第6話『少女の意地』


 ――精霊の少女視点


「ねぇ、ちょっと……ねぇ、しっかりしてっ!」


 私が初めて契約した人間の男。

 契約した途端、すっごく体が熱くなって、なんでもできそうな気がした。

 そうして、絶対に無理だと思っていた状況から助かったのだ。


 さっき破壊した天井を見上げてみる。

 そこには大穴が開いていて、ずっと上の方から太陽の光が降り注いでいる。


 それはつまり、それだけこの場所は地下深くにあったということ。

 そんな地下深くから地上まで貫通させるような一撃を放つなんて……


「あなたは……何者なの? 私たちの敵? それとも……味方?」


 私を守ってやると人間たちに向けたあの言葉。

 

 私はそれを……信じていいの?


 その時だった――


「気絶……しているのか?」


「おい、どうする? 捕らえるか?」


「捕らえてどうするんだよ。王に……いや、俺達を見殺しにしたあのクズに献上するってのか?」


「だが、王に歯向かっていてはこの国で生きられないぞっ。他国にでも亡命するというのかっ!?」


「しかしっ――」


 土煙の中から聞こえる他の人間の声。

 その人たちは、彼を見つめてどうしようか悩んでいるみたい。


『精霊が笑って暮らせる理想郷を作り上げるまで絶対に死ねないっ!! 死んでなるものかっ』

『さぁ、来るのならかかってこいっ! ロリっ娘を傷つけるクソ野郎ども。俺は何が何でもこの子を守ってやるっ!!』


 それが本心からの言葉だったのかどうかは分からない。


 でも……信じたい。そう思った


 たぶん、生まれて初めて暖かい言葉をくれた彼。

 そんな彼の事を……私は――


「守り……たいっ!」


 そうして私は人間たちから彼を守るため、立ちふさがる。


 人間たちがそんな私を見る。


 ――怖い。

 恨みと怒りで人間を殺していた時は、怖いなんて感じたことがなかった。

 でも、今は怖い。


 私を守ろうとしていた彼もこんな気持ちだったのかな?

 だから――


「来るなら……かかってきなさいよ」


 倒れた彼と同じように、たどたどしくても言葉を出す。

 みっともなくても、情けなくても……言葉にするだけできっと勇気は出るから。


「かかってきなさいよクソ野郎ども。私は……何か何でも彼を守ってやるんだからっ!!」



 だから、私は彼の真似してみる。

 すると、少しだけ勇気が出てきた。

 ――すごい。


「ちっ、この悪魔が。生意気なっ!」


「おいやめろっ、そいつに触れたら死ぬぞっ!」



 私の力の事を忘れて掴みかかろうとしてきた人間を、他の人間が止める。


「くっ――」



 やっぱり、自分の力が知られているとやりにくい。



「あぁ……そうだったな……。なら……触れなきゃいいんだろうがよぉっ!!」



 そうしてつかみかかろうとしてきた人間は手近にあった石を拾い、それを見せつけながら私を下卑た視線で見下してきた。


「なっ……。殺す気か!?」


「なぁに、殺しはしねぇよ。王様に差し出すにしろなんにしろ、少し仕置きが必要だろ?」


 そうして石を振り上げる人間から、私は目を離さない。

 絶対に、後ろの彼は守ってみせる。


「なんだ、その目はぁっ!?」




 凄んでくる人間。

 とっても怖い。

 でも――絶対に負けない。


 負けてなんてやらないんだからっ!



「ちっ! このイラつく悪魔がっ!」


「っ――」


 そうして大きい石が私に迫り――

 私はそれを躱してなんとか男に触れようと――


 パァンッ――



 私に迫っていた石が、それを握っていた人間の腕ごと弾き飛ばされた。


「……は?」



 見ていた私以上にその人の驚きは大きいみたいで、しばらく呆けていた。

 そして――


「うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。腕が……俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 吹き出す血を押さえるようにのたうち回る人間。

 でも、一体だれが――



「「「ひとーつ、いたいけな少女に手を上げ」」」




 頭上から声が響いてくる。

 

「「「ふたーつ、少女を監禁するなどという悪行あくぎょう」」」



 それは、複数の男の声。

 新たに現れた五人の男たち。

 彼らは身軽で、高い所から颯爽と地下深くのここまで下りてきた。



「「「みーっつ、少女に傷を付けようとする不届きものを成敗してくれよう――」」」



 そうして現れた男たちは――名乗りを上げた。



「「「我ら、少女を守る盾――ロリコン紳士の会っ!!」」」



 ……。

 ………………。

 ………………………………。



「か、彼もそうだったけど……あの人たちも訳が分からないわ……」



 後ろに倒れているこの人もそうだけど、どうしてあの人たちも『少女』を守る事にこだわっているの?



「副会長殿っ。会長を発見しましたが意識がないようですっ!」


「なんじゃとぉ!? 馬鹿な……。アコンのやつがやられるとはのう。敵はそれだけの手練れであったという事じゃろか?」


「分かりません。それよりも……。やぁ、精霊のお嬢さん。怪我はないかい? もう心配いらないよ。お兄さんたちが君をこれから安全な場所に………………ごはぁっ」


 私に話しかけてきた人間が鼻から血を吹いて倒れた。

 もちろん、私は何もしていない。ただ振り向いただけなのだけれど……。


「どうしたヘリオーーーーースっ!?」


 倒れた男の人に『フクカイチョウ』と呼ばれていた人間が駆け寄る。

 他の人間たちもそれに続いて倒れた人の下に駆け寄った。


「副会長……俺、分かりました。俺たちの求める理想郷は……こんなところにあったのですね……(ガクッ)」


「お、おいっ。ヘリオス、しっかりせよっ! ――くそっ、血が止まらぬ……一体何があったというのだ!? ……ん?」



 満足そうな表情のまま、ヘリオスと呼ばれていた男の人が私を指さして倒れる。

 それに気づいた他の四人の人間はこちらを振り向いて――



「「「……ありがとうございますっ!(ゴパァッ)」」」



 四人中三人が、私を助けてくれた彼やヘリオスという男の人と同じように鼻から血を吹き出して倒れてしまった。



「ああ、そゆことか。なるほど、若いもんには少し刺激が強すぎるのう……」


 唯一、鼻から血を噴かなかった年老いた人間は周囲に倒れた人間たちを呆れた視線で見て、ため息をついていた。


「えと……」


「おぉ、すまんの精霊のお嬢ちゃん。見苦しい所を見せて申し訳ない」


 その年老いた人間は柔和な笑みを浮かべて私に語り掛けてきた。


「別に……いい。でも、なんでこの人たちは私を見ると血を噴くの?」


「え゛? いや、その……じゃな」


 私を助けてくれた彼も含め、現れた男の人たちが次々と鼻から血を噴いて倒れた。


 私の力はあくまで触れた人間の生命力を吸収し、死に至らしめるというもの。だからあれは私の力じゃない。

 なら、どうして? 


 そんな疑問を血を噴かなかった年老いた人間に聞いてみたのだけれど、彼は目を泳がせるだけで答えてくれなかった。


「ご、ごほん。それはそうとお嬢ちゃん。服はどうしたんじゃ? 今まで見た悪魔……もとい精霊たちはきちんと服を着ているように見えたんじゃが……」


「……フク? もしかして人間たちが着ているこれのこと?」


 私は血を噴いて倒れた男が着ていた布キレを引っ張りながらそう問い返した。


「そうじゃが……。いや、なるほどのぅ。『ロリコンアイ』で悪魔を見れば真実の姿である少女の姿を見ることが出来る。その少女がなぜ服を着ているのか……今まで疑問だったんじゃが、あれらはあくまで儂らの想像の産物だったという事かのぅ。つまり、服を着ているように見えてあの精霊たちも実は裸体であったと……」


 なんだかよく分からないけれど、ぶつぶつ一人で唸っている人間。

 それと、心なしか血を噴いて倒れた人間たちが流す血の量が増えたような?


「あの……」


「む? おぉ、すまんの。しかし困ったのう。こやつら放っておくと失血死しかねんし、なによりアコンを失えばロリコン紳士の会は壊滅じゃぜ。しかし、かと言ってお嬢ちゃんを裸で外に出すなど紳士として失格じゃし……」


「よくわからないけれど、このフクというのがあればいいのね?」


 私は倒れている男たちの布キレを参考にしてフクというものを作り出し、身にまとってみた。


「なんと……。これは魔法……か? しかし、もう少し可愛らしい服に出来んかったのかのぉ。そんな軍服のような……いや、これはこれで良い……のか?」


「これじゃダメなの?」


「おぉ、すまんすまん。いや、それで良いぞ? それなら外を出歩いても問題あるまい。多少奇異の視線で見られるかもしれんが、裸体よりはマシじゃろ」


「そう……。でも、変な感じ。人間はなんでみんなこんなものを着ているのかしら? 擦れて痛いわ」


「「「ゴハァッ!」」」


 ふりふりと慣れないフクとやらを振っていると、なぜか倒れていた男達が痙攣けいれんしながら口からも血を吐いた。


「あの、だいじょう――」


「もう良いっ! 良いからそやつらから離れろ嬢ちゃんっ!! 心配してくれるのは嬉しいが、これ以上お嬢ちゃんがそやつらに近づいたり話したりすれば本当に死んでしまうんじゃぁっ!!」


 その人間の警告を受けて、私は急いで倒れている人たちから離れる。


「え? それはもしかして……私の能力のせいで……」




 私がこの人たちを傷つけてしまった?

 そんな……そんな事って……。

 そう自分を責める私に、その年老いた人間は首をかしげ、


「ん? 能力? お嬢ちゃんの能力が何かは知らんが、こやつらがこうなったのはこやつら自身が病気だからじゃぜ? 不治の病ってやつじゃな。儂もじゃけどこやつらほどじゃないわい。――よっと」



 倒れていた人間を五人も軽く担ぎ上げ、私のせいじゃないと、この人たちは病気なのだと教えてくれた。



「そう……。大変な病気ね。……治らないの?」


「無理じゃな。そもそも、こやつら自身が病気であることを誇っておるし……儂は少し恥ずかしくなってきたけど……」


「病気である事を誇ってる? なんで――」


「おぉぉぉぉぉぉっとそう言えばお嬢ちゃん。名前はなんていうんじゃ?」



 その年老いた人間はなぜか慌てた様子で私の名前を尋ねてきた。

 不思議に思いながらも私はそれに答える。

 でも――



「私の名前はえ……うぅん。名前なんてないわ」



 名前。

 それは人間が使う個体ごとの物。

 知ってはいるけれど、私にはそんなものない。


 あんな物は名前なんかじゃない。



「む? ……ふむ。お嬢ちゃんもか。今までの精霊もぜーんぶ名無しじゃった。やっぱ精霊ってのは名前を持たないもんなんかのぅ? まぁ良い。お嬢ちゃんの名前については後で会議で決めるとしようかのぅ」


「会議?」


「うむ。我らの隠れ里に着き次第、我らロリコン紳士の会のみんなが嬢ちゃんに似合った可愛い名前を考えてやるからの。ちなみに儂の一押しはクリスティーナちゃんじゃな。前回、この名前は通らんかったからのぅ」


「名前……」


 名前。

 個体を示す物。

 人間には一人一人それがついていて――


「この人」


「ん?」


「この人……名前は?」


 私は最初に私を助けてくれた彼を指さして、彼を担ぐ年老いた人間に聞いてみた。


「む? あぁ、アコンの事か。なんじゃ、自己紹介もまだじゃったのか。こやつの名は『ロリクラアコン』。我らロリコン紳士の会の会長にして、我らにロリコンを布教した諸悪の根源じゃ」


「ロリクラ……アコン……」


 そうして私は、最初に私を助けてくれた彼の名を何度も呟くのだった――


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