食欲

 さて、キッチンを借りた私は何とかカレーを作れた。

 というのも友達、それもお屋敷のキッチンなんて触れたことすらないので勝手が違い、いつもより苦労したのだ。普段キッチンを使う人がいないのか、鍋やまな板といった一般的な調理器具に埃が積もっていて、びっくりしたのは仕方ないだろう。


「今まで何を食べて生きていたんですか?」


「なにそのあり得ないモノを見る目は……殆ど弁当かな。炊飯器でお米を炊いて、おかずだけ適当に買ってくる……みたいな」


 三日月さんは言い淀み、しょんぼりと項垂れている。

 まあだらしない不健康な食生活で胸を張られても困るので、妥当な反応か……

 兎に角、無事に完成したカレーと、予め三日月さんが炊いていたご飯を皿に盛りつけてカレーライスの完成だ。


「どうぞ。召し上がってください……典型的なカレーですけど……」


「そんな卑下しなくてもとっても美味しそうなカレーだよ! いただきます!」


「私はちょっとはか……家族に電話を掛けてくるので食べていてください」


「んー!」


 カレーを頬張る彼女を残して、私は部屋を出た。

 埃っぽい廊下を眺めて、誰もいないことを確認してから溜息を吐いた。


(はぁ……まさかこんなことになるなんて……まあいいのかな……? ん、あれはなんだろう?)


 これは神が与えてくれた機会だったり……と仕様もない考えから顔を綻ばせていると窓の外にあったお墓に視線がいった。

 一言で言えば風景に馴染んでいない。庭は手入れが行き届いておらず、雑草やゴミで荒れ放題なのに、そのお墓がある部分だけ綺麗に手入れされている印象だった。


(白い彼岸花が供えられて、確か……花言葉は『想うはあなた一人』と『また会う日まで』ですか……)


 データを参照して意味を知った私はさぞかしお墓の主は想われていると少し、羨ましく思った。


「……って、早く博士に電話しないと!」


 不覚にもお墓の哀愁漂う雰囲気に呑まれてしまった。

 気を取り直し、博士に電話を掛ける。要件は遅くなる報告と晩御飯の件だ。


『はい、しもしも?』


『えぇ? そこはもしもしじゃないんですか……ってそうじゃくて博士、私、帰るのが遅くなりそうです』


『ん~いつもより遅いとは思っていたが……なんじゃ? 彼氏でも出来たのか? ということはラブホで《自主規制》か?』


『だからなんでいつもそうな――って! どこでそんな下品な言葉を覚えたんですか!?』


 つい叫んでしまったが、この電話は腕に搭載されたスマホを通じ、脳内で掛けているので実際に声に出していない。三日月さんに聴こえることはあり得ないだろう。


『冗談じゃ。冗談じゃよ』


『それより一体どこでそんな知識を得て……はぁ、申し訳ないですが晩御飯はインスタント食品で済ませてください』


『えぇ? 罰かのぅ……』


『違います。確かに破廉恥な発言はいけませんけど、元々それを伝えるために電話を掛けたんです。……あ、火は使わないで下さいね。火事になったら大変なので。置いてあるポッドを使ってください。使い方くらい分かりますよね?』


『そのくらい分かる。子供扱いは止めるんじゃ……はぁ、でも今日はゆゆねの手料理の気分だったんじゃが、インスタント食品はあんまり美味しくないし……このままじゃ明日にでもゆゆねの口に火炎放射器を付けてしまいそうじゃ……』


『そんな物騒なもの付けないでください!』


 拒否しているにも関わらず博士はうんともすんとも言わない。無言の圧力を掛けられているようで、私は折れた。


『わ、分かりましたよ! 博士の好きなロボットのプラモデル、買ってあげるので許してください!』


『しょうがないなぁ。それで手を打つとするかのぅ』


 やれやれと言った風な口ぶりだが、口調からご機嫌なのが察せられる。

 本当は諫めたい。博士はまだ子供なので、ちゃんと折檻して矯正したいといけない。じゃないと大人になって変な癖がついてしまうからだ。

 しかし、今回、悪いのは私だ。下手に口を滑らせては要求が大きくなるかもしれない。それこそプラモの数を増やされたらエンゲル係数がダダ上がりだ。


『切るぞ……あっ、そうじゃった。頑張れ。私は親として応援しているぞ』


『え? 博士……』


 私の言葉が届くより先に電話が切れてしまった。

 突然のことに暫くぼんやりとしてしまう。

 ……博士は私がどういう状況に居るのか知っているのだろうか? それともただ、何の根拠もなく言っただけ?

 恐らく両方だろう。博士のような天才ならば、ここ数日の私と三日月さんの拗れに気づいていそうだし、何も可笑しくない。


「まあ、いいや……」


 真相は帰ってから博士に直接尋ねればいい。尤も、博士の性格なのではぐらかされそうな気がするが……

 自分の頬を二回ほど軽く叩き、気を取り直し、三日月さんの元へと戻った私は驚愕した。


「み、三日月さん? あの、カレーは?」


「うん? 勿論全部食べたよ! とっても美味しかったから安心して!」


「それは……あ、ありがとうございます……」


 褒められた喜びより、目の前の非現実的な光景に唖然としてしまうのは仕方ないだろう。

 どうやってこの短時間で食べたのか? お米と合わせたら軽く六人前は有った筈だ。

 それなのに鍋の中のカレールー、業務用の炊飯器は綺麗に空っぽだ。クレープの時に食べるのが早いと薄々思っていたが、これは異次元級だろう。是非とも監視カメラを設置して観察させて欲しいくらいだ。


(というか私の分は……?)


 私の分は残っていないようだが、まあ三日月さんを見る限り満足そうなので良しとしよう。元々、彼女のための料理なので気にしない。


「それにしてもよく食べましたね」


「あー……ゆゆねちゃんだから言うけど、私って吸血鬼でしょ? 普通の人より身体が丈夫で、その所為かよく食べるんだ。あ、二人だけの秘密だよ?」


「は、はい……」


 思わぬところの吸血鬼の実態を暴露され、私はぎこちない笑みを浮かべた。


「そ、それじゃあ洗い物を――」


「あっ後で私がするからいいよ。それよりゆゆねちゃんを私の部屋に招待したいの!」


「わわっ!」


 私は強引に引っ張られて廊下へと連れ出された。

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