あの日の陽炎

 夕焼けの公園の地に映るは二つの幼い男女の影。

 

 公園の中央に設置された砂場で、各々が砂の城を立てようと砂を自分の許へと掻き集める。

 元々、少年は、公園のベンチで今日発売された漫画を家に持ち帰るまで我慢出来ないと読んでいたのだが、そこに訪れた知り合いの女子に無理やりと遊びに付き合わされたのが始まり。

 

 少年も最初は渋々と城作りをしていたのだが、思い通りにならない砂の城の建設にムキになってのめり込み。 

 そんな少年を他所に、先に砂の城を完成させた少女は、自分で始めたのにも関わらず少し飽きたのか、一回退屈そうに欠伸して、眉間に皺を寄せて城を作る少年に話しかける。


「ねえねえ、○○(少年の名)。○○は××(少女の名)の将来の夢、聞きたい?」


「いや、別に」


「ねえねえ、○○。○○は××の将来の夢、聞きたい?」


「俺ちゃんと返事したよな? 別に聞き間違いとかでの返答とかじゃないからな!? しっかり聞き取れた上での返事だからな!」


 少年の素っ気ない返事には二つ理由がある。


 一つは現在砂の城作りに集中している為、あまり集中力を散漫にしたくないため。

 もう一つは次の少女の質問で返答する事になる。


「むぅー。ならなんで聞きたくないとか言うの?」


「特に興味ないから」


 これが一番に理由である。

 少年が少女の将来の夢を聞いた所で少年は相槌を打つ事しか出来ないだろう。

 少年は大人なのか、人の夢に対しての相槌は相手が不快になると直感し、なら素直に興味ないというのが、相手にとっても、心の底から興味がないって事が本音の自分にとってもいいことだろう。

 なのに――――


「ねえねえ、○○。○○は××の将来の夢聞きたい?」


「無限ループすな! 分かったよ! 聞いてやるよ!」


 少年の気遣いに気づかぬ少女の根気は強く、お手上げの少年は意気消失と聞く事になる。

 

 少女は少年が聞いてくれる事に満悦して、くるりと体を一回転した後、コホン、と咳払いして口を開く。


「ならしかと耳をかっぽじって聞いてね? 私の将来の夢は―――――お嫁さんだよ!」


 高らかに言い放つ少女の言葉は夕焼けの公園に響き、そして閑散する公園は静寂の時が流れ、


「………………………………………………」


「なんで××の話を無視してせっせと砂を集めているのかな!? 聞いてた? 聞いてたよね!?」


「あー、はいはい聞いてた聞いてた。なんだっけ? お花屋さんになりたいんだろ。頑張れよー」


「全然違うし! どんな聞き間違いをしたら、最初のおと最後のさん以外を間違えるのかな!? 完全に私の話に興味ないですかそうですか!」


 鼻を鳴らして、頬を膨らまし拗ねる少女に呆れ顔の少年は手を止め言う。


「だってよ……。将来の夢がお嫁さんって、そんな夢もない事を平然と言われればそうなるだろ? それに、そんな事を堂々と言う奴がいるか、普通……」


「いるよここに! 子供なんだからどんな夢を語ってもいいじゃん! アイアムチルドレンだよ! てか、去年、将来の夢の作文で『僕の夢は大魔王』って言った人に、人の夢を馬鹿にする権利はあるのかな!?」


 ぐふぅ!、鳩尾にボディーブローを食らったかの様に蹲り、黒歴史を掘り起こされた事で少年の顔は羞恥で紅潮させる。

 勿論、あの時の作文は若気の至りってのか、その後の教室全体の爆笑の波で現実を思い知らされていた。

 真っ赤に染める顔を激しく振り、若干涙目で少女に言う。


「お、俺の事はどうでもいいだろうが! お前のその、お嫁さんって、具体的にどんなお嫁さんになりたいんだよ!?」


「うわっ、逃げた」


 顔を逸らして、こちらに目を向けない少年に少し納得のいかない少女は頬を掻き、少年の質問に答える。


「うーん。そうだね……。あまり高望みはしないけど、やっぱり私の事をずっと好きでいてくれる人がいいな。……あっ、けど、年収は500万ぐらいは欲しいかも。後、子育てと家事にも積極的で、休日には買い物や家族サービス、それに、しっかりと奥さんを労ってくれるのもいいなー。子供ともしっかりとコミュニケーションを取って、しっかりと育ててほしい」


「なんでだろう……。その旦那さんが苦労する将来が微かに見える。つか、あまり高望みはしないんじゃなかったのか?」

 

 最初の言葉を忘れたかの様な理想の相手の人物像をあげる少女に嘆息を零す少年。

 少年は、前に見たテレビの内容を思い出す。

 近年の日本の夫婦関係で、旦那の事をこき使う妻が増えているらしく、そんな旦那の事を俗にATMと呼ばれるらしい。

 そして、そのテレビを見ていた少年の父の哀愁漂う横顔を少年は脳裏に染みついて忘れられない。


「まぁ、お前のその高望みはいいとして。やっぱりお互いがお互いを好きでいてくれるって事が一番大事なんだろうな」


 高望みの後、少女は自身を好きでいてくれる人がいいと言った。

 少年はまだ子供で、恋愛経験を皆無に近い状態であるが。

 お互いが心通わし、その者と一生添い遂げたいという気持ちが大事なのではと、子供ながらに察した。

 

 そんな少年の言葉にその場で一回転する少女は一点の曇りのない笑顔を浮かばし。


「そうだよね! やっぱりお互いが好きでいられる。それが一番大事な事で、笑顔が絶えない家庭が、一番の幸せだよね!」


 少女はそう言いながら少年の方へと歩み寄り、自身の手で砂の付いた少年の手を包む様に両手で握ると微笑み。



「そんな家庭を、私は――――――――○○と一緒に作りたい!」


 

「――――――――――――は?」


 少年の思考が一瞬停止した。

 頭の中が真っ白になる経験を、まさか、小学生の頃にするとは思わなかった。

 

 口を小さく開き、目を点にして、唖然とする少年の顔は徐々に赤みを差し始め、最後には頭上に隕石が降って来たかの様な驚愕の表情へと変わり。


「え、ええ、ええええ!? いやいやいやいや! な、なんでそうなるんだよ!? え、ええ? お前が先刻から言っていた旦那さんの像って、俺!?」


「うん。そうだよ」


「そうだよって――――そうだよじゃねえだろ! なんで、いきなり俺がお前の旦那になる事になってるんだよ!?」


 真顔のまま平然と言ってのける少女に、少年の思考が追い付かないでいる。必死に脳を回転させ、今の状況を整理する少年に少女は追い打ちをかける様に、キョトンとした表情で首を傾げ。


「だって私、○○の事が大好きだもん。それだけじゃあ、駄目?」


「駄目って言うか、おい。つーことは、先刻言っていた理想の旦那の図を、俺にさせるつもりだったのかよ……」


 先程に少女が掲げた理想の旦那像を思い返し、背筋がぞっと震える。

 そんな少年の将来を不安がある態度に少女は頬を膨らまし。


「むぅー。先刻のは3割は冗談だから安心してよ」


「3割? ん? それって確か、この前の算数で少し教えてもらった――――――って、殆どが本気じゃねえか!?」


 少年は騙されなかった。

 前の算数の授業で、まだ範囲ではないのだが、教師が雑談程度に教えてもらった事を頭の隅に残してたのが功をなし。殆どが冗談ではないって事に気づいた。


「えー。じゃあ聞くけど。○○は××の事が嫌いなの? ××と絶対に結婚したくないって思う程、××の事嫌い?」


 冗談気のない真摯な瞳が少年を貫き口を詰まらす。

 ここで拒絶や嫌いなどの言葉を口にすれば、永遠に友達としての関係も崩れ落ちる。

 だが、逆に応諾すれば、後々が面倒になる事を、歳若い少年が悟る。

 例えるなら、前門の虎、後門の狼な感じかもしれない。


 だからなのか、少年は答えが出せない。


「結婚とか今言われてもよく分からねぇよ。もっと色々と経験して、俺とお前が大人にならなきゃ、しっかりとした答える事は出ない」


 少年はまだ小学校に入ってまだ二年しか時が経ってない。

 そんな将来の事を決定付ける大事な事を、人生経験の浅い今の段階で答えを出すのは賢明ではない。

 だから少年が今この言葉こそが最善の選択だと自負する。

 

 言われた直後は納得のいかない少女であったが、一考した上でもう一度考えなおし、不服そうであるが、嘆息気味に息を吐き。


「まぁ、確かに、子供の今早まっても、仕方ないよね」


 少女は少し焦り過ぎていたと少年の小さく謝り、少年は小さく頭を下げる少女の頭を、砂の払った手で撫で。


「そうだぜ。今好きだって言ってもそれは勘違いだったりして、成長すればそれがただの友達に向けて好きだったって事もあるらしいからな」


「……さっきからなーんか、実体験みたいに言うけどさ。○○のそれは誰から聞いた話なの?」


 胡乱な目な少女に、少年は顔を逸らして頬を指で掻く。


「ま、まぁな。これはお父さんの体験談でな。お父さんにも小さい頃に幼馴染の女の子がいて、その子と将来結婚しようって約束をしてたらしいんだ。お父さんは信じてたんだけど、女の子の方が『ごめん。小さい頃は好きだったと思ってたんだけど、それは友達としての好きだったみたい。男としてはあまり好きじゃなかったから、あの約束は破棄してね』って言われて振られたらしいんだ」


「やめてッ! もう○○のお父さんに笑顔を向けられる自信がなくなるから!」


「ついでにもう一つ付け足すと、お父さんの失恋回数は94回らしい」


「だからやめてって! もう不吉な数字が並んで怖いよ! ○○のお父さん末永くお幸せに!」


 ペースを掌握した事に満足気な少年だが、脱線した話を修正して気を取り直す。


「だからよ、××。今急いで答えを出しても、好きって気持ちはいつ変わるかも分からない。俺もまだガキで、恋愛だってあまり分からないし。これから沢山経験して、本当に好きになった相手にその言葉を言ってくれ」


「けど……××はどんなに時間が経っても、○○の事が大好きだよ! 絶対に、絶対にぃ! けど、○○がそう言うなら一旦諦めるよ……。けど、もし××達がもう少し大人になって、××が○○の事が好きだったら、○○と付き合ってくれるかな……?」


 涙ぐむ目での懇願に不意に穿たれる少年の心。

 ここまで好意を向けてくれる経験なんて、短い少年の人生で今の段階では一度もなかった。


「ああ。俺達が大きくなって、まだ××が俺のことを好きで、俺がフリーだったら、その時はお前と一緒にいてやるよ。恋人でも、旦那にでもなってやるよ」


「……なんか、ものすっごく○○の都合な感じだけど、××はずっと好きでいる自信はあるよ。だから、約束だよ○○!」


 少女は告げて小指を立てた手を少年へと突き出す。

 少女の意図を察した少年も、少女の小指に自身の小指を絡めて頷き。


「ああ、約束だ」


 夕焼けが背景の公園に、幼い男女の指切りげんまんが響く。

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