А.а 始まり - 05

「それから、そちらの男爵令嬢にそそのかされて、犯罪の証人として証言を出されていますが、それ、本気でご自分の立場を理解なさっての行動なのですか?」


 大事な事実を忘れていないだろうか。


 今日は、学園のほまれある卒業式。


 国王陛下、並び、王太子殿下、そして、来賓の方が数々いらしているその場で、偽証罪――なんてものを見せびらかして、本気で、無罪放免される、などと考えているのではないでしょう?


「嘘をでっち上げたと証明されれば、皆様、ご自分の立場がどうなるのか、理解なさっていらっしゃるの?」


 三人の少女の顔つきが強張り、それから、一気に、その顔が青ざめていく。


「さあ、どうぞ、しっかりと証言なさってくださいな。私がしたという、、というものを、この場で全員に証明なさってくださいな。特に、国王陛下がいらっしゃる御前ごぜんで」


 三人の少女の視線が、壇上にいる国王陛下の元に、ほんのチラッとだけ移る。


 だが、パっと、すぐに顔を逸らし――それから、どうしようか……と、取る手がないようだった。


 付け焼刃も、その辺にしてもらいたいものだ。


 こんなくだらない茶番劇の為に、セシルは七年もの時間を費やさなければならなかったというのか……。


 もう……、溜息ためいき以外のなにものでもない。


「先程、私の友人であったとのお話でしたが、いつ、私と友人になったのでしょう? お顔はどこかで見かけたことがございますが、私の記憶では、今の一度として、お話をしたこともございませんし、皆様の名前も存じ上げませんの。どこでお知り合いになりましたの?」


 そのあまりに無邪気な質問に、周囲が更にドヨめいた。


 今の今まで、セシルが殺人犯で――と、非難めいた視線を向け、一気に男爵令嬢の肩を持つような雰囲気だったのに、話の内容がかみ合っておらず、おまけに友人でもない少女達がいるなんて、一体、今の状況がどうなっているのか、混乱が上がりだした。


「お前、自分の友人も知らないのか?」


 全く話の内容を理解していないであろうジョーランは、それでも、その点をしっかりと指摘してきた。


「友人も知らないなんて、バカじゃないのか」


 よくも、このセシルに、を地で行く男が、馬鹿にしてくれたものだ。


「そうでしょうかしら? 友人でもない方を、友人と呼ぶ趣味はありませんもので」

「友人だと、今、言っただろうが。ふざけるにもほどがある」


「では、「友人」 というのは、どのような定義なのですか?」

「なに? ふざけるなっ。友人に定義もなにもあるか」


「では、「友人」 というのは、定義のない関係だとおっしゃるのですか?」

「そんなことは言ってないっ!」


「では、なんなのでしょう?」

「それは――友人は、友人だっ」


 答えることもできないジョーランは、苛立ったまま、大声を張りあげる。


「私の知る「友人」 という関係は、当人、そして、相手が知り合いであり、互いに友好的な関係を築き、一緒にいることを望んだり、その関係を尊重し合ったり、そういった関係が思い浮かぶのですが?」


 一緒にいて楽しかったり、お互いの励みになったり、などと?


 全く会ったこともない、見も知らぬ人間に「友人」 と宣言され、名前も、身元も知らないような立ち場を「友人」 と締めくくるのは、自分自身にはとても無理があって。


「どうか、そこにいらっしゃる皆様、順に、お名前を言ってくださいませんか? できれば、いつ、どこで、私が皆様とお知り合いになり、どのような関係で、「友人」 という、大層、立派な関係を築き上げたことができたのか、私もとても興味がございますので」


「なにを――」

「ふざけたこと言わないでっ!」


 見ていられなくなったリナエが、そこで割り込んでいた。


「ふざけたこと言わないで。自分の友人を卑下して、そんなに面白い? ここにいるみんな、あなたのひどい行為に幻滅して、わたくしのことを助けてくださったのよ。その方々を侮辱するなど、許せませんわ」


「いいがかりをつけ、「友人」 とまで宣言なさっているのですから、その証明くらいは、お手の物でしょう?」

「なにをっ――」


「それから、名も知らぬ相手を「友人」 呼ばわりするような趣味は、私にはないものでして」


 きいーっ――とでも言いたげな憤懣ふんまんが明らかで、リナエが歯ぎしりでもしているかのような勢いだ。


「私は一人きりで行動することは、滅多にございません。ですから、今まで羅列された誹謗ひぼう中傷、または偽証について、全く身に覚えがございません。その証明として、皆様に全てお話いたしましょう。私の付き人はとても賢く、そして、日記付けを欠かしたことがありませんの。少々、お時間を取らせてしまいますが、どうか、私にお付き合いくださいね」


 薄っすらとした微笑をその口元に浮かべているセシルは、隣に付き添っている付き人に視線を送る。


 一度、頷いた付き人は、姿勢を正し、分厚い本のような日記帳を取り上げた。


「1月5日、我がマスターが王立学園入学なさる。午前9時、入園式を終え、クラスとなる1-Cに向かわれる。午前中の授業を問題なくこなし、昼食を中庭でお取りになり、午後の授業も問題なく終了。3時、学園を経ち、問題なく伯爵家に到着。夕食まで、マスターは今日の授業の復唱をなさった。1月6日、学園2日目。午前中の授業で――」


 やれやれやれ、これどれ、あれそれ――などと、信じられない細かさで、付き人である少年が、毎日つけていたであろう日記の詳細を、委細漏らさず報告していく。


 それを見ている、聞いている周囲の人間は、唖然として、口を大きく開けたままだ。


 やれやれやれ、あれそれ――などと、延々と続く日記の内容に、セシルが手を上げて止めていた。


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