運ぶ人

石屋タマ

第1話

 西田時哉にしだときやは、震えていた。


 額からはダラダラと汗が垂れ落ちて、視界にはチカチカとした光が高速で点滅する。そしてバクバクという心臓の鼓動で胸が破裂しそうだった。


 ――ついに犯罪に手を染めてしまった。


 そういう背徳感が、やがては高揚感へと変化して、そして快楽へと昇華していくのを、肌で感じていた。


「よっと」


 真っ黒なワゴン車のリアゲートを跳ね上げて、ラゲッジルーム(荷台)に入る。そこには、車にギリギリ収まるかというほど大きな縦長の白い袋が置かれていた。間違っても走行中に揺れて中身が飛び出すことが無いように、西田はそれをベルトで車にシッカリと固定していった。一通りに固定し終わった後、袋のチャックを開けて、中身を確認する。


 袋の中には、男の死体が入っていた。


 白髪の無い頭髪と、しわのない顔面から推測するに、齢は30前後だろう。ちょうど西田と同じくらいの年恰好のそれは、白いパジャマのような服を身にまとい、安らかに眠るような死に顔をしていた。


 西田は、死体がしっかりと納まっているのを確認したら、チャックを閉めてラゲッジルームを後にする。


「おい、今日はどこまで行くんだっけ?」


 リアゲートを閉めようとした時、後ろから誰かが声を掛けてきた。振り返ると、先輩の坂原道隆さかはらみちたかがクチャクチャとガムを嚙みながら立っていた。


「あ、先輩! 遅いですよ!」

「すまん。仮眠を取っていたら、寝過ごしてさ」


 坂原は、両手を合わせて謝罪の気持ちを表してきたが――ニヤニヤとした笑みを浮べているのを見れば、それが本心ではないというのが丸わかりだった。


「まったく……いいですよ、一人で全部やっておきましたから。それより、場所を聞いていないんですか? 今日はずっと運転してもらうのだから、困るんですけれど」

「まあ、そう言うなって」


 坂原は、ガハハと豪快に笑った。


「十五夜町ですよ」

「関越の? そりゃ、えらい遠いな」


 十五夜町――東京から高速を北に2時間ほど進んだところにある、山間のひっそりとした小さな町である。人口はおよそ3000人で、その町名の由来となった十五夜岳に向かう山道の、人里離れた樹海が、今回の仕事の目的地であった。


「そう。高速を真っすぐ進んで十五夜インターで降りて、右手の県道を30分ぐらい。そこの山の中に降ろしますから」

「ふうん、ここだったら、奥多摩とかが近いのだけれどな」


 少し腑に落ちないといった感じで、坂原は言った。


「なんか、依頼主の希望らしいですよ。最後は仏さんの故郷の山に、骨を埋めてあげようって」

「へえ、そう。情けってやつなのかね。まあ、別に金を貰えるのだったら、どこでもいいや。けれど、間に合うのかい? 朝になったら、ヤバいぜ」

「ええ、たぶん……」


 西田は左腕を伸ばして、袖口の時計に視線を向けた。どうやら、ちょうど深夜12時を回ったところだった。


「えっと、今から出れば3時くらいには到着するから、たぶん問題ないですよ」

「俺が道を間違えなければ、だな」

「そんなこと、威張って言う事じゃないですよ。僕がナビをしますから、言われた通りに運転してくれれば大丈夫ですよ!」

「はいはい、了解です。ナビ田さん」


 ペロッと舌を出しておどける坂原を見て、西田の口から「はぁ」といった溜息が漏れてしまう。


「じゃあ、準備できたから、そろそろ行きましょう」


 西田はそう言って、ワゴン車のリアゲートを力いっぱいに閉めた。そして、助手席に乗り込むのを見て、坂原もいそいそと運転席に向かった。


 二人と一人の死体を乗せた黒のワゴン車が、夜の街に溶けていった。

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