第2話

 私は彼のことをテンさんと呼ぶ。きっかけは仲村所長だと思う。仲村所長にかかれば、アマモトさんはテンちゃんだし、板井さんは、バンちゃん。私はイマちゃんだ。

 「の、イマちゃん、の。ちゃんと家に手紙とか電話とかせんとイカンぞ、の。ご両親、心配しとるんやから。女の子なんやから、の」何故「の」を挟むのか分からない。九州のどこかの方言なのかもしれない。そんな仲村所長の横で、テンさんは、ちゃんとしとると思いますよ。テンさんはパソコンに悪戦苦闘している。パソコンを覚えたばかりのテンさんは、よく私に操作方法を尋ねてくる。そのとき指に軽く触れた。

 テンさんの指は細くて長い。バンドでギターを弾いているらしい。「アマモトさん、指綺麗なんですねぇ」というと、でも顔はブサイクやし、そういうと両手の指をグーパーして見せた。そのしなやかな動きに私は妙な刺激を感じてしまった。


 「で、どうなの。そっちは上手くいってんの」電話の向こうが騒がしい。東北訛りが聞こえる。

 「まあまあね。で、そっちは楽しそうじゃん」

 同期の圭一とは、通った高校が近いことで盛り上がり、そのまま付き合うことになった。安い。

 もう一つの決め手は身体の相性だ。こういうと、私がいかにも経験豊富に聞こえるけれど、そんなことではない。身体の相性というのは身長だ。

 身長が高いことがコンプレックスだった。多分170センチを少し超えている。でも圭一は、ひとまわり大柄だった。コンパの帰り道、酔った私を抱きとめた彼の腕の中の広さ。まあ、そのまま抱かれた。その後、何度か抱かれたけど大柄な私たちのそれは、なんだかスポーツみたいだなぁ、と思った。

 「で、年末こっちに帰ってくるの」ズズッと、ビールを啜る音が耳障りだった。しばらく会わないうちに、圭一の無神経な仕草が鼻につく。

 「そのつもりだけど、圭一はどうなの」

 「あー、分かんないだよねぇ。こっちの現場、人手が足んなくてさぁ」

 なんとなく予測がついていた。そして、電話口から居酒屋の喧騒に混じって、切れぎれに聞こえる少し高いトーンの声にも。

 「そうなんだ。じゃ、私寝るから」

 「そうだね、明日早いんでしょ、おやすみ」

 私は圭一と買ったベッドにド真ん中で大の字になった。足をドン、と落とした振動が自身をくすぐった気がして、思わず右手を伸ばそうとしたけど、やめた。

 窓の結露がカーテンを濡らしている。


 

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