第4話 黒天狗に会いに

 ここらで鬼というのはあやかしのことを指す。

 目にしたことはまだないけれど、怨霊だの祟りだのと騒がれているものらしい。

 でも実際に人を食らう鬼もいるそうで、なにか不可解な事件――例えば変死体などがあがれば、白夜の住む辺境まで噂が流れてきていた。

 刺しても切っても死なないのなら、その黒天狗とかいうあやかしに食ってもらえばいい。

 希望を見いだした心に一筋の光明が差す。しかし、すぐにその光りは消え失せた。

 この都は三つの山岳に囲まれた盆地に位置する。

 うちひとつが黒羽山なのであるが、大人の足でも歩いて七日かかる。

 それに山の麓までゆくとなにやら不思議な迷路に迷い込むそうで、未だに誰ひとりとして山に入った者はいないんだそうだ。

 朱雀大路を歩むだけで息があがる白夜では、到底辿り着けそうにない。

「黒羽山かあ。遠いなあ」

 泣きそうな顔をした白夜に、男たちは少々落ち着きを取り戻したようだった。

 互いに顔を見合わせ、

「お、おぬし。黒天狗に会いたいのか?」

 恐る恐る問いかけた。

「うん。死ぬ方法がわからないんだ。もしかしたら、鬼なら殺してくれるんじゃないかと思って」

「へっ?」

 白夜は悔しそうに口を結び、ごしっと目元を袖で拭った。

 しまいには嗚咽を漏らして泣き始めた白夜を男たちは呆気に取られて見守る。

「幼いあやかしよ。ならばよいことを教えてやる。その代わり、われらを助けると約束してくれぬか」

「いいこと?」

「守ってくれるのなら教えよう。さすれば、わざわざ黒羽山まで行かずとも黒天狗に会えるかもしれん」

 思いもよらぬ申し出だった。

 白夜は目を輝かせ、こくこくと何度も頷いてみせた。

「約束します。絶対に何もしない。だから教えて」

「ここからさらに上った所に二条大路と大宮大路が交わる場所がある。ひと月前に、そこで鬼たちを率いる黒天狗を見たという者もおってな。運がよければ会えるかもしれん」

「わかりました。ありがとうございます!」

 白夜の顔に笑顔が咲いた。

 両の手をそろえて深々と頭を下げる。それから、くるりと男たちに背を向けて再び歩みだした。そのあとを黒煙がゆっくりと追いかけてゆく。

 晴れ晴れとした顔をして闇の中に消えていった白夜を、男たちは茫然と見送るしかなかった。

 

「いち、にい、さん……」

 ぶつぶつと呟きながら指折り数える。

 ここ平安京はマスの目状に路がひかれており、羅城門付近の九条大路から目指す二条大路は八本目に当たる。

「あと、ひとつ」

 目の前には朱色の大柱と屋根が連なる巨大なお屋敷が見えていた。殿上人が暮らしている御所と呼ばれる場所である。二条大路はその目の前にある通りだった。

 白夜は生まれて初めて御所を見上げ、ぽかんと口を開ける。

 通り沿いにある外壁はどこまでも続いており、いったいどれほどの敷地を有しているのか想像もできない。この中に都一の豪華絢爛が存在しているのかと思えば、

 (ここに住むお方は食べ物に困ったりしないんだろうなあ)

 そんな感想しかでてこなかった。

「えっと。大宮大路だっけ。どっちに曲がればいいんだろう」

 右か左か。きょろきょろとしていると、背後から黒煙が伸びて右を指し示した。

「うわっ、びっくりした。ついてきてたの?」

 白夜は目を丸くして飛び跳ねた。

 てっきり家に置いてきたとばかり思っていたのに、ずっとついてきていたのか。

 もしかしてさっきの男の人たちは、これを見て怖がっていたのかな。

 なにやら妙に納得して溜飲が下がる思いであった。

 確かに他の人が見たら不気味かもしれないけれど特に嫌な気もしない。

「仕方ないなあ」

 肩をすくめて右を指す。

「あっち?」

 さきほど黒煙が示した方角である。

 黒煙の先端が上下に動く。頷いているようだった。

 白夜は右へ曲がる。ちょうど内裏の建物が切れた辺りで、黒煙が「止まれ」と言わんばかりに袖を引っ張った。ここが大宮大路なのだろうか。

 朱雀大路ほどではないが、二条大路も大きな通りだ。

 それと交わるこの大宮大路は少し幅が狭い。

 辺りには人影ひとつなく、吸い込まれそうな闇だけが路の奥へと続いていた。

「来てくれるといいなあ」

 ああ、疲れた。

 どさっと腰を下ろして待つことしばし。

 うとうととしてきた白夜の耳に、ぎぃ……と車輪の軋む音が届いた。

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