第26話 血濡理由!!

「お、お姉ちゃん‥‥‥。」

「待って‥‥‥。」



「いやああああああああああっっっっっっ!!!!」



しゃ、しゃしゃしゃしゃしゃ喋ってるぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっ!!!口々になんか喋っているううううううううううううううううう!?!?!?!?


後ろに走って逃げようとするが、血に濡れているなかでも一番大きい少年が私の手首ををををををををを!?!?!?!?





‥‥‥ああ、私の人生、終わるのは早かったな。



そう思うと、少女の声がした。


「こら!そんなに汚したら駄目なのです!!」



その声とともに来たのは、


「うわあああああああああああああっっっっ!!!」




水だった。勢いのある水をかけられた。




*****



「イチイちゃん。説明してもらってもいいかな‥‥‥?」

「はいなのです。驚かせてごめんなのです。」


今日は天気がいいからすぐに被った水は乾いたけど、少し肌寒さも感じる。だからまあ、許した。


私同様、水に濡れていた血塗れの子たちは廃墟の庭にある井戸の周りでわいわい水遊びをして、更に濡れている。私達はそこから少し離れたところにあった石に座った。私は、少し息を吸ってから質問をした。



「まず、あれって血じゃないよね‥‥‥。」



冷静になってみたらあの子供たちに付着していた赤いモノからは血特有の錆臭さがなかった。


アレは血じゃない。



「あれは赤い絵の具なのです。」

「なんであんなところで絵の具を‥‥‥?」

「それは、見てもらえば分かるのです。」



そう言ってイチイちゃんは立ち上がり、廃墟の中に入った。


廃墟の広大な入り口の少し奥まった方に行くと、そこには薄い木材を貼り繋いで作られた大きな板があった。



「私達は街のこどもだけで演劇をしていたのです。そのための背景を書いていたのです。」

「演劇?ここで?」

「はいなのです!発表はこの間終わったばかりなので、次は半年後なのです‥‥‥。エリースちゃんに見せられなくて残念なのです。」



しょんぼりとしながら話す彼女の話であの血のようなものの正体が掴めた。



「じゃあ、あの子達についていた赤いのは‥‥‥。」

「背景に使うものなのです。ただ、この背景に血が付着しているように見せたいのにいつものの画材では物足りなくて‥‥‥。そこで別の画材、血糊でも使ってみてみるのはどうか、という話で大量に作っている途中なのです。でもあの子達がサボって血糊をお互いにつけあって遊んでたみたいです。」



ため息をつくイチイちゃんの姿で、なんとなく彼女が取り仕切っていることがわかった。


大量に、ね‥‥‥。もしかして。



「もしかして、人手が足りていなかったりする?」

「っ!?なんで分かったんですか!?エリースちゃん!!もしかして本当に『セーレー』さんなのですか!?」

「いや、精霊ではないけど‥‥‥。」



キラキラさせている彼女に一瞬でも『もう既に連続殺人を起こしているのでは?』と疑ってしまった私が馬鹿だった。



「イチイちゃんが『血をくれたら許す』っていっていたから、なんだろうってずっと思っていて‥‥‥。」

「い、イチイ、そんなことを言っていたのですか?!」



恥ずかしげにまつ毛を伏せて顔を赤らめた彼女に首をかしげる。


あれ?言ってなかった?



「言っていた、よね‥‥‥?」

「あう‥‥‥。イチイ、エリースちゃんに『おともだち』じゃないって言われて、とっても焦って変だったんです‥‥‥。多分、一緒に血糊を作って欲しいということです。へ、変な意味はありませんので!!」

「それは分かっているよ。イチイちゃん。あと‥‥‥、ごめん。」



そうだよね。さっきまで遊んでいた子に拒絶されて傷ついただろうし‥‥‥。私にはもう謝ることしかできない。



「もういいのです。エリースちゃんに『秘密』が言えたのでっ!」

「『秘密』‥‥‥、ってこれのこと?」

「はい。これ、親に内緒で活動しているのです。」

「なんで?」



不思議だけれども納得がいく話ではあった。


なんでこんな如何にもと言った雰囲気の廃墟で背景を作っているのか、子どもたちだけいるのは何故か。そういう謎がとけていく。


イチイちゃんが真っ赤になった子どもたちの姿を見て、急いで水をかけたのは、赤いのが服に付着してとれないことがあるかもしれないから。


だから、急に水をかけてきたのか‥‥‥。ちょっと私にも被ったのは許しがたいところはあるけどねっ!



「画材とか、この背景とかは各自でお小遣いをためて、お金を出し合っているのです。‥‥‥イチイの、ために。」

「イチイちゃんのため?」

「はいなのです。聞いていただけませんか?イチイの話。」

「うん。いくらでも。」



イチイちゃんは少しトーンが落ちた口調で真面目そうな表情をしながら語りだした。



「イチイは、宿屋の『わかおかみ』?なのです。宿の『こーけーしゃ』なのです。」



『イチイはこのお店の『わかおかみ』?です!!』

と初めてであったときに自信満々に語らっていたのとは対称的すぎる表情に、なんだか私まで胸が苦しくなってしまう。



「イチイには夢があるんです。『じょゆー女優』になるという夢が。」



ぽつりぽつりと語る彼女は幸せそうに目を輝かした。



「初めて演劇をみたとき、すごく見るどこもかしこもキラキラしていて‥‥‥、『かっこよかった』んです。すごく。イチイは、その日からいつも『おままごと』に演劇しましたのです。『おままごと』にイチイの想いをこめて、がんばってがんばってがんばって、全力でしたんです。」



うっとりとする表情が、がらりといきなり変わった。



「でも、イチイのお姉ちゃんがいきなり、宿の『こーけーしゃ』をやめるって言ったんです。ブティックをしたいって言って。お姉ちゃんとおとうさんおかあさんはケンカしたんですけど、結局お姉ちゃんが勝って‥‥‥。だから、イチイが。イチイがお姉ちゃんの代わりに、宿を守らなきゃいけないんです!!おとうさんとおかあさんにそうやって言われました。でも、イチイにも‥‥‥!!イチイにも‥‥‥!!夢があるんです!!したいことがあるんです!!」



キラキラ輝きながらぽろぽろと流れる涙が彼女の頬を濡らした。



「でも、言われたんです。『夢を諦めなさい』って。『じょゆー女優になんかなれない』って!!『食っていけない』って!!でも、イチイはなりたい!!なりたいのに‥‥‥、言えなくて‥‥‥。きらわれるのが、こわかったん、です‥‥‥。だから家族に言ったのです。いつもやっていた『おままごと』をやめます、と。宿の『こーけーしゃ』に、イチイはなるんです。」

「イチイちゃん‥‥‥。」



『おままごと』をしていたときのブティックお姉さんの驚いた様子に納得する。


『おままごと』は彼女の夢への努力なんだ。そして、それをしなくなったのは‥‥‥。つまり、そういうことなんだろう。



「でも、イチイに気遣ってか、街の子たちが演劇を内緒でしようって言ってくれて、少しづつ道具も揃えたり、一緒に練習したりと今ではこうやって楽しくしています。『おままごと』はもうできません。夢も語りません。ですが、これだけは辞めることが、できません。何があっても。」

「そっか‥‥‥。」



私はしばらく何も言えなかった。そんな私に微笑んでイチイちゃんもしばらく無言だった。



ふと、私はイチイちゃんに尋ねた。



「なんで私と『おままごと』をしたの?」



それおままごとは彼女が封じた遊びだったはずなのに。それをしたのは何故なのか。



「エリースちゃんには、私のすべてを知ってほしかったんです。それが『おともだち』になるために必要だから。」

「そう、だったの。でも、どうして‥‥‥。」



私にその価値がないのは自分がよく知っている。なのに、何故そんなにも‥‥‥。



「言ったじゃないですか。エリースちゃん。『よくわからない』。それが答えです。」

「そうだったね。」

「エリースちゃん、『おともだち』になりましょうなのです!」

「‥‥‥。」

「エリースちゃん?あ、あれ?そ、そうですよね!!もう『おともだち』ですよね!!」

「‥‥‥。」

「エ、エリース、ちゃん‥‥‥?」

「ありが、とう‥‥‥。イチイちゃん‥‥‥。」



素直に嬉しかった。なんとなくでも、ぼやけた理由でも私なんかと友でありたいと真摯に望んでくれたことが。拒否をしても『ともだち』になりたいと願ってくれることが。それが、とっても嬉しくて。



思えば、時間が巻き戻る前ははっきりと『友』といえる人がいただろうか?‥‥‥いや、いなかった。


たくさんの好意をもらっていたのに、『友』になりたいと叫ぶ人たちがいたのに私はそれを無視していた。


__『おともだち』になろうよ。



「っ!?」



ああ、また?!記憶が‥‥‥。記憶が一瞬、クリアに‥‥‥。


あの記憶は?『友』になりたいと叫んだ人?それは‥‥‥、誰?



あぐっ!!頭が、頭が痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!



「え、エリースちゃん?また、ですか!?大丈夫ですか!?騎士さま‥‥‥、だめ!ここを知られちゃだめなのです!!でも、ああ、どうしよ、」

「だ、大丈夫だよ。イチイちゃん。ごめん。なんでもない。」



あわあわとしているイチイちゃんの頭をそっと撫でる。


そうすることで頭痛がなくなっていくような気がする。



「もう、私達は『おともだち』だよ。」

「本当なのですか!?エリースちゃん!!やったあ!!」



パアッと輝かせた顔が本当に可愛くてくすっと笑ってしまう。


__本当に彼女が殺人鬼になるのだろうか?



そのことだけが私の胸を燻る。本当に?彼女が?とてもじゃないがこんな純真な少女が数年後に殺人鬼に変わる姿のが信じられない。


あれは本当の記憶‥‥‥?



緑の目の少女が私に恨みをもった目線を送っていた記憶。


そしてその後私が人族を殺したと嘆いて、その少女を殺す記憶。



‥‥‥もし、イチイちゃんが殺人鬼と成れば私は容赦はしない。殺すだろう。



緑の目のあの少女が、イチイちゃんなのはもう変えようがない。イチイちゃんの面影を残して成長していた。


何か理由があったの?あの恨みの目は。でも、イチイちゃんが犯人なのは変わらない。



__『エリースゥ‥‥‥!!ミュゲ村のエリース‥‥‥!!あんたをっ!!あんたを殺してやるっ‥‥‥!!』



彼女はそう言っていた。私の名を叫んで。そうして、何が起こったの‥‥‥?



__刃物をもっていた。


その思い出した記憶にハッとする。そうだ。私は確か、あのとき、路地裏で刃物をもった緑目の少女に追いかけられて‥‥‥!!



「エリースちゃん?」

「い、イチイちゃん?ど、どうしたの?」

「あ、いえ‥‥‥。血塗れになっていた子が洗い終わっていたので、演劇を見せてあげようと思ったのですけど‥‥‥。体調が優れないならやはり宿に戻られたほうが‥‥‥。」

「ううん。大丈夫だよ。私、見たいなぁ。イチイちゃんの劇。」

「っ!!すぐに準備するのです!!」



『ともだち』に演劇を見せられると嬉しそうなイチイちゃんが私に後ろ姿を見せる。



殺人を犯したものにはない、その無防備な背中がいつまでもあってほしいと、そう思

った。



そのために私は彼女が殺人鬼に変わらないように一緒にいる間だけは少しだけ守って

あげてもいいと思った。



‥‥‥初めての『ともだち』のために。

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