第7話 三浦高明と藤原靖国の『まさかの夢』

永禄3(1560 )年8月 安房国平郡那古村

三浦高明



 昨夜、俺は不思議な夢を見た。どこかの山頂の社殿で、5人の者達が畏づく中、社殿の祀り神、そうだ弥勒菩薩様がなにか告げられている。告げ終られた菩薩様はこちらを向き俺に向っておっしゃられた。

 ずいぶん離れているはずなのに、頭の中で声がして、はっきりと聞こえた。


『高明、そなたの願い聞き届けました。次の満月の夜、中天に月が上る時、そなたの前の海に出なさい、船を授けます。そして、操船を磨き、さらに次の満月の夜、相模の山王川の河口で小太郎に会い、仕えるのです。』


 そう告げられた時、一人の若者がこちらを向き、まるで近くのように顔が見えた。

 夢は、そこで終わった。 


 昼前、妹が嫁いでいる藤原靖国殿が訪ねて来た。

「どうされたのです。急に来られるとは何かありましたか。」


「用は、高明殿に話しをすることなのだ。

信じられぬだろうが、昨夜、夢を見てな。

 我が一族の悲願を叶える。だから高明殿に会いに行けと告げらたのだ。それが菩薩様に。」


「 · · 某も昨夜、夢を見ました。そして弥勒菩薩様のお告げを受けましたぞ。」


「お前も同じかっ。してなんと、なんと告げられたのだっ。」


「 · · · · · · と、いうことだ。」


「二人揃って、同じ夢を見るなど、お告げで間違いあるまい。

 船を授けられると言われたのか。それではいずこかへ行けということだな。

 きっと、その小太郎様に会えば分かるのだろうが、三浦も俺の藤原も一族上げて移り住む用意をした方が良いぞ。」


「うむ、しかし、本当に船を授かるのであろうか。」


「信じられぬか、満月と言えば、あと5日。高明殿、俺も見届けに来るぞっ。」



 そして、岸辺に小舟を用意した満月の夜。

「もうじき、中天に月が上るな。」


おさっ、沖に巨大な船がっ。」

「なんだっ、今の今まで何もなかったぞ。」「見たこともないたくさんの帆があるぞ。」


「皆の者っ、騒ぐでない。これからあの船に行く。あの船は我らの船ぞっ。」


「靖国殿、参ろう。早く行かねば船が流されてしまう。皆の者っ、船に行くぞっ。」


「「「おおぅ。」」」 



 沖の船に着くと、船は無人だった。そしてその巨大さに驚かされた。帆柱マストが5本もあり、優に千人も乗れような巨大な船なのだ。

 そして、唖然としている俺の頭の中には、この船の操船方法が流れ込んで来た。


「帆柱の下に10人ずつ、舳先と船尾の左右の巻き上げ機に5人ずつ、配置に着けっ。」


 その他に見張りなどを配置すると、100人の者達が、もう残り20人弱しかいない。


「平助、前方の帆柱に登れ。見張りだっ。吾平は、後方だ。よし、舳先と船尾の者は錨を巻き上げよ。そこにある輪を回すのだ。」


「最後尾の横帆を左に回せ。鹿助達だっ。帆の向きを回すのは、帆を固定している縄を解き、船尾側から皆で綱を引いて回すのだ。」


 船は満月の洋上を西へ東へと疾走し、舵を取る俺の指示にも慣れて、ぎこちないが操船ができるようになった。

 そして、夜明けが近づくと、船を隠すために入り江の北側にある岸の深みへと進めた。


「帆を巻き上げて、半帆にしろっ。よし、帆をたためっ。」

 船が無事、隠し場所に着いた。


「錨を降ろせっ。明日の晩も訓練するぞっ。昼のうちに寝ておけよ。」


「なんということかな。高明殿はいつ操船を覚えたのだ。」


「それが、船に乗ったら分かりました。」


「さようか、では俺は村へ帰り、収穫の段取りをつけて、村を出る準備をさせるわ。」


 

 我ら三浦一族は、代々の領地を北条に奪われ、主だった男達が皆討ち死にしたが、俺の生きているうちに、なんとか一族再興の足掛かりでもなさねばと、それだけを想い、安房の小さな漁村で生きて来た。

 しかし、頼る宛もなく心が折れそうになっていたところだ。

 此度のことは、まさに天の導き。小太郎様という主君の下でなら、きっと我らの悲願を果たせるに違いない。




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永禄3(1560 )年8月 安房国安房郡鋸南

藤原靖国



 今年の春、俺は嫁をもらった。去年、浜へ釣りに行ったら、そこで貝を採っている数人の女衆を見かけたのだが、その中に一際美しい娘がいて、一目惚れしてしまったのだ。

 浜に上がって来たところへ声を掛けた。


「採れましたかな、もし良ければこの魚もお持ちください。」


 俺はたった今、釣り上げた大物のアイナメを見栄を張って渡した。


「まあっ、大きなアイナメ。本当にいただいてもよろしいのですか。」


「ええ、まだ釣れますから、遠慮はいりません。あっ、申し遅れましたが某は、藤原靖国

と申します。あなたは?」


「くすくすっ、ええ、兄からお噂は伺っていますわ。おひげの濃いお方と。」


「えっ、兄とは?」


「高明兄上よ、靖国様はちょうど良い稽古相手だと言ってましたわっ。うふふっ。」


「なんと、高明殿の妹御でありましたか。

 これは、これは。参りましたなぁ。」


「美代と申します。あっ、兄に報告しなければ。靖国様に兄より先に、参ったと言わせたと。」


「「それはっ、あはははっ。」」


 そのあと、家に招かれて恐縮だがついて行った。なにせ確かに俺が『参った』と言ったと証言してくださいと言われたからな。

 思えば、あの時から、俺は美代殿の尻に敷かれていたのかな。


 俺と高明殿の付合いは、近隣の村であることから、何度か顔を合わせるうちに親しくなり、武芸の鍛錬の相手として頻繁に行ききするようになった。弓は高明殿が上、槍は俺、そして剣は全くの互角だった。

 聞けば三浦家は代々水軍。弓に長けているのも分かる。船上での弓は相当の腕がいる。

 

 俺の住む村は、水利が悪く米はとれない。

稗や粟、蕎、麦と葉野菜で細々と暮している。だから、偶に魚を釣りをするのだ。

 一族の村は500人ばかり。先年、父上が病で亡くなり、俺が家督を継いでいる。

 俺には母上とまだ幼い妹弟達がおり、そして一族の皆を率いて守らねばならぬ。


 そして、父上の三回忌の法要が済んだ夜、

夢を見た。父上が夢に現れて、靖国も嫁を貰ったかと喜んでくれている。そして、靖国よ、我らの再興の日は近いぞと言われた。

 父上がいなくなると、一目で菩薩様とわかるお方が俺に告げられた。高明の下を訪ねなさい。さすれば藤原一族の未来が開けると。

 朝、目覚めた俺に妻の美代が言った。


「昨夜の靖国様は、おやすみになられてから、なにかうなされていましたよ。心配ごとがお有りなのですか。」


「心配ごとではないが、父上が夢に現れた。それから、菩薩様もな。」


「まあ、それで何か告げられたのですか。」


「うむ、父上は美代との結婚を喜んでおられた。そして我らの再興の日は近いと。

 菩薩様には、高明殿に会いに行けと。そうすれば未来が開けると。」


「まあ、兄にですか。村の人達は2年続きの米の不作で困っている村に、蕎を収穫して届けて上げるのだとか言っていましたが、それならば、靖国様は兄に会いに行かれた方がよろしいですね。蕎の収穫は私が見ますわ。」


「ああ、そうするよ。村のことは頼む。」




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 そうして俺は、義兄である三浦高明殿の下を訪ね、高明殿も夢でお告げを受けたと知り驚き共に、父上の言葉を確信したのである。

 そして、八月の満月の夜に、高明殿と共に奇跡を見た。

 それから俺は、村の主だった者を集めて、収穫を終えたら村を捨て、何処かへ移り住む用意をするように命じた。

 夢で見たことと船の奇跡を話すと、皆興奮して一族の悲願を成す時が来たと、それからの段取りを手際良く決めて、翌日から収穫と引越し荷物の纏めに取り掛かった。


 九月の満月の夜、お告げどおりに小太郎様に会った高明殿から、我らも臣従を許されたことを聞き、ほっとした。

 それから、小太郎様が風間の一族であること。此度、北条の伊豆を領地とされ移住なされること。その移住を高明殿が船で行ない、我らも伊豆の下田に移り住むように言われたことなどを聞いた。



 そして、俺は9月の末に一族を従えて、下田へやって来た。

 着いてすぐさま、高明殿と共に小太郎様と風間の主だった方々にお会いしたのだが、その席でまた驚愕してしまった。


「藤原靖国でございます。此度、我が一族500名余を小太郎様の家臣として頂き、深く感謝申し上げます。」


「うむ、高明殿から聞いていた。藤原一族はもしかして、鞍馬流忍びの末裔ではないか。そして今もその技を所持しているのかな。」


「えっ、なぜそれをご存じで。そのことは、我らが秘匿してきたことにございます。

 あっ、それもまさか、菩薩様のお告げでございますか。」


「お告げではなく、俺が弥勒菩薩様から授かった知識だよ。

 皆の者、三浦高明殿と藤原靖国殿は、我らと同じく弥勒菩薩様のお告げを受け、秘密を共有する者だ。

 三浦一族には、我が水軍を率いてもらう。そして、藤原一族には忍び働きをな。

 両一族は風間一族とは同類である。従って以後は三浦と藤原は風間の譜代家臣とする。

 伊豆の者達には、そのように伝えよ。」


「えっ、えっ、えっ。」

 

 いつの間にか俺は、伊豆の大名 風間家の譜代のそれも重臣になっていた。

 もしかして、美代はお方様と呼ばれるのだろうか。頭には、それしか浮かばなかった。




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 大名家の譜代重臣との地位を得て、一族の者達の意気テンションは、上がりまくりだ。

 おまけに、下田城下に皆立派な武家屋敷を頂き、以前とは比べものにならない豊かな食事、便利な生活の品に囲まれた暮らしは夢のようだ。

 俺は一族の忍び働きのできる200人余りを10組に編成して、役目を与えた。


 一の組小頭  斎藤一蔵 くノ一衆を含む

  下田城の警備及び大殿、お方様らの警護。

 二の組小頭 矢張弦二 北条家見張組。

 三の組小頭 下坂三郎 今川家見張組。

 四の組小頭 中野波四郎 武田家見張組。

 五の組小頭 楪五郎衛門 西関東の間諜。

 六の組小頭 山本甚六 東関東の間諜。

 七の組小頭 左七右衛門 尾張三河の間諜 

 八の組小頭 早田原八 畿内の間諜。

 九の組小頭 水木新九郎 特命待機組

 十の組小頭 蜷川藤十郎 特命待機組


 小頭の名前は、代々受け継ぐ名で組の数字を組み込み、名字は各々の家名で変わるものだ。





【今日から、一話投稿になります。】

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