第六幕 埠頭の違和感


 その日の夕方、ギルドに戻った俺はフリースペースにいたルナを捕まえ、行きつけの食堂へと誘った。もちろん、代金は全て俺が持つという条件で。すると予想通り、ルナは喜んで乗ってきやがった。



 でもこれは例のレストランの埋め合わせというワケじゃない。あくまでも『とある目的』を果たすための布石――。



 その『とある目的』というのは、これから俺が実行しようとしている仕事へ協力させるということだ。満腹にして気分が良くなったところで頼めば、首を縦に振る可能性が高まる。しかも俺の奢りだから、食べ終えてしまったあとでは断りづらいはず。


 そして食事が終わる頃、いよいよ本題を切り出す。


「あのな、ルナ――」


「何か頼みごとがあるんでしょ? あたしに出来ることなら協力してあげる。だから遠慮なく言ってみなさいよ」


 俺が話し出そうとするのを遮り、ルナは悟ったような顔をして言い放った。そして図星を指されて驚愕している俺と目が合うと、ふうっと息をついてからニタニタと微笑む。


「そんなに驚くことじゃないでしょ。バラッタと何年付き合ってると思ってんのよ? 裏があることくらい、気付いてるに決まってるじゃん。これで何もなかったら、むしろ気持ち悪いって。あたしは分かってて食事をご馳走になったの。依頼料代わりにねっ♪」


「そっか……」


 ルナの言う通りだ。俺たちはお互いに大抵のことは分かり合っている。こっちの思惑なんて、見抜かれていて当然。そんな単純なことも忘れていたのか……。


 やはりビッテルに関わって以来、俺はなんだか調子がおかしい。ペースを乱されっぱなしだ。


 アイツのことを意識しすぎなのか? だとすれば、なぜそんな気持ちになっているのか? 自分でも理解できない。


「でもっ、いかがわしいお願いはお断りだからね?」


「ははは、それはない!」


「……なんか即答されると、それはそれでムカツクわね」


 頬を膨らませ、ギロリと睨み付けてくるルナ。でもそんなに不機嫌になるのもおかしい気がする。


 だっていかがわしいことをさせようにも需要なんてないだろうから。もちろん、そんなことは口が裂けても言えないけど。


「今夜、俺はビッテルの交易船で仕事をする。だからルナも手伝ってくれ」


「えっ!? あの優男の交易船で? 仕事をするって、水夫にでも転職すんの?」


 ルナは分かってるクセに、素知らぬ顔ですっとぼけた。しかもその反応があまりにもお約束すぎて、呆れてものも言えない。


 ゆえに俺はルナに白い目を向けながら深いため息をつく。


「あのなぁ、ンなワケないだろ? そういうつまらないギャグはやめろ……」


「はいはいっ♪ で、具体的には何をする気?」


「こっそり船に忍び込んで、積み荷をちょこっと拝借する。あまり派手にやらかすワケにはいかないからな。それに相手は腐っても商人だ、警備の人間やトラップくらいは準備しているだろうし」


「だね。さすがにあたしたちだけで正面から相手をするのは、分が悪いかもね」




 ちなみに積み荷を奪うというのは、あくまでもオマケに過ぎない。


 真の目的は、ビッテルがどれだけ汚く儲けているのかの証拠を掴むこと。船内を調べれば、何かしらの手がかりは見つかるはずだから。ただ、それだと盗賊としての体裁が悪いから、積み荷を奪うなんて理由をでっち上げたワケだ。


 ――人が良さそうな顔をしているビッテルの化けの皮を、絶対に剥いでやる。


「でもさ、ホントにいいの? アイツ、悪人には見えなかったけど?」


「商人なんてみんな悪人なんだよ。私利私欲にまみれ、私腹を肥やすことしか頭にない連中さ」


 俺が吐き捨てるように言うと、ルナはふぅっと息をついてから軽く肩を落とす。


「やれやれ、バラッタの商人嫌いも筋金入りだね。で、お頭の許しは出てるの?」


「当たり前だ。なぜか渋ってたが、無理矢理に押し切ったよ」


「お頭もトシなんだから、あんまり苦労をかけちゃダメだよ? ますます白髪が増えちゃうんだから」


「今の言葉、お頭に言いつけちゃおっかな? 逆鱗に触れるぞ?」


「なっ!? ちょっ、悪い冗談はやめてよっ!」


 ルナは真っ青な顔をしながら、体をビクッとさせて狼狽えた。するとその拍子にテーブルの上にあったコップを倒し、それに驚いてさらに木製のボウルを床へと落としてしまう。


 そのあまりの慌てぶりに俺は吹き出しそうになったが、それを堪えて真面目に気持ちを口にする。


「……俺だってルナが言いたいことくらい分かってるさ。でもこんなワガママが出来るのは、あと少しだけなんだ。あと何年かすれば、俺たちの世代がギルドを支える主力になる。そうなると否応なしに、好き勝手には出来なくなる。お頭だってそれを理解しているからこそ、最後には折れてくれたんだろうよ」


 ルナは最初、それをキョトンとして聞いていた。でもすぐに破顔一笑して穏やかな目を向けてくる。


「ふーん、それなりに自覚はあるんだね。ちょっと見直した」


「ちょっとじゃなくて、すごく見直せ」


「自惚れるな、バーカ♪」


 ルナはクスクスと笑いながら俺の額を指で突いた。


 その後、俺たちはギルドへ戻って簡単な打ち合わせを行い、準備を整えてから港へ向かったのだった。






 ギルドを出た俺たちは闇に染まる街の中を疾走した。音もなく、それでいて俊敏に。潮の香りが漂う海風を切り裂きつつ、闇の中に溶け込んでまっしぐらに港へ進んでいく。


 夜目が利く俺にとっては、この程度の明度は昼間と変わらない。ルナも盗賊技能のひとつとして暗闇の中を自在に動き回る鍛錬を積み重ねてきているので、問題なく俺の後ろを付いてきている。


 たまに危なっかしく感じる瞬間もあるけど……。


 なお、ビッテルの交易船はガトーの私有地内にある、旧埠頭の隅に停泊している。それはレストランで本人からそういう話を聞いているし、裏取りもしてあるから間違いない。


 そこはかつてメインの埠頭として使われていた場所で、新しい埠頭の運用が始まって以降は予備としてたまに運用される程度となっている。そのため、比較的警備は手薄。しかも私有地内ということもあって、昼間でも滅多に人が寄りつかない。忍び込むには好都合な条件だ。



 ――でもそれを考えたとしても、これはちょっと様子がおかしい。



 旧埠頭へ忍び込んだ俺はすぐに異変に気が付いた。あまりにも無警戒すぎるのだ。


「……ルナ、様子が変だと思わないか?」


 倉庫の影に潜んだところで、俺は周囲に注意を向けたまま囁いた。いつ何があるか分からないので、緊張の糸は緩めない。


 すると俺と背中同士を密着させるように佇んでいるルナは、少しの間が空いてから返事をする。


「そうだね、見回りもいないみたいだしね」


「いや、それはあまり不自然じゃない。普段は使っていない場所だから、もし見回りをしていたとしてもその頻度は低いだろう。それにもし監視をするなら、ビッテルの交易船の周りだけ人を配置すれば済むわけだからな」


「あ、なるほど……」


「俺が気になっているのはトラップのことだ。いくら普段は使っていないとはいえ、ここは私有地。侵入者への備えくらいはしているはずだろう。それが全くない」


「確かにすんなり侵入できたもんね」


「少し調べてみる。その間、ルナは周りを警戒していてくれ」


「承知」


 俺たちはその場を離れ、敷地内を調べることにした。このまま埠頭の奥へ侵入するのは、あまりにもリスクが高すぎるからだ。


 まずは建物や荷物の配置、船着き場などの位置関係を考え、もし俺がトラップを設置するならどこが最適かと考えながら当たっていく。


 そして何か所を見て回ったころ――


「ん? これは……」


 俺は地面に残されていた小さな傷を発見した。


 その具合から推測すると、おそらくここにはワイヤーが張られていたのだろう。いわゆる『トリップ・ワイヤー』という初歩的なトラップだ。踏んだり引っかけたりすると、音が鳴ったり網やワイヤーで体が拘束されてしまったりする。


 だが、それよりも気になるのは、ご丁寧にもここには何もなかったかのようにその痕跡を消してあること。この傷はたまたま消しきれずに残ってしまったんだろう。もっとも、俺みたいに夜目の利く人間でなければ、暗闇の中ではこれは気付かない。


 その後も周囲を調べていくと、トラップがことごとく外されていることが判明する。


 俺たちはひとまず大きな木箱が積まれた隙間に隠れた。そして俺は周囲を警戒しながらルナに小声で話しかける。


「これは先客がいる可能性が高いぞ。しかも相手はかなりの盗賊技能レベルだ。気を引き締めておけ」


「同業者ってことだよね?」


 俺の深刻な雰囲気を察してか、ルナの表情も自然と強張っていた。下唇を噛み、腰に差しているナイフの柄に手を添えたまま視線を激しく周囲へ向けている。


 こんなに緊張しているコイツの姿を見るのは、数年ぶりくらいかもしれない。


「当然、うちのギルドの関係者じゃない。お頭には俺がここで仕事をするって話してあるから、現場が被らないよう調整しているはず。裏切り者がいるなら話は別だがな」


「ギルドの中でお頭に楯突くほどの根性があるのは、バラッタくらいだよ」


「ふふっ……。ま、つまりは十中八九、ヨソ者の仕業ってことだ。この前、ビッテルの命を狙っていた連中の一派かもな。商人なんて敵が多くて当然なんだよ」


 俺は冷笑しながら言い放った。


 やはりビッテルも商人の端くれ。裏では誰かの恨みを買うようなことをしているに違いない。だから命を狙われる。想像していた通りだ。




 でも――


 ホッとする反面、なぜか釈然としない気持ちもあってモヤモヤするのはなぜだろう?


「それならあたし、ギルドに戻って応援を呼んでくるよ」


「いや、それはダメだ……」


「どうして?」


 キョトンとしながら俺を見つめているルナ。その目は俺に説明しろと求めている。


 でも事情を知らないんだから、それも当然か。まさかこんなことになるなんて思ってなかったから、言ってなかったんだよな……。


「実は何があっても俺たちだけで対処するって条件付きで、お頭からこの仕事をする許可をもらってるんだ。そうじゃなきゃダメだって、お頭が譲らなくてな……」


 俺は気まずさを感じつつ、薄笑いを浮かべて正直に打ち明けた。すると途端にルナは頭を抱え、深いため息をつく。そして白い目で俺を見てくる。


 その視線が俺の全身にグサグサと突き刺さってすごく痛い……。


「まったくもう……。日頃の行いが悪いから、こういうことになんのよ?」


「ひ、日頃の行いがいい盗賊なんているのか?」


「……そんな口答えが出来る立場? これは貸しだかんね?」


「お、おぅ……」


 もはやこの場は素直に同意するしかない。ただ、それでもルナはここで怒って帰らず、この仕事を一緒にやってくれるというのだからありがたい。


 俺を気を取り直し、真顔でルナの瞳を見つめる。


「この先はさらに気を引き締めていこう。頼りにしてるぜ、相棒っ!」


「っ!? ……う、うんっ♪」


 俺たちはお互いに軽く頬を緩め、力強くグータッチをしたのだった。



(つづく……)

 

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