同じ学校故に

 特に面白い珍事が起こる事がなく、平凡でつまらない学校を終えた太陽は、クラスメイトの適当なメンバーを集めてファミレスで談話しないかと誘われ、ファミレスに訪れていた。

 太陽を含む男子生徒3人で並んで座り、向かい合って女子生徒が2人座っている。


 特にこれといって中身のある内容ではなく、適当な世間話みたいなものだが、2人の女子生徒の内の1人、藤堂茜がジュースが入ってるグラスを手に、顎をテーブルに伏せ。


「はぁ~。ほんと、まじで嫌になっちゃうよ。学校が近いってだけで進学校に通うんじゃなかった……。今度中間のテストが悪かったら黒髪に染めろって担任から通告されちゃったよ……」


 藤堂は明るめの茶髪で乱れた制服の着こなしをしており、一見してギャルの様な容姿をしている。

 

 太陽の通う学校は進学校であるが、赤点を取らずに成績が良い者に対しては校則は緩く、特に髪色、恰好で咎められることはない。

 太陽も金髪とピアスと不真面目な恰好をしているが、太陽はテストで赤点を一回も取らずの成績は良好な為に、教師達からは注意はされない。

 流石に入学式当日は、何人かの教師から。どうしたんだ? とは注意はされたが、その直後のテストで赤点も取らなかったかからそれ以降はなくなっている。

 

 太陽の通う鹿原高校は進学校で、赤点基準はクラスの平均点から20点引いた点数。

 もり仮に平均点が70点だとすれば、50点以下が赤点って事になる。


 藤堂は前のテストで赤点を取った為に、連続で赤点を取るのであれば、茶髪の髪を黒色に染めろと言われたらしく、危機感を抱いていた。

 

 次のテストに自信が無さそうな藤堂に、太陽の左隣に座る桜井和人が全員用で注文した特盛フライドポテトを一つまみ口に運んだ後、指摘する。


「いやいや。家が近いからって理由で進学校に進学するか? 普通に考えて。入学すれば勉強をしないといけなくなるって分かるだろ」


 ぐぅの音も出ない正論だが、藤堂はヘラヘラ笑い。


「いや~。家が近いってのもあるんだけどさ、実際は私達の学校の校則が緩いってのが一番の理由かな。ほらさ。こんな格好、他の公立高校なら絶対駄目じゃん」


 藤堂は自身の恰好が学生として不適切だという自覚はある様子。

 しかし、年頃で少し着飾りたい女子高生の藤堂は自身の恰好は気に入っているらしい。

 だからか、赤点って理由で茶髪を黒色に戻したくないようだ。


 太陽たちが通う進学校とは別に公立高校はあるが、少なくとも茶髪、金髪は基本的に駄目(地毛ならOK)な為に、藤堂と同じ理由で進学校を志願する者は少なくない。


 呆れる桜井自身も少し黒に茶色が混ざってはいるが、これは地毛であり、「それなら」と桜井は藤堂に返す。

 

「色を染められたくないのなら勉強すればいいんじゃねえの? 今度のテスト簡単じゃねえかよ。これから頑張れば十分点数は取れるだろ」


「うわっ、出たよ、天才の余裕ってやつ。桜井は頭が良いからいいけどさ。私達みたいな馬鹿は苦労するんだよ。ねえ、美智留ちゃん」


「いや。勝手に私を貴方と同列にしないでくれるかしら? 少なくとも次のテストは赤点を軽く超える自信はあるわよ」


 藤堂の隣に座るもう1人の女子生徒、鷹の様に目つきが鋭い黒髪ボブカットの佐々木美智留が、遠回しに自分を馬鹿仲間にしようとする藤堂に冷徹に返す。

 佐々木に冷たくあしらわれた藤堂はぐぬっと表情を苦ますと、救い船を求めて彼女の右斜めに座る太陽、桜井とは別の男子生徒へとテーブルに身を乗り出し。


「中原は私の味方だよね!? 中原も前に、最近学校の授業が追い付かないって言ってたし!」


 余程仲間が欲しいのか縋る勢いで中原と呼ばれる太陽とは違う意味で、太陽の場合はチャラ男みたいに着飾っているが、中原達彦も金髪とチャラ男の様な風貌だが、中身も――――


「いやぁー。最近までそうだったんだけどさ。俺っち、家の近くの塾に通いだしてから成績がぐんぐんとうなぎ昇りなわけで。ごめんだけど、俺っちもあかちんとは仲間になれましぇーん」


「はぁー!? あんたが塾ぅ!? 『俺ッチのトレンディーは才女みたいな女の子だから』ってふざけた理由で鹿原に入学したあんたが、なに真面目に勉強してるのよ!」


「いや、お前の理由も大概だからな? てか、お前達はもっと真面目な進学理由はないのか……」


 開いた口が塞がらないとばかりにやれやれと首を振る桜井に、最もだと同意する太陽と佐々木。

 

 中原は外見もチャラ男だが、中身も軽い男だった。

 何故彼がお世辞にもレベルが高いってわけではないが、一応は進学校の鹿原高校に進学したのか、そもそもなぜ受かったのか、恐らく同学年で彼を知っている者は疑念しただろう。

 

 そして、桜井の言葉をスルーした藤堂は中原に指を差し。


「どーせ、あんたの事だから、塾の女性と仲良くなりたいとかそんな理由でしょ?」


「ちっちっち、違うんだなー、あかちん。俺ッチの狙う相手は――――――塾の若い女講師だったりねー!」


「殆ど一緒じゃない、このヤリチン最低屑男! あんたなんて、馬に轢かれて、人に踏まれて、土に埋められて死ねばいいのよ!」


「うわぉ! 俺ッチの死に方波乱万丈!」


 熱を込めて激昂立てる藤堂と、ケラケラと軽薄そうに高笑いする中原。

 ファミレス内はそこそこ喧噪が広がっているが、太陽たちの席はこの者らのおかげで異彩を放って一際目立させる。

 こいつらと同類扱いされたくないと、同じ席にいる時点で手遅れなような気がするが、他人のフリをしようと顔を逸らす太陽を含めた3人。

 だが、最も仲間に近かった中原の思いがけない裏切りにあった藤堂が太陽へと向き直り。


「こうなれば致し方ない。古坂は私の仲間だよね、ね!?」


 鬼気迫る勢いで顔を太陽へと近づける藤堂に太陽は頬を引き攣らして。


「……いや、そんな顔を近づけられても……。スマンが、俺も少なくとも赤点は取らないぞ? 成績だってこのお中では桜井よりからは下だが、そこそこ良いし」

 

 最後の望みの太陽の付き落とす一言で藤堂は限界を喫し、テーブルにうつ伏し、わぁーわぁーと泣き始める。


「ちくしょー! 美智留ちゃんや桜井なら兎も角、こんなヤリチン二人に裏切られるなんてぇー!」


「ちょっと待て、藤堂! 中原は兎も角、なんで俺もヤリチン認定されてるんだ! 俺が! いつ! そんな不名誉極まりない汚名を貰ったんだ!」


「うわぁーん! だって、古坂は私や他の女子が開く合コンとかによく出てるじゃん! これがどう自分がヤリチンじゃないって言えるの!?」


「確かに合コンはよく出てるが、だからってなんでヤリチンなんだよ! せめてもうちょっと……チャラ男程度にすませて―――――」


「ふぉー、たいちん! もし可愛い女子のアドレスがあったら教えてくれよ!」


「黙れ正真正銘のヤリチン男が! 誰がお前なんかに教えるか! お前にアドレスを知られた女子が可哀想だわ! てかたいちんは止めろ! あだ名として気に入らない!」


「流れに乗って私も、さっきからスルーしてたけどあかちんってなに!? なんか薬みたいだからやめてくんない!」


「……あの、お客様。店内ではもう少しお静かにお願いいたします」

 

「「「「「すみません」」」」」」


 店員に注意され、元凶である太陽たち3人だけでなく、流れで蚊帳の外にいた桜井、佐々木も謝罪する。

 にこやかな笑顔だったが、額の青筋が立っていたから相当迷惑だったようだ。

 

 店員が離れていくのを確認した藤堂は、気を取り直してとコホンと一呼吸入れ。


「そういえば、昨晩に私、健ひろで渡口さんを見かけたんだけど」


「おい。お前の成績の話はどうなったんだ?」


 女子高生特有の急な話題転換を指摘する桜井だが、藤堂は手首を振り。


「そんなの今考えても埒があかないし、なんとかなるでしょ」


「へえー? なら、直前になって私に泣きつかないのね? なら安心したわ。いつもテスト前に勉強教えてって泣き付いてくるから、ほとほと嫌気が指してたもの」


「ごめんなさい。言葉の綾と言うか、現実逃避と言うか。謝りますので今後とも私をお助けください」


 佐々木と藤堂は同じ中学出身で付き合いが長いらしい。

 佐々木の嫌そうな反応から、佐々木は藤堂関係で相当苦労させられているらしい。

 が、今はそんな仲が良いのか悪いのか分からない二人はさて置き。


「ねえ、あかちん。話を戻すけど、ひかりんがどうしたんよ? 健ひろにいたってのは、なにかあったの?」


 健ひろとは、県民健康広場健康促進センターの略称で健康的な体作りが目的で、施設内には屋内プールやジムを完備して、屋外にも様々な遊具や運動場が設置される共用施設のことである。

 

「うーん……。遠目で相手が渡口さんってのは分かったんだけど、なにをしているのかさっぱりで」


 そして渡口とは、太陽の幼馴染にして元カノである渡口光を指す。

 同学年で渡口という苗字は光しかおらず、こうやって他人の話の話題に持ち上げられる程の有名どころも光しかいない。


「ふーん。なにしてたんだろね。昨晩ってことは夜ってことだろ? てことは……もしかして彼氏と夜のデート……って、どうしたんたいちん? なんか怖い顔しちゃってるけど……」


「………なにが?」


「なにがって……。なんか、ごめん」


 素の口調で謝る中原に太陽は一旦顔を逸らす。

 

 中原の面白半分での彼氏という単語に険しい顔で反応してたようだ。

 太陽と光は現在は赤の他人に近い間柄なのだから、気にしなくてもいいのだろうが。

 今日やたらと光の話題が出てきて嫌気が差し始めていた。

 

 ここにいる太陽を除く四人は、太陽とは中学が別で、高校に入ってから知り合った者しかいない。

 元々中学の頃も、太陽と光が付き合ってた事自体周知には隠してた事もあり、太陽たちも周りに公言せずにいたために太陽と光の間柄を知る者は少ない。


 内心苛立つ太陽を他所に、桜井は学校鞄からノートと教科書、筆記用具を取り出してテーブルに並べ始める。


「おっ? どうしたんよ、かずちん。勉強でもするのか?」


「あぁ。今日の授業の復習をしようと思ってな。安心しろ。話は聞くし、答えてやる。だが正直、俺もあまり勉学に関して余裕がないからな、片手間で会話をするが勘弁してくれ」


 そう言いながら手に持ったペンで今日の授業の復習を開始する桜井。

 そんな桜井に藤堂が訝し気に首を傾げ。


「え? 余裕がないって、桜井は学年でも上位じゃん。私とは違って、成績で危うい所なんてないでしょ?」


 藤堂の疑問に一切目線を向けずに桜井は答える。


「そういう訳じゃねえよ。中間、期末と、点数の総合得点での順位が掲示板に張り出されるだろ? それってつまりは、点数での競争があるってわけだ。分かるだろ?」


「つまり、桜井は点数を沢山獲って、良い順位になりたいとか。又は、誰か負けたくない相手がいる、ってことかな?」


「正解だ。頭の悪い藤堂にしてはいい推察だ」


「一言余計だよ!」


 怒る藤堂を無視して、ペンを走らせていた桜井の手は止まり、そして次第にふるふると震えだす。


「そうだ……俺は、あいつに勝ちたい。無邪気に笑って、子供っぽい言動だから頭はあまり良くないと思えば、まさかまさかの俺より順位が高い―――――高見沢に次こそは勝ってやるんだよ!」


 ドンとテーブルのグラスが倒れかける程に強い振動を加えて意気込む桜井。

 

 桜井の発言で、「え? なに言ってるの、こいつ?」と思った人もいるだろう。

 だが、彼は一切ふざけておらず、真剣そのものだった。

 

 高見沢とは、光とは別に、小学生の頃から太陽と親交がある幼馴染の高見沢千絵のことである。

 見た目が女子高生の平均身長を下回る程の小柄と、言動も子供っぽいで、アホの子認定する者も少なからずいるが、千絵はそんな第一印象を覆す、学年では毎回上位に居座る成績優秀者だったりする。


 千絵が小学生の頃から変わらずに抱いた夢が、医者で。

 なにがどういう経緯でか太陽は知らないが、小学生の頃突拍子もなく、千絵は太陽に『千絵は将来、なんでも治すお医者さんになる!』と宣言をして、今でもその夢を叶える為に勉強をしている。

 現時点で太陽が知る中で、千絵の高校後の進学先は医大だと聞いている。

 

 太陽は中学の頃から千絵の成績は知っているから驚かないが、高校から千絵の成績を知った他の者達は見た目とは裏腹の頭の良さに思いもよらなかったのかもしれない。


「まぁね。あの子、あんな見た目だけど頭いいよねー。けど、前の合同体育で更衣室が一緒だったんだけどさ、あの子の下着、高校生にもなってまだ動物の絵がプリントされたパンツ履いてたんだよ!?」


「そうだったわね。まさか、高校生にもなって、まだ動物のパンツを履いてるなんて思わなかったわ。茜でさえ、中学でやっと卒業したとういのにね」


「ねえ、美智留ちゃん。さり気なく私の赤裸々な過去を暴露しないでくれるかな!?」


 この際藤堂が中学まで子供のパンツを履いていたのはスルーをする太陽だが。

 何が悲しくて幼馴染が現在も子供のパンツを履いているのを聞かされなければいけないのか頭を抱える。

 千絵の身長は中学2年からストップしていると本人談だが、まさか下着センスは小学生からストップしているのでは……。


「それにしても、高校生にもなってまだ動物の下着なんて、おかしいよね、古坂?」


「そ、そうだな……」


 ハハッと乾いた笑みで返す太陽。

 ここでおかしいと断言して笑ってしまえば、何処からかのパイプで千絵の耳に入ってしまうのではと。千絵からの制裁が怖く、言葉を濁してしまう。

  

 藤堂達が太陽と光が幼馴染だという事を知らないと同じく、太陽と千絵が幼馴染だという事実も知らない。

 

 そして、ノートを見下ろし、千絵への話題変更をした桜井が再び軌道修正するのか顔をあげ。


「スマン。俺の所為で話題が脱線したな。話を戻してくれ」


 これ以上千絵の話題はご勘弁とナイス話題変更と内心で親指を立てそうになった太陽であるが、思い返せば話題変更をしようとも太陽にとっては先は地獄であった。


「そう? なら。渡口さんの話に戻すけど。渡口さん……健ひろでなにしてたんだろ? あそこって運動を目的の施設だけど、確か渡口さんって去年足を怪我してなかったっけ?」


「そうね。それで陸上を辞めたって聞くわ。けど、本当に残念よね。彼女、陸上では全国レベルだって聞いてたもの」


「だったね~。ひかりん。俺っちの学校鹿原東中にもめっちゃ可愛い陸上女子が鹿原中にいるって噂届いてたし。そう言えば、たいちんってひかりんと同中じゃなかったっけ?」


 中原の発言に全員の視線が太陽に集まる。

 高校で知り合う者に対しては大抵中学を教えるが、中原は太陽の出身中学を覚えていたようだ。

 

「同じ中学出身なら、ひかりんが中学の頃はどうだったのか知ってるよな。なあ、ひかりんって中学の頃どんなんだったんだ? 彼氏とかいたのか?」


 勿論、中原は悪気があっての質問ではないのは分かってる。

 だが、無知故の好奇心が太陽の心を刺す。

 彼氏は居た、というよりも、自分がそうだった……。

 だが、太陽がそう答えられるはずもなく。


「……さあな」


「マジか~。ひかりんって高校でもかなり人気だから、中学でもさぞ有名だっただろうな。もし彼氏がいれば噂にならないわけがないよな」


 楽しそうに笑う中原の予想だが、元カレであるが太陽と光は互いが付き合っていた事実を隠しながら交際をしてきた。それが良いのか悪いのかは分からないが、周囲では知られなかったのが事実である。


 きゅっきゅっ、と太陽の胸が締め付けられる中、太陽がある事実を口にする。


「今現在彼氏いるかは知らねえが、あいつ……好きな人がいるらしいぜ?」


 詰まった物を無理やり喉を通して口から吐き出したかの様に息苦しく発した事だが、葛藤して吐き出した太陽を露知らずに「マジで!?」と中原が驚愕して。


「え、ええ!? ひかりんが好きな奴ってどんな奴!? イケメン!? 天才!? 金持ち!?」


 グイグイ桜井を挟んで迫る中原が口にしたスペックは光が昔に付き合っていた自分とかけ離れていた。

 やはり、容姿が良くて、頭も良くて、怪我をしたとは言え運動神経が良かった光に釣り合うのはそれなのだろう。

 少なくとも、周りからすれば光と付き合うのならそれぐらいのハイスペックじゃなきゃ、と無意識に思っているのだろう。

 

 分かっていたとはいえ、改めて突きつけられると太陽は自身が恥ずかしくなり、そして辛くなり表情が険しくなる。


 だが、自分で蒔いた種なのだから、せめて返答せねばと太陽は上辺は落ち着かせた表情で向き直り。


「……そんなの、俺が知るわけがねえだろ」


―――――そんなの、俺の方が知りたいぜ。


せめて、自分が振られる切っ掛けとなった、光の意中の相手を知りたい思い、本当はこちらの言葉が出て来そうな所を飲み込み、別の言葉で返答をした。

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