Magical 19

鍵崎佐吉

01.マジカル・タンジョウビ

 特にこれといった感慨もなくその日はやってきた。何か月も前からわかっていたことだし、そんなことでいちいちはしゃげるような歳でもない。こっちに来てからはずっとそうだった。最後にちゃんとお祝いらしいことをしたのは、まだ私が実家にいた十四歳の時だ。夕食の後、家族皆でテーブルを囲んで、わざわざ部屋を暗くして、白いホールケーキの上に刺さった赤い蝋燭を吹き消す。少し照れ臭かったけど、「おめでとう」と言われると自然に笑顔になれた。そういう無邪気さはちょっと失われてしまったかもしれない。別にそれでいいんだ。今の私にとっては誕生日という日は手放しで喜べるようなものでもない。ただ一つ歳を重ねたということ。その事実だけを胸に刻みつける。


 非番の日はずっと読書をしている。外に出るには許可を取らないといけないからめんどくさい。そうしてずっと自室に引きこもっているから、プライベートな友達というのはほとんどいない。当然誰からも誕生日を祝われたりはしない。気づけばもうすでに夕暮れ時、誕生日も半分以上過ぎてしまっている。そろそろ夕飯を食べに行こうか。そう思ったとき、不意に部屋のドアがノックされた。職員からの連絡なら呼び出しがあるはずだ。わざわざ部屋を訪ねてくる相手となるとすぐには思い浮かばない。しかしドアを開けてみるとそこにいたのはよく知る顔だった。水谷五月みずたにさつき、私の同期だ。


「お、やっぱいたんだ」


「なに? 急に」


「これあげるよ」


 そういって渡されたのは白い箱だ。触ってみると少し冷たい。


「あの、今日は七海ななみ先輩の誕生日だってうかがったんで、一緒に祝いに行こうって五月先輩が」


 そういって五月の陰から顔を出したのは二個下の後輩である三上理沙みかみりさだ。小さな声で「一応連絡はしたんですけど……」と付け足す。


「……ごめん、見てなかった」


「まあそういうわけだからさ、パァッと楽しもうよ、パァッと」


 そういって五月は部屋に上がり込んでくる。


「チキンも買って来たんで一緒に食べましょうよ。あ、お皿あります?」


「ある、けど」


「じゃあちょっとお借りしますね。失礼しまーす」


 そういって理沙も部屋に上がり込んでくる。なんでこんなことになっているのか自分でもよくわからない。でも、まあ、そこまで悪い気もしなかったのでもう許容してしまうことにした。




「いやあ、でもこれで瀬戸も十九かぁ。時の流れは速いねぇ」


 チキンの骨をしゃぶりながら五月がしみじみと言う。セリフと仕草は完全に親戚のおじさんだ。


「あんたも十九でしょうが」


「あれ? 私の誕生日言ってたっけ?」


「……初対面の時、五月生まれだから五月さつきなんだって自分で言ってたでしょ」


「ああ、あの自己紹介ね。よく覚えてるなぁ瀬戸は」


「それよりなんで私の誕生日知ってるわけ?」


「職員さんが話してるの私が聞いたんです。ほら、色んな更新手続きとかあるじゃないですか」


「うちは年齢には厳しいからねぇ」


「そりゃそうでしょ」


 魔法少女でいられるのは十代の間だけだ。もしも戦闘中に二十歳になってしまって変身が解ければ、命にかかわりかねない。だから私たちの年齢は分単位で正確に報告するよう義務付けられている。私が魔法少女でいられるのはあと三百六十四日と八時間。その後はどこにでもいる普通の二十歳の女の子になってしまう。最初から分かっていたことだけど、今になってようやくその事実を実感として捉えつつある。


「……あんたはさ、魔法少女辞めたら何になりたいとかあるの?」


「んー、わからん」


 あまりにも簡潔な答えに呆れを通り越して感心してしまう。こいつはフィーリングで生きてる人間なんだ、聞いた私がバカだった。


「あの、一番多い進路としてはここの職員らしいですよ。コネもあるし、一応元業界関係者と言えなくもないですし」


「でもここ入るの試験いるでしょ? 私は無理だなぁ、確実に」


 後輩の必死のフォローにもこの反応だ。その気楽さがかえって羨ましく思えてくる。


「というかさ、ぶっちゃけ何もしなくてもどうにかなりそうじゃない?」


「何もしないって……ニートってことですか!?」


「いやぁ、だって私たち命かけて戦ってんだよ? それくらいの役得あってもよくない?」


「それはそうかもしれませんけど……」


 魔法少女は肩書的には自衛隊などと同じく国家公務員だ。国民の安全と財産を守るためなら市中での武力行使も認められるし、政府によって管理・統制される代わりにそれなりの給与も貰っている。きちんと貯金をしていれば引退後もそこまで苦労をしないで済むだろう。そういう意味では五月の言っていることもあながち間違いではない。


「……まあ、あんたはそれでいいんじゃない?」


「えー、いいんですか?」


「いやぁ、瀬戸ならそう言ってくれると思ったよ」


 そう言うと五月は不意に立ち上がり冷蔵庫をあさり始める。取り出してきたのはあの白い箱だ。


「瀬戸、何味がいい?」


「先に見せてよ」


「いいから、とりあえず言ってみ」


「私はホールケーキにしようって言ったんですけど譲ってくれなくて」


「理沙が選んだのとられちゃうかもね」


「えー、それありなんですか」


「しょうがないよ。今日の主役は瀬戸だもん」


 ニヨニヨしながら言う五月は自分が楽しんでるようにしか見えない。何か無難な物を適当に言ってとっとと終わらせてしまおうか。そう思ったけど、ふとある単語が脳裏に浮かんできた。十四歳の誕生日、買ったのはオーソドックスなイチゴのケーキだったけど、弟はこれが食べたかったとごねていた。結局私はそれを見ることも食べることもなく、今日この日まで生きてしまった。


「ザッハトルテ」


「うわ、とられた」


 そう言って五月が取り出したのは、光沢のあるシンプルなチョコレートケーキだった。ああ、これがそうなんだ。不思議と妙な感慨があった。


「ハッピーバースデー、瀬戸」

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