23

 おかしな夢を見たものだった。


 集落を魔臼の大群が埋め尽くしていた。連中の皮膚は月光を受けて青白く輝き、その口は絶えず何か意味のわからないことを話していた。連中は仲間同士で争い、互いの喉を締めあげ、そうでない連中は残らず僕の家を目指して行進してきた。


 他の島民はどうしたのだろう。これだけの魔臼が押し寄せてきたというのに、防人や詠役の姿はおろか、逃げ惑う島民の姿さえ見当たらない。家の中に籠城している? それともみんなやられてしまった? まあ、そのあたりの整合性を求めても仕方ないよね。


 だって、これは夢だもの。


 夢ってのは自分によく似た役者が出てくる映画を見るようなものだ。スクリーンに向かってああしろこうしろと指示したところでどうしようもない。観客の僕には自分と瓜二つの役者に問いかけるのが精いっぱいだ。


 ねえ、君はいったい何を考えているんだい?


 どうして君は急に家を飛び出したんだろう。どうして自ら魔臼の海の中に分け入って行ったのだろう。どうして金属バットなんて手にしているのだろう。ああ、そうか、それで魔臼の頭を叩き割ってやるんだね。そいつはいいや。


 殺戮に次ぐ殺戮。君は躊躇なく魔臼を屠っていく。でも、見てる側からすればもうお腹一杯。単調きわまる展開に欠伸が出そうだった。


 それにしても、これが夢で本当によかった。そうじゃなかったら、僕はバットが魔臼の頭を砕く感触や、魔臼が上げる断末魔の叫び、飛び散る血しぶきをじかに体験しなければならなかっただろうから。そんなのは想像するだけでもごめんだよね。


 おっと、空が白みはじめたぞ。


 君はいつの間にか天石様の前にいて、東の水平線から太陽が昇るのを眺めていた。島を覆っていた闇が徐々に隅へ隅へと追いやられていく。すると、島の惨状が徐々にあらわになって来た。道という道に人が倒れている。民家の庭、海岸、どこもかしこも死体だらけだ。被害の規模は七年前の大災の比じゃない。これでは本当にこの島もおしまいじゃないか。


 なのに、君は素知らぬ顔。いったい何だってそんなに冷静でいられるのだろう。僕は腹が立ってきた。そんな僕のいら立ちを知ってか知らずか、君は天石様の前で手を合わせ、お祈りをはじめた。


 昨晩は魔臼の手によって多くの命が奪われました。極楽はさぞ賑やかになったことでしょうね。みんなをよろしくお願いします。島のことは任せてください。代償は高くつきましたが、魔臼は残らず駆逐しました。これで島には平和が訪れることでしょう。僕はこの平和をいつまでもいつまでも守り続けるつもりです。誓います。たとえ、すべてが夢にすぎなくても、この祈りだけは本当です。

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