サンタクロース作戦〜問題用務員、謎プレゼント収受事件〜

 12月24日である。



「お前ら、良い子はもう寝る時間だぞ」


「はぁい」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「ああ」



 時刻は午後11時である。普段の問題行動とは違って超健康優良児の問題児たちは、そろそろ寝る時間となっていた。


 銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは指を弾いて肩だけが剥き出しの状態となった黒装束の形状を変化させる。黒い霧のような形状になったかと思えば、一瞬にして真っ黒い部屋着ネグリジェの形となる。

 二の腕まで覆い隠す長手袋ドレスグローブはそのままに、普段の格好とは打って変わって清楚で可憐な印象がある。冷たい寝室の床を踏み締める足元は黒いふかふかのスリッパで守られていて、完全に気を抜いている状態だった。


 他も完全に寝の体勢である。今の時期だとエドワードも寒いのか、ザックリと編まれた灰色のカーディガンを羽織って寒さ対策も万全である。ハルアとショウはお揃いの寝巻きを身につけており、全体的にモコモコとした生地が特徴の動物モチーフの衣服だった。ハルアは兎、ショウは猫の耳がついた頭巾を被っている。

 アイゼルネはいつも身につけている南瓜のハリボテを外し、就寝用に使っている仮面舞踏会で使うような煌びやかな仮面で顔全体を覆い隠している。露出が派手なドレスを身につけるのがいつもの彼女だが、寝巻きは清楚さを全面的に押し出した真っ白いワンピースだ。豊満な胸元を飾る華奢な黒いリボンが可愛らしい。


 欠伸をしながらユフィーリアは天蓋付きベッドに潜り込み、



「お休み」


「お休みぃ」


「おやすみなさい!!」


「お休みネ♪」


「お休みなさい」



 そして5人仲良く就寝である。


 寝室の明かりは消され、夜の闇が部屋を支配する。窓から差し込む月明かりがぼんやりと青白く照らし、室内の気配は水を打ったように静まり返る。

 12月24日は、サンタクロースが良い子にプレゼントを配る特別な日である。世の中の子供たちはこの日の為に良い子で過ごし、自分のほしいものをサンタクロースから受け取るのが習慣となっていた。普段から悪いことばかりしている問題児とは縁遠い行事である。


 ただし、12月25日は問題児にとって大切な日だった。サンタクロースからプレゼントを強奪する日ではなく、もっと重要で大切な日だ。



「…………」


「…………」


「…………」


「…………」



 むくりと闇夜に支配された部屋の中で起き上がる4人の影。


 ユフィーリア、エドワード、ハルア、そしてショウは閉ざした天蓋付きベッドを仕切るカーテンから顔を出して部屋の様子を窺う。残り1つのベッドを占拠する彼女が起きていないか、状況を探っているようだ。

 何せ彼女は死んだように眠るのだから、本当に寝ているかどうか分からない。いびきもなければ寝言もない。仰向けのままピクリとも動かずに朝を迎えるのだから恐ろしいものだ。


 ユフィーリアは声を潜めて、



「寝てるか?」


「動かないねぇ」


「ユーリ、確かめられないの?」


「睡眠の魔法を重ねがけするとか……?」



 他の問題児もいつもより声を小さくして会話する。特に普段から大きな声で元気よく話すハルアがヒソヒソと声を小さめで話している姿は見慣れない。


 ユフィーリアはあえて『絶死ゼッシの魔眼』を使い、彼女の現状を確認する。

 ピタリと閉ざされた天蓋付きベットのカーテンから様々な色の糸が伸びる。魔眼の精度を上昇させて見える糸を限定し、状態を確認すると『熟睡中』ということが把握できた。起きていないようだ。



「よし、作戦開始だ」


「はいよぉ」


「らじゃ」


「了解」



 サッと4人揃って天蓋付きベッドに引っ込み、それからややあって綺麗な包装紙に包まれた箱を抱えて天蓋付きベッドから這い出してくる。

 大小様々な箱だが、共通しているのは箱に添えられたカードである。トランプカードと同じぐらいに小さなそれには『誕生日おめでとう』の文字が並んでいた。


 そう、12月25日はアイゼルネの誕生日なのだ。クリスマスと同日に生まれた彼女には、毎年こうやってサンタクロースになりきって誕生日プレゼントを渡すのである。



「でも、こんなことでバレないのか?」


「バレてるに決まってんだろ」



 ユフィーリアはアイゼルネのベッドに誕生日プレゼントを忍ばせながら、ショウの疑問にあっけらかんとした口調で答える。



「でも毎年この渡し方がいいって言うから、アイゼルネの誕生日は問題児サンタクロースに変身して渡すってことになってるんだ」


「どんな状況でも楽しんでしまうアイゼさんらしいな」



 ショウは小さく笑うと、ユフィーリアに促されるままアイゼルネのベッドに彼女へ宛てた誕生日プレゼントの箱を潜り込ませる。次いでエドワード、ハルアと続いて誕生日プレゼントの授与は完了だ。

 あとは朝が到来して、アイゼルネの驚く反応を見て任務は終了である。毎年この日だけは夜遅くまで起きている必要があるので、お昼寝をしておかなければ起きていられないのだ。


 まあ、昼寝をしていたとしても問題児は見た目と普段の行動にそぐわず健康優良児である。深夜に差し掛かれば眠くなるのは当然だ。



「アタシらも寝るか」


「そうだねぇ」


「仕事は終わったもんね」


「お休みなさい」



 そうして4人はそれぞれのベッドに潜り込み、静かに夢の世界へ旅立つのだった。



 ☆



 次の日である。



「きゃー♪」



 アイゼルネの甲高い悲鳴が目覚まし時計の代わりとなって、ユフィーリアは眠りの世界に浸っていた精神を引き摺り戻す。

 この反応から判断して、夜中に仕込んだユフィーリアたちの誕生日プレゼントを見つけたらしい。喜んでくれたようで何よりだ。


 欠伸で眠気を払いながら、ユフィーリアは天蓋付きベッドのカーテンを開ける。



「よう、アイゼ。おはようさん」


「おはよウ♪」



 アイゼルネは声を弾ませて、



「今年の誕生日プレゼントはおねーさんがほしかったものばかりなのヨ♪」


「そりゃよかった。アイゼはとびきり良い子で働き者だから、サンタクロースもサービスしてくれたんだろ」


「嬉しいワ♪」



 何気なく応じるユフィーリアだが、アイゼルネが嬉々として見せてきたプレゼントに思考回路が停止しかける。



「特にこの鞄、とってもお高いブランド品なのヨ♪ レティシア王国の王室御用達って言われてる鞄店の冬限定の意匠なんだけど、お値段が100万ルイゼもするのヨ♪」


「え?」


「あラ♪」



 ユフィーリアはアイゼルネが大切そうに抱えるものに注目する。


 それは鞄だった。見るからに上等な革製の鞄で、要所に金細工が施された赤色の手持ち鞄である。王族御用達と聞いてしまうとカッチリした真面目な印象を受けてしまうが、アイゼルネが眺める鞄は女性が好みそうな意匠のものだった。

 鞄の蓋を留める金具に彫られた刻印は、500年以上の歴史を持つ老舗の鞄店のものであることが示されていた。職人の手作業で鞄を作成するので値段が高く、素材も高級品なので庶民では高くて手が出せない代物が多いのだ。


 まして万年金欠を叫ぶユフィーリアたち問題児が、およそ100万ルイゼはする鞄を贈ることなんて出来ない。



「ユーリが贈ってくれたんじゃないノ♪」


「知らない……」



 ユフィーリアは首を横に振ると、



「アタシは今年、いい原石が手に入ったから加工して耳飾りにしたけど……」


「あラ♪ じゃあこの鞄は一体♪」



 すると、問題児の男子3人組も仲良く起床した。



「おはよぉ」


「おはようございます!!」


「おはようございます……」



 寝ぼけ眼を擦りながら天蓋付きベッドを這い出てくるエドワード、ハルア、ショウはアイゼルネの膝の上に乗せられた真っ赤な鞄を見て瞳を瞬かせる。自分が贈ったものではないと判断したのか、3人揃ってユフィーリアを見てきた。

 明らかにユフィーリアが贈ったものと認識している眼差しである。彼らの視線を否定するように首を横に振れば、3人揃って首を横に振り返してきた。否定している場合ではないのだ。


 エドワードは「そんな訳ないじゃんねぇ」とわざわざ声に出してまで否定して、



「だってこれぇ、超高級鞄店の期間限定の鞄だよぉ? 100万以上はするって雑誌でも見たしぃ」


「アイゼがこの為にお金を貯めてたのも知ってるよ!!」


「用務員で1番稼いでいるのはユフィーリアだと思うのだが……」


「アタシじゃねえ!!」



 エドワード、ハルア、ショウの推理をユフィーリアは真っ向から否定した。


 確かに問題児で1番稼いでいるのはユフィーリアだ。七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】としての広告料収入があるので、不定期的に莫大な金額が懐に転がり込んでくるのである。まあ、あればあっただけ使ってしまうのがユフィーリアだが。

 たとえその収入を使ったとしても、やはり100万ルイゼにも上る鞄を贈るのは考えられない。素材はよくても魔法的な要素がない鞄など、強請られでもしない限り買うことなんてないのだ。


 謎のプレゼントに困惑するユフィーリアに、アイゼルネが「あラ♪」などと言う。



「ユーリ♪ ベッドに箱があるわヨ♪」


「え?」



 アイゼルネに指摘され、ユフィーリアは自分のベッドに視線をやった。


 枕元に大きめの箱が置かれていた。丁寧に包装紙で飾られ、真っ赤なリボンまでかけられている。起きた時にあんなものがあったのか、それともユフィーリアが気づかなかったのか。

 怪しさ満点の箱だが、中身が気になって仕方がない。見たところ爆発物でもなさそうなのだ。



「え――」



 恐る恐るリボンを解いて包装紙を破き、箱を開けると隙間なく本が詰め込まれていた。

 しかもただの本ではない。すでに絶版され、この世から消え去ったとされている魔導書ばかりだ。ユフィーリアの読んだことのない魔導書ばかりである。


 箱の中身に目を剥くユフィーリアだが、同じような箱はエドワード、ハルア、ショウにも置かれていたらしい。



「高級焼肉セットだぁ!?」


「凄え!! ほしかった運動靴だ!!」


「ユフィーリアのフィギュア、しかも8分の1スケールだと……!?」



 最後のプレゼントは疑問に思わざるを得ないのだが、とにかく覚えのないものが枕元に置かれていた。

 これは、あれである。良い子のところにほしいものを届けてくれるサで始まってスで終わる真っ赤なお洋服のお爺ちゃんの仕業か。あの存在は子供にしか適用されないかと思ったのだが、まさか問題児にも適用されてしまうのか。


 謎のプレゼントを前にガタガタと震えるユフィーリアは、



「さ、サンタさん……?」


「存在したんだねぇ」


「起きてればよかった!!」


「あら、ユーリたちじゃないのネ♪」


「一体誰が……」



 サンタクロースの侵入に気づけなかった問題児たちは、身を寄せ合って恐怖するのだった。



 ☆



 一方その頃、冥府では。



「ふあぁ」



 ショウの実父であり冥王第一補佐官を務めるキクガは、眠そうに欠伸をした。それからすぐに「失礼」と告げ、居住まいを正す。



「随分と眠そうだな、寝不足か?」


「ええ、まあ」



 サラサラと書類仕事をこなす冥王ザァトに、キクガは淡々と応じる。



「息子たちにクリスマスの贈り物を届けてきたもので」

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