第14話 陰陽師オブ陰陽師に成り損ねた陰陽師


「それは、呪いにゃんね」

 ベットの上で偉そうにあぐらを掻き、腕組みをしながら、いったんが言う。

 

「呪いだって? 誰が何ために?」

 俺は聞き返した。

「補足をすると、生き霊の可能性が高いわね」

 メリーが、その隣でちょこんと座って淡々と言葉を繋なぐ。


 呪いの人形のくせに、綺麗に洗ってやってからそれなりの気品が漂うようになった。


「生き霊ってなんだ?」

──幽霊とはまた違うモノなのか?


「実物が生きているのだけど、魂の一部分だけ執着や怨念として対象に張り付く幽霊の事ね」


 気品漂う西洋人形は、金色の長い髪をなびかせた。


「んだにゃ、差し詰め失恋か、にゃにかで男を呪って生き霊を飛ばしたんだと思うにゃ。生き霊は生き霊でタチが悪いものにゃ」


 いったんはそう言って、尻尾をゆらゆらと左右に泳がせる。

 俺の視線は、なんとなくその尻尾を目で追いかけた。

 

「すると、フラれた腹いせに呪いを飛ばしたって事か?」

「状況を見ていないからハッキリとは確証はないわ」

「そう言えば『愛している』とか言ってたな……。でも、それなら他の三人は?」


 う〜んと唸り、いったんは首を傾げ考え込む。

 

「他の三人は……、わからにゃい」

「確かに……、他の三人については不明ね」

 

 二体の怪異は、諦めたようにかぶりを振る。


「でも、その女がまだ生きているのにゃら、生き霊は確定にゃね」


 確認はしていないけど、東雲しののめ 三雪みゆきが死んでいたら病室で話題になっているはずだ。おそらくは死んではないはず。

 

「呪いを解く方法はあるのか?」


 ──お前も俺に似てきたな……。


「例えば?」

「一つは呪い返し」


 ──呪い返し……。

 名前からして、あまり良くなさそうな響きだな。


「名前の通り、呪いを跳ね返して呪った相手を呪い返す事よ。陰陽師おんみょうじとかがやる手法ね。呪った本人にも代償だいしょうは付き物よ。つまりその女には、倍の呪いが跳ね返るわ」


 ──平和的ではない。それはそれで嫌だ。

却下きゃっかで」


 俺の答えに呆れた顔で「でしょうね」と呟きため息をつく。


「二つ目は除霊じょれいにゃ」

「それは、お前らでもできたりするのか?」

「呪いが呪いのおはらいなんてできるわけないじゃない」


 メリーは俺の膝の上に飛び乗って否定した。


「なら、いったんは?」

「にゃーだって、ただの付喪神つくもがみにゃ。本来なら祓われてもおかしくない部類にゃ」


 ──こいつら、まじで使えねー。

 少しでも頼りにした俺が馬鹿だった……。


「そもそも、生きてんだから本人に文句つけたらどうよ?」

「結論を急ぐところが、童貞まるだしにゃ」


 ──言ったな、KO・NO・YA・RO・U!


「生き霊とは無意識に飛ばしているものにゃ、しかし今回は、呪って故意に飛ばしているとして、呪いの目的があるはずにゃ」

「だから本人にやめろと言えば──」

「無理ね」

 言い終える間もなく、メリーがバッサリ切り捨てた。


「考えてみなさい。私達が呪いの根源などとは、関係なく独立している事を」


 ──そう言うことか。


 一度放った呪いは、呪いとして生き続ける。

 または呪いが果たされるまで、呪いが一人でに成立する。

 呪いは放たれた時点で、本人とは無関係に独立して行く。


「人を呪えば穴二つにゃ。その女もいずれは、ただではすまにゃいね」


 ──だったら尚更、どうにかしなきゃだな。

「お祓いか、明日赤羽にでも聞いてみるか……」


 やはり、頼れるのは赤羽だ。


 ◇◇◇◇◇◇


「いきなり何を言い出すの?」


 放課後のチャイムと同時に俺は、赤羽にお祓いができる神社を知らないかと尋ねた。


「最近、アナタ少し変よ?」

 

 赤羽の手には〝呪具・呪物入門書〟と書かれた本が開かれていた。


 ──お前にだけは言われたくない。


「最近、知り合いが変なモノに取り憑かれたとか騒いでてさー。赤羽ならいい除霊師じょれいしとか知らねーかなって」


 赤羽はズレた鼻メガネの鼻を揺さぶり上げ直す。

 いつもよりリアクションが大きい。

 その後、じーと俺の顔を凝視ぎょうしした。


 ──な、なんだよ……。


「まぁいいわ。でも、除霊って言うのはお金が必要よ? 高校生である國枝くんやアナタのお友達で払えるかしら?」

「いくらくらいだ?」

「相場は三万から十万と言ったところね」

「う……」


 ──そんな金ねーよ。

 友達のためとはいえ、高校生にしては大金過ぎる。


「他に方法はねーかな?」

「ないわけじゃない、


 ──いや、そのセリフどっちかと言ったら俺のだぜ?


「呪い返しっていう素敵な裏技があるわ」


 ──やっぱり、それか……。

 確かに今すぐ赤羽の知識で実行できそうだけど。


「それは聞いた。却下で」

「わがままね」

「こんな物騒なもんにワガママもくそもない」

「そうね……」


 赤羽は携帯を取り出し、検索をはじめた。

 ブンッと俺の携帯が震えた。

 画面を見ると赤羽からメッセージが来ていた。

 中を開いて確認すると、電話番号が載っている。


「利用した事はないけど、その除霊師なら無料で相談のってくれるそうよ。噂だけどね」

「へー、何者なんだ?」

「なんでも自称、蘆屋道満あしやどうまんの末裔とかなんとか言っている陰陽師だそうよ」


 ──陰陽師? 蘆屋道満?


安倍晴明あべのせいめいは知ってる?」

「それくらいなら知ってる。陰陽師オブ陰陽師だろ」


 俺の答えに満足したのか、赤羽は本を閉じてニヤリと不気味な笑顔を浮かべた。


「そうよ。陰陽師オブ陰陽師の安倍晴明のライバルだった陰陽師が蘆屋道満よ」


 怪異とは何か、わからなくなるような鼻メガネを光らせて赤羽は言う。


「なんだって!? 陰陽師オブ陰陽師のライバルって事は、そいつも陰陽師オブ陰陽師じゃないか!」


 俺の答えをさえぎるように、手のひらを俺の顔の前にかざす。


「いいえ──、陰陽師オブ陰陽師は勝った方の安倍晴明なのだから、蘆屋道満は陰陽師オブ陰陽師のライバルで、陰陽師オブ陰陽師に成り損ねた陰陽師よ」


 ──もうちょっとワケがわからねぇ……。

 

「でも、その末裔まつえいって言ったらとんでもない奴じゃないか!」

「そうね、とんでもない実力者よ。正式には史実に存在しないのだけども」


 ここに来て、思わぬ答えに時間が止まる。


「それ──、ただの詐欺師じゃねーか!」

「そう思うなら、そうなのでしょう」


 盛り上げるだけ盛り上げて、衝撃の事実を突きつけてくるこの鼻メガネは、いずれ鼻メガネを指差して「本体はこっちよ」とかそのうち言い出しかねない。


「陰陽師って式神しきがみとか使うじゃない?」

「聞いた事はある。なんかの術で色々生み出すんだろ? 分身とか」

「あまり解釈が合っていないけど、それでいいわ。あれと同じで──、私も体が式神で、鼻メガネが本体なのよ」


 ──ほらな……、言った。


 ガラガラッ──ドンッと教室のドアが勢いよく開く。


「一護、帰ろうぜ」

 不良オブ不良の力漢だ。

「あぁ──今行く」

 

 ◇◇◇◇◇◇


「暴霊解散する事になった」

 下校途中、力漢は解散の話を持ち出した。

「聞いたよ。俺も昨日、一鬼と二虎の見舞いに行ったんだ」

「そうか。二七日に解散式で最後の集会をやるから一護も来いよ」

「あぁ、もちろん行く」

「最後にパァーと騒ごうぜ。せっかくだし金剛くんや鈴蘭も誘おうか! 赤羽は……まぁこねーか」


 赤羽なら鼻メガネを渡してきて、参加するから持っていてちょうだい、とか言い出すだろう。

 なんせ鼻メガネが本体だと豪語したのだから。

 

「最近事故が立て続けだけど、何か他に変わった事はなかったか?」

「変わった事? 例えば?」

「暴霊内で金縛りが多発してるとか」

「なんだそれ、あるわけねーじゃん」

「幽霊の話とか」

「ねーって、幽霊なんかいたらぶっ飛ばしてやるよ」


 ──力漢ならできそうだから怖い。


「あー、そう言えばオカルト的な話なら、暴霊は関係ないけど春馬が、何かわけわかんねぇ事ほざいてたな」


 ──竹内兄弟の長男……くそ春馬。


「竹内家は、刀鍛冶を祖先に持つからどーたらこーたらで、男はみんな早死にだとか、春馬はとっと死ねばいい」

「なんだそれ? 竹内家って刀鍛冶なん? どっちかって言ったら武士っぽいけど」


 ──気性的に……。


 うちはなんなんだろう?

 気にした事もない。

 

 でも、確かに竹内家の祖父も父も三〇代という若さで亡くなってる。

 力漢には、五つ下の弟もいる。


 女で一つで三兄弟を育てるのは大変な事だ。

 まして長男が、チンピラでお金の無心ばかりをせびり、家庭内暴力をしたりと、ろくなもんじゃない。


「まぁでも、事故とは関係ねーか」

「関係なさそうだな」

「んじゃ、また明日な!」

「はいよ、またな!」


 俺と力漢は、別れ道でそれぞれの帰路に向かった。


 ──手がかりはなしか……。


 とりあえず、陰陽師オブ陰陽師に敗れて陰陽師オブ陰陽師に成り損ねた陰陽師の末裔の自称陰陽師に電話してみるか……。


 赤羽から送られたメッセージを開き、電話を掛けた。

 トゥルル──と呼び出し音が鳴る。


「はい──、こちら蘆屋あしや 道影みちかげ


 受話器の向こうから、なんともやる気のない男性の声が応答した。

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