第20話 形
声が届いた方に視線を向けると、彩葉ちゃんが部屋の入口に立っているのが見える。でも、彩葉ちゃんは3日ぶりのわたしよりも、侑子さんにまず声を掛ける。
「何してるの!!」
「嫁姑で仲良くコミュニケーションじゃないかしら」
侑子さんとわたしの間に、彩葉ちゃんは身を割り込ませてくる。
「コミュニケーションは会話だけでして」
「心和さんみたいな可愛い娘が欲しかったなって思ってついね」
「心和さんは私のだから駄目。お母さんには美波ちゃんがいるでしょう」
「彩葉、心和さんが呆れてるわよ。折角迎えに来てくれたのに」
そこでようやく彩葉ちゃんは家を飛び出していたことを思い出したようだった。
「……すみません」
さっきまでの態度とは打って変わって、背にしていたわたしを振り返ると謝りを口にする。
「なんで出て行っちゃったの?」
「…………」
「彩葉ちゃんが本当に嫌ならその理由を教えて? できるかどうかわからないけど、弟の結婚式の出席も断るってことも含めて考えるから」
彩葉ちゃんがわたしを引き寄せて、額をくっつけてくる。笑顔ではなくて、迷っているような表情は彩葉ちゃんの不安を示している。
「……帰ってこなかったらどうしようって思ったんです。お願いされたら心和さん、断り切れないから」
優柔不断な性格はわたしも自覚している。でも、このことに関してはそうなるつもりはなかったけれど、彩葉ちゃんは不安を持ったということだろう。
「そんなわけないじゃない。今のわたしにとって帰る場所は彩葉ちゃんと一緒に住んでる部屋だよ? 母親にも今回だけって釘は刺してるから、彩葉ちゃんが不安になる必要はないんじゃない?」
「はい。すみません」
唇を噛みしめるように謝りを出す彩葉ちゃんは、自分と葛藤していることを示している。
納得はまだ行っていないかもしれない。でも、今押さなければ逃げてしまう気がした。
「今日は一緒に家に帰ってくれる? 毎日顔を見せてくれるって言ったのに、3日も彩葉ちゃんがさぼるから、彩葉ちゃんのこともう忘れようかなって思っちゃった」
「駄目です。絶対駄目です」
ぎゅっと彩葉ちゃんが抱きついてくる。
久々の彩葉ちゃんの温もりを感じるだけでわたしは安堵する。
そんなに心配しなくてもいいのに、彩葉ちゃんは本当に心配性で、でも心配してくれることは嬉しかった。
「彩葉、そんなに心配なら、形にしておけばいいんじゃない?」
背後から飛んで来た侑子さんのアドバイスの意味が分からず、彩葉ちゃんは首を傾げる。
「一人で結婚式に出席させるのが不安なら、指輪くらい渡しておきなさい。身一つで突っ込むことだけが愛情表現じゃないわよ」
侑子さんのアドバイスでやる気になった彩葉ちゃんと、週末に指輪を見に行くことになった。弟の結婚式までには出来上がる予定で、それをつけることがわたしが結婚式に出席するための条件になった。
そんなことがあったせいか、家に戻ってきてからの彩葉ちゃんは機嫌がいい。
「もうずっと心和さんと一緒にいたいです」
「仕事を辞めなかったら日中も一緒にいられたのに、辞めたのは彩葉ちゃんでしょう?」
「あの時はこんな風になれるなんて思ってもいませんでした。もう二度と人を好きになんてならないでおこうって思っていました」
「それ、極端すぎない? 彩葉ちゃん可愛いから彩葉ちゃんとつきあいたい人なんて、たくさんいるのに」
「心和さん、私は心和さんに出会った時に運命の人だって思いました。私にとって心和さん以上の人は現れないです。だから全部を投げ打ってでも告白をしようって決めたんです」
「そこまでの決意があってのものだったんだ」
「はい。私は今まで恋人がいたことはありますけど、こんなに夢中になったのは心和さんだけです。お母さんが美波ちゃんとつきあい始めた時も、美波ちゃんが運命の相手だから何をしてでも繋ぎ止めようとしたって聞いてます。だから、わたしも全部を掛けたつもりだったんですけど、一回粉々になっちゃいました」
「ごめんなさい。わたしは人を愛することがどういうことかわからなかったの。いい年してだけど、彩葉ちゃんに触れて、ようやく分かって来た気がする」
わたしから彩葉ちゃんを抱き締める。
この温もりを得ることで安堵するのは、わたしが彩葉ちゃんを求めているからだろう。
それをわたしはわかるようになった。
「心和さん」
「なに?」
「これから先、ずっと私の傍にいてください」
「いないと彩葉ちゃん拗ねるでしょう?」
「はい。私の心和さんなので」
それは心にすっと入った。
それでいい。
難しいことは良くわからないけれど、わたしは彩葉ちゃんがこんな風にいてくれれば、それでいいと思えるようになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます