34.教えて差し上げますの!

 リヴィオが、亜麻色あまいろの髪をかきながら、半笑いをレナートに向けた。


「あー。今のは、なんか、言った方が良かったと思うぞ。俺も」


「すごいね。上から目線だ。最近、グリゼルダにきたえられてるおかげかな」


「なんも言い返せないほど、その通りだよ。いちいち痛い目にあってりゃ、さすがに覚えるって」


「……ごめん。でも、聞いておきたいことがあったんだ」


 レナートは苦い顔であやまって、それから、ザハールたちの蜂蜜酒はちみつしゅを持ってきたマイラに視線を移した。


「マイラさん。エングロッザ王国の、創造神そうぞうしんの神話って、独特だって聞いてますけど……知ってますか?」


「そりゃあね。王さまや神官さまの、難しいのは、くわしくないけどさ。一年間のいろいろな祝祭しゅくさいとか、お祭りとか、つまみ食いみたいに神話に関係してるよ。ああいう歌や踊りだって、同じようなもんさ」


「神話の最後に、秘宝の天星てんせい……神の力が地にちて、創造神そうぞうしんがこの世界に再臨さいりんする時って、どんな感じだと思います?」


「どんなって、そりゃあ、なんでもできるって神さまなんだから……ああ! ちょうど、こんな感じかもしれないね! 食べ物も酒も無料ただになって、楽園みたいに遊んで暮らせてさ!」


 レナートに水を向けられて、マイラが、初めて気がついたと顔に書いて笑う。


「そっか! 新しい王さま、そういうことしたかったのかあ! なんだか子供っぽくて、可愛いところのある人だねえ」


 この場にいないヒューネリクの背中を叩く勢いで、自分のももの辺りを叩く。かげりのない敬意が、顔に浮かんだ。


「でも、そうさね。王さま、なんかの時に言ってたよ。密林の外には、あんたたちみたいな白い人が、こんな感じの国をたくさん作ってて……あたしたちも、そうなっていくんだって。夢のある話だよ!」


「いや、でも、食べ物もなんでも無料ただじゃねえって。働かなくちゃ生きていけないのは同じだよ。それも、けっこう厳しい感じでさ!」


「あはははは! そんなの当たり前だよ、うちの旦那だんなじゃあるまいし!」


 今度はリヴィオの背中を、旦那だんなの尻をどやしつける勢いで、叩いた。山羊乳やぎちちはいを落としかけて、リヴィオが少し慌てる。


「まあ、水汲みずくみと薪割まきわりがなくなるだけで、あたしらには充分、楽園だよ。水道? とか、電気? とか、いつまで使わせてもらえるのかねえ。あんたたちも良い時に来たんだから、このお祝いが終わるまで、しっかり楽しんでおきなよ!」


「マイラさんも、そうですよ。こんな時にまで働かないで、旦那だんなさんと一緒に、お酒でも飲まれたら良いじゃないですか」


 レナートの取りなすような言葉に、マイラがまた笑った。


「そんなの、最初の一日できたよ! 飯屋めしやなんだから、料理は結局、好きでやってるのさ。さっきも言ったけど、気に入ってくれたら、お祝いが終わった後も贔屓ひいきにしておくれよ!」


「はい……きっと、うかがいます」


 レナートが一礼する。マイラは満足そうに手を振って、調理場の方へ戻って行った。


 音楽と踊りは、陽気に続いている。


 その中で、空気のように働いている面貌めんぼうの影たち、ヒューネリクの魔法励起現象アルティファクタへ、レナートは真剣な目を向けた。ザハールとルカも、蜂蜜酒はちみつしゅはいで表情を隠しながら、レナートと同じ物を見ていた。


 レナートが思考に沈む。長かったのか、短かったのか。肩を、レナートよりも真剣な目をしたリヴィオにつかまれた。


「なあ、レナート。おまえ、さっき俺にあやまったよな?」


「……ごめん。そう言ったよ」


「つまり、おまえの態度が悪くて、俺のありがたーいお説教が正しいって、認めたわけだよな?」


「そうだけど。わからないな、どういうこと?」


「レナートさま!」


 レナートの疑問を、アーリーヤの声が粉砕した。


 黒檀こくたんの肌にたまの汗を光らせ、ほお上気じょうきさせたアーリーヤが、レナートのかたわらに立っていた。民族衣装のすそが開いて、しなやかな脚がのぞいている。身体の奥からき上がる熱気で、どんな鬱屈うっくつも忘れた、輝くような満面の笑顔だった。


 音楽と踊りは、まだ陽気に続いている。腕が、まっすぐレナートへ差し出されていた。


「今度は、なんか言うだけってのも、駄目だと思うぜ」


「……すごいね。なにも言い返せないよ」


 リヴィオの駄目押しに、レナートは完全敗北を認めた。


 立って、アーリーヤの手に、手を重ねる。


「ぼく、フラガナの踊りなんて、全然わからないんだけど……」


「教えて差し上げますの! わたくし、婦女子として」


たしなんでいるんだね。ありがとう、お願いするよ」


 レナートの観念した素直さに、アーリーヤがもう一度、輝くような満面の笑顔になった。



********************



 人類発祥じんるいはっしょうのフラガナ大陸、原始の大密林だいみつりん、そこに根づいた黒色人種たちの熱気はすさまじかった。


 酒と料理と音楽と踊りの饗宴きょうえんは、が西に傾き始めても、なお続いていた。即興演奏そっきょうえんそう音階おんかい拍子ひょうしのつながりも劇的に変化して、老若男女を問わない身体能力の高さが、律動的りつどうてきあでやかな群舞ぐんぶを生み出した。


 リヴィオ、ルカ、ザハールの魔法士アルティスタたちは、さすがに参加はしなかったが、余った楽器を渡されて教わったり、蜂蜜酒はちみつしゅ乾杯合戦かんぱいがっせんに巻き込まれたり、それなりに場の空気を楽しんだ。


 アーリーヤは子供たちに大人気で、歌でも踊りでも、ひっきりなしだった。外見に合わない天真爛漫てんしんらんまんさが、外見は同程度の、大人の女たちにも可愛かわいがられた。


 大人の男たちも結構な人数が、そわそわと周囲をうろついているのに、アーリーヤ自身はまったく気がついていないのも、まあ、微笑ほほえましかった。


 一足先に、レナートが食卓に戻ると、リヴィオとニジュカの二人がいた。ニジュカは頭から酒精しゅせいかったような匂いで、リヴィオが鼻を曲げていた。


「どうだ、恐れ入ったか! シャボの野郎、やっとつぶしてやったぜ! ざまあ見やがれ、だ!」


性質たちの悪い酔っぱらいだなあ。誰なんだよ、それ?」


「最初に、俺にからんできた酔っぱらいだよ! あんな大酒飲おおざけのみのろくでなし、なかなかいねえぞ!」


「ああ、マイラさんの旦那だんなさん。そう言うニジュカさんも、相当ですね」


 こんなことだろうと思って、ついでに持ってきた水のはいを、二人に差し出す。水口場みずぐちばにつながっている水道は、浄水機構もあるのか、そのまま飲んでも問題ないようだ。


「助かったよ、レナート。大人は気楽だよなあ。ここ、一応、敵地みたいなもんなんだけど」


「これくらい、なんでもねえよ! まだまだいけるぜ!」


 水も蜂蜜酒はちみつしゅも、同じように一息でけて、ニジュカが軽く頭を振る。


「……ん? 王女さんはどうしたんだ?」


「まだ向こうにいますよ。ミナチとカナンの他にも、みんなになつかれて、離してくれないようです」


「レナートとも仲直りしたしな。調子が戻って、良かったよ!」


 リヴィオが、ここぞとばかり恩着せがましく、レナートを見る。レナートは両手を顔の横に上げて、恭順きょうじゅんの意を示した。

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