プロローグ2

 だがどうして、モノというのは探しだすと見つからないものなのか。必要のない時には、これでもかと姿を見せるというのに。彼は思わず毒づいた。


「まったく。こっちから会いに来てやると、全然出てきやしねぇ」

 その独り言は風に消えただけだった。砂塵に交じり、消えていく。陽が少し暮れてきたのか、影の落ちかたが変わった。彼はため息を漏らしながら携帯端末に視線を落とす。

 この後めずらしく人と会う用事がある。出来れば行きたくない場所なのだが仕事上仕方がなかった。このまま瓦礫区域にいても時間を持て余すだけだと思い、彼は立ち去ろうと端末で車を手配した。


 だがその時、背後に気配を感じた。刺すようなものでも、冷たいものでもない。まるではじめからそこに居たような、空気と同化した敵意のない気配だった。彼はゆっくり振り返る。何も無かった。いや、視界に入らなかったのだ。視線を落とす。瓦礫しかなかったはずだが、彼は呆れた笑みを浮かべて声をかけた。

 

「……久しぶりってほどじゃないか。この間、中立地帯でも一応会ってるしな」

「そうだね。それにしても、きみから僕に会いに来るなんて、どういう風の吹き回しかな?」

 返事の主は、自分の足元に居た。人の姿でも動物の姿でもなく、ただの部品が転がっているようにしか見えなかった。先ほど破壊した機体の一部だろうか。所々焦げているが、音声ネットワークは生きているのだろう。内蔵されている音声で、本人の声でないことは明らかだった。音質は悪かったが、一応会話はできるらしい。


「そんな中途半端な姿になる前に、さっさとデータ転送して来いよな」

 伊野田はそう言い放って、その部品を足で小突いた。

「きみが機体を壊すのが速すぎたんだよ。いくら僕がネットワーク上から特定の機体にデータ転送できると言っても、膨大な数の中から一機探し出すのには時間がかかるんだよ」

「そうかい。じゃあ次からは笠原工業宛てに書面でも送ろうか。ウェティブさんへ、何月何日に瓦礫区域でお待ちしてますってな」


「ところできみから僕に何の用?」

 ウェティブと呼ばれた部品の機体は、そう尋ねて首を傾げた。当然、この部品に首などないが、伊野田にはなんとなく、そう見えた。


 ウェティブ。

 機体の登録名はウェティブ・スフュードン。伊野田と同じくオートマタ用の素材として造られたデザイナーベイビーで、彼が唯一、そのオートマタ化に成功した機体と。その特色として”非正規機体へのデータ転送”があり、それを用いて過去に何度も伊野田の前に現れた。同じ立場でありながらオートマタ化実験を免れ、笠原工業を出ることになった伊野田の生身の身体を求めて。


「近々、笠原工業に行く」ふいに伊野田がそう告げた。

「なんだって?」

 ウェティブは素っ頓狂な声をあげたつもりだろう。実際は感情のない音声が棒読みしただけだが。


「笠原工業を相手にできる準備が出来たってことだ」

「なるほど、宣戦布告しに、わざわざきみから会いに来たってことか」

「そういうことだ。笠原工業が終わるってことは、おれたちも存在が危ぶまれるからな。互いに心の準備は必要だろう」

「きみ、笠原工業を潰すことが、どんなことかわかってるの? 血液素材が減ったって聞いたけど、ついに気でも触れた? 本社には改良中の最新機体もいるのに?」

 ウェティブは信じられないという面持ちで問いかけた。もちろん、顔などなかったが。


「メトロシティや近隣の国との経済バランスがどうなるかって、おまえが言い出すわけでもないだろう。おれは、ただ笠原工業や事務局のしがらみから抜け出したいだけだよ」

「ぼくもそんな小難しい話はどうでもいいよ。きみの身体を乗っ取ることができれば、ぼくも晴れて自由だ」


 伊野田はそれを聞いて目を細めた。部品を見下ろす。こちらの顔が見えているかは不明だが、彼は続けだ。

「…おまえ、本気でおれを捕まえようとしたことあった?」

 そう告げると、部品はパキっと音を立て、次第に煙が上がった。完全停止したのか、もう応答はなかった。


「本当にいつも、肝心な所で話が終わるんだ」

 伊野田は頭を掻きながら半眼でそう小言を漏らし、到着したリモートカーの方向へゆっくり向かった。


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