砂鉄を採ってると、ようやくナヨチン一ノ瀬優斗が喋れるくらいの元気は出たみたいで、「……すいません、レディアさん……」と蚊の鳴くくらいの小さな声で謝って来た。


 「おう、ようやく喋れるくらいにゃなったか。それじゃ、これ飲んでもうちっと休んでろ」


 アタシは貴重品入れのストレージから竹筒に入った水と、丸薬「特効薬」を出してナヨチン一ノ瀬優斗に渡した。


 「……これは?」


 「体力回復効果がある薬だよ。飲んで寝てりゃすぐ効くぜ。

この世界じゃ、体力が減り過ぎると病気になるんだよ。病気になる前に寝るか体力回復の丸薬飲めば病気にゃならねぇ。

 アンタは初めての船酔いで体力減り過ぎて病気になってんだよ。それで体力回復させりゃすぐ治るから、飲んで寝とけ」


 「……この丸薬、レディアさんが作ったんですか……」


 「アホ! 医者から買ったモンだよ。まがい物じゃねえ、安心しろ。

 オエーツにゃ医者は居ねえがカフの町とオツルーガの町にゃ居るんでな、カフの町の医者んとこで買ってきたんだよ。

 医術が4になって更に経験積めば丸薬作れて診療もできる医師になれるらしいぜ。医師で天下一目指すってのもアリじゃねえか?

 最も鍛冶と一緒で、あと1歩がどれだけかかるのか、見当もつかねぇ果てしなさだけどな」


 アタシはそう言うと、また砂鉄採集に戻った。


 うなる砂鉄がアタシを呼んでるぜ。





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