遥かな未来の来訪者【第1話】
「たーんじょーおーびーがことしーもーやってーくるー」
「ハルさん、ご機嫌だな」
雪の結晶が随所に刺繍されたメイド服を身につける女装少年、アズマ・ショウは小さく笑う。
一緒に歩く先輩用務員のハルア・アナスタシスが調子外れな歌を唄うものだから思わず笑ってしまった。しかもメロディーが、この前ショウが教えた元の世界で有名なクリスマスのCMソングである。「たのしかったー、できごとをー、けしさーるーよーうーにー」とハルアが続けて歌うので、おそらく歌詞を間違えて覚えてしまっていた。
今年もこの時期が到来してしまった。この時期というのは当然、ショウの誕生日である。めでたく17歳に成長したのだが、大人になったという気分がまるで湧かない。若い時の誕生日とはそういうものなのだろうか。
ハルアは弾んだ声で、
「だってめでたいよ!! ショウちゃんの誕生日!!」
「今年はサプライズがないといいなぁ……」
「サプライズはいつだって面白いものなんだよ!!」
「あの時は心臓がキュッてなってしまいそうになったから、サプライズを仕掛けるならもう少し控えめがいいな」
ショウは去年の誕生日を思い出して遠い目をしてしまう。
去年の誕生日はクリスマスマーケットに連れ出され、大食堂で盛大な誕生日パーティーが執り行われたのだ。その時に大砲だの機関銃だのでお祝いされたのが心臓に悪かった。問題児筆頭を敵に回してはいけないと強く誓ったのである。
今回はそんな雰囲気がなく、ユフィーリアも積極的に「誕生日ケーキは豪勢に3段ぐらい重ねちゃう?」なんて聞いてくるので普通にお祝いしてくれるはずだ。サプライズ計画を悟られない為に買い物へ行かせたり、外へ遊びに行かせたりなどされていないので大丈夫だろう。そう信じたい。
すると、
「あれ?」
「子供?」
ショウたちの行手に、小さな子供が現れた。
キョロキョロと周囲に視線を巡らせて何かを探しているような素振りを見せる子供は、3歳程度の年齢だろうか。縞模様が特徴的な猫の着ぐるみを身につけており、猫の耳が縫い付けられた頭巾を被っている。小さなお尻の辺りにも猫の尻尾が縫い付けられており、歩くたびにずるずると引きずっていた。
頭巾の下から垣間見える子供の可愛らしい表情はどこか不安げであり、艶のある黒髪を指先で弄りながら右に左に歩き回る。大きくつぶらな青い瞳にはじわじわと涙が浮かび、今にも泣き出しそうだ。
ショウとハルアは顔を見合わせると、
「魔法のお薬で誰かが縮んだのかな?」
「そうかもしれない。とりあえず保護しなければまずいだろう」
「そうだね、子供だもんね。お母さんとかお父さんが探してるよ」
ショウとハルアは互いに『子供をとりあえず保護しよう』という結論で一致させ、早速行動を開始する。
「お嬢ちゃん、迷子!?」
「お母さんやお父さんはどこに行ったか分かるか?」
「…………」
ウロウロと廊下を彷徨い歩いていた子供がショウとハルアを見つめると、その小さな手を懸命に伸ばし、てちてちと走ってハルアの足にしがみついた。その行動に迷いはなかった。
ハルアの足にしがみついた子供は、今まで泣きそうだったのが嘘のような可愛い笑顔を浮かべて「いた!!」と言う。どうやら探していたのはハルアだったようだ。
ショウはハルアの足にしがみついた子供を見やり、
「ハルさんのご親戚の子供か?」
「オレに親戚がいると思う?」
「妹さんの子供かもしれないだろう」
「妹はまだ結婚してないんだよ」
ショウの意見を一蹴したハルアは、
「お嬢ちゃん、どこから来たの!?」
「お家は分かるか?」
「はるちゃん!!」
子供はハルアを見上げると、
「はるちゃん、いた!!」
「え? オレのお知り合い?」
「やっぱり妹さんの子供かも……」
「止めて、現実を見たくない」
ハルアがショウの意見など聞きたくないと言わんばかりに耳を塞いでくる。そこまで現実を認識したくないのか。
子供は「はるちゃん、はるちゃん」としきりにハルアのあだ名を呼ぶので、この子はハルアの知り合いであることは間違いないだろう。本人は丸切り覚えていないのだが、子供がこれだけ懐いていれば知り合いであることを納得せざるを得ない。
とにかく、子供がどこから来たか分からない以上は両親を探しようがない。ここはショウとハルアには出来ないものを扱える魔女の出番だ。
ショウはハルアの足にしがみつく子供を抱きかかえてやり、
「とりあえず、ユフィーリアに聞いてみよう」
「そうだね!!」
最愛の旦那様であるユフィーリアに相談しようと決まった時、ショウに抱きかかえられる子供は青い瞳をパチクリと瞬かせていた。それから小さな手をショウの頬に触れると、ふにゃりと笑う。
「おねえちゃん、かわいいね」
「ありがとう、貴女も可愛いぞ」
「べてぃだよ」
「ん?」
「べてぃ」
子供は自分のことを指差すと、
「べてぃなの」
「そうか、ベティって名前なのか」
「うん」
子供――ベティと自ら名乗った幼児を抱きかかえ、ショウはハルアと用務員室に戻るのだった。
☆
用務員室に戻ると、扉の隙間から焼き菓子の焼けるいい匂いが漂ってきた。
「ただいま!!」
「ただいまです」
用務員室の扉を開ければ、今日も鉄アレイで筋トレをしている筋骨隆々とした先輩用務員とお茶の準備をしている南瓜頭の美女が出迎えてくれる。
「お帰りぃ」
「お帰りなさイ♪」
筋骨隆々の先輩用務員――エドワード・ヴォルスラムは、ショウが抱きかかえている子供の存在に気づいて銀灰色の双眸を瞬かせる。
「その子はどうしたのぉ?」
「廊下をウロウロしていたんだよ!!」
「どうやらハルさんのことを知っているみたいなのだが、ハルさんは覚えていないようで……」
困惑するショウに、ベティが小さな手をエドワードに向けて伸ばす。エドワードのところに行きたいようだが、ショウが抱きかかえているので行けない様子だ。
試しにエドワードへ近づいてみると、ベティはエドワードの太い腕を小さな手でぺちぺちと叩く。筋肉で覆われた腕を撫でたベティは「かたいねぇ」などと感想を述べた。
笑顔のベティは、
「えどちゃん、おっきいねぇ」
「ええ?」
「エドさんの知り合いですか?」
「俺ちゃんに子供の知り合いはいないよぉ。弟も妹も冥府だしぃ」
エドワードはキッパリと否定してくる。確かに、強面のエドワードを初対面で臆さないとはかなり肝が据わっていると言えよう。
「じゃあ、アイゼさん?」
「おねーさんでもないワ♪」
お茶の準備を中断した南瓜頭の美女――アイゼルネは、ベティの柔らかい頬を指先で突いて遊ぶ。
「あら柔らかいワ♪」
「あいちゃん、やだ」
「アイゼさんも知っているんですか」
ショウは素直に驚いた。
エドワード、ハルア、アイゼルネの問題児メンツを知っているとは子供にも悪名が轟いているのか。そうなると、生徒たちの弟か妹という可能性も考えられる。容姿を詳細に書いた手紙が父兄の間で出回っているのか。
でも、そうなるとショウが覚えられていないのが残念だ。まだ入ったばかりだから仕方がないのだろうか。
その時だ。
「お、ショウ坊とハルが帰ってきたのか?」
居住区画の扉が開かれ、そこから銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルが顔を覗かせる。
彼女はショウが抱きかかえる子供を見やり、それから不思議そうに首を傾げる。ユフィーリアは見覚えのない子供のようだ。
だが、子供の方は今までの反応と違っていた。エドワードやアイゼルネ、ハルアにした時とは違ってショウの腕を抜け出そうとバタバタともがく。落としてしまうと怖いのでベティを解放すると、真っ先にユフィーリアへと駆け寄った。
それから彼女はユフィーリアの足にしがみつくと、
「ぱぱ!!」
とんでもねーことを口走り始めたのだ。
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