到着:セントラルシティ

 軍事区画を抜け、市内に入るとその様相に腰を抜かしそうになる。


 地球や他のコロニーの都市はの片鱗を感じなかった。

 無機質で、差異が無くて、工業製品的な街並み――あらゆる無駄を削ぎ落とした世界、そこには何の情緒も無い。とても寂しい景色だった。



 だが、ここは色鮮やかだ。

 現実世界の、オレが住んでいた都市部みたいな生活感を全身で感じられる。

 それがとても、嬉しかった。



 早速、整備士の忠告通りにタクシーを使うことにした。

 相方のジェスターが目を付けた個人タクシーを選び、乗り込む。

 道中、運転手に『フェー・ルトリカ』という店のことを聞いたが、なかなか評判の店らしい。


 店主が代替わりしても、料理の味は落ちるどころか以前よりも格段に上がっているとのことだ。

 どうやら、店主は失われた地球の料理に熱中しているらしく、整備士の言っていたように『いにしえのスープ・ヌードルラーメン』も再現されたことがあるようだ。

 おまけにデリバリーやテイクアウトもやっているらしい。

 美食への探求だけでなく、客のことも考えている――凄い店なのは間違いない。





 駐車場で降り、現在位置を確認。

 セントラルシティ、その中心部からは少し離れているが、政府の方で確保してくれた民間宿泊施設ホテルも徒歩圏内だ。



「じゃあ、とやらを拝んでみますかね」


 すぐ隣で背の低い女性が笑う。

 ジェスタ―は傭兵としては若く、幼く見える風貌だ。

 他の傭兵が彼女をガキと馬鹿にしてきたが、その実力と勘は並みのパイロットとは比べられないほど優れている。


 

「――ほざいてろ、今回はお前の奢りだからな?」


 例の店、フェー・ルトリカというレストランの店構えはダイナーレストランそのものだ。

 映画や海外ドラマ、ゲームの中で見たそれがそのまま建っている。



「本当にあると思うのか? 整備士の冗談かもしれないじゃないか」


 ジェスターが皮肉っぽく笑う。

 その態度は初めて会った時から変わらない。


 だからこそ、そんな女傭兵をオレは気に入っていた。

 常に穿った見方、常に何かを疑う姿勢、与えられた情報全てを鵜呑みにせず、事実さえも裏を取る――傭兵として研ぎ澄まされた感性に、オレは何度も命を救われている。



「いいさ、冗談でも。ラーメンの代わりに美味いメシでも頼むさ」


 巨大で設備もしっかりしたコロニーで評判の店、そんなメシ屋がマズいはずがない。

 入り口のドアに手を掛け、ノブを回す。

 

 ドアを開けると、付いていたベルが音色を奏でる。

 それがオレたちの入店を知らせ、店員たちが動き出す。

 流れるようにボックス席に案内され、着席。


 ウェイターの対応はとても慣れたものだった。

 若い女性の店員だったが、昼過ぎの忙しそうな店内の注文や空いた皿の回収を難無くこなしていく。幼い頃から働いていたのだろうか、その立ち回りは長年の経験を感じさせるものだった。



「いいのかよ、女を眺めてて」


 相方ジェスタ―の皮肉が飛んできた。

 席に置かれていたメニュー表を見ながら、彼女は不敵に笑う。



「メシ屋に来たら、まずやることがある」



「ほうほう、それは何だ?」


 オレもメニュー表を取って、目の前に広げる。

 未だに読み慣れない筆記体の英語を読解しながら、オレは言葉を続けた。



「店員や客の動きを確認する」



「まぁ、トラブルは避けたいからな」


 たしかに治安の悪いところではそういったことに気を付けるべきではある。

 だが、それが本質じゃない。


 美味い店、評判の店というのはそれぞれの空気感がある。

 空気が張り詰めた緊張感のあるラーメン屋、実家のリビングのような雑多感が満ちる定食屋、知らないインド映画がずっと流れている不思議空間のカレー屋――

 それらを構成するのは、内装と環境音だけではない。

 店員や厨房、常連客、そうした動的なファクターが『店』というものを造る。


 美味いメシが出てくることはたしかに重要だ。

 だが、美味い料理は味が良いだけではダメなのだ。


 安心して、食することに集中できる。穏やかでいられる空間――

 それこそが、飲食の本質とも言えるものだ……とオレは思う。





「まだあるんだろ?」


「……店員の愛想かな」

「随分と低姿勢だな、こっちは金を払うんだぞ?」


 サービスを提供する側、対価を払う側、そうやって立場の上下を作るのは簡単だ。

 だが、丁寧な仕事というのは必ずしも金では得られない。

 それに報いるには礼節マナーと感謝を忘れないことが大切である。


 単に払いの良い客でも、他の客に迷惑を掛けてしまっては本末転倒だ。

 料理と飲食の場というを提供する店の邪魔になってはいけない。

 店の雰囲気と料理を楽しむ――それが、外食の楽しみ方なのではないだろうか。




 早速注文が決まったのか、ジェスターは店員の注意を引こうと通りすがりの店員を呼び止めた。


 急いでメニューを読み込む――が欲している単語を見つけられない。

 

 ――嘘、だろ?!

 ラーメンもスープ・ヌードルも見つからない。

  

 視界の端に歩み寄ってくる店員を捉えつつ、メニューの文字を読み解いていく。

 やはり、ラーメンらしき料理を示す単語や文章は見つけられない。


 そうしている間に、店員が席の前までやってきてしまった……



「――ご注文ですか?」

「ああ、ハンバーガーセットとやらを頼む。飲み物は……」


「ハンバーガーでしたらコークがおすすめですよ」

「じゃあそれで」


 2人からの視線が向けられたのがわかった。

 急かされても、どうしようもない――メニューに載ってない以上は注文しようがないのだ。


 ――それでも、諦められない……!



「すみません、ラーメン……スープ・ヌードルってメニューに無いんでしょうか?」


「……失礼します」

 女性店員がオレの手にあるメニュー表を取って、内容を確認する。

 それを突き返してから、彼女は考え込むように俯く。


 ――もしかして、本当に無い……のか?


 ジェスターの言うように、整備士の冗談だったのだろうか。

 しかし、この世界において『ラーメン』という単語そのものはあまり認知されていない。

 物好きや好事家オタク、戦前に食べたことのある高齢者くらいしかわからないはずだ――


 だから、からかわれた……可能性は否定できないが。




「申し訳ありません、メニューに無いものはお出しすることは難しいです……」


 日替わりメニューに載っていないか確認したが、やはり見当たらない。

 やはり、ラーメンは食べられないのだろうか……




「……じゃあ、コークをお願いします」


 店員は注文を確認してから、店内の奥へと消えていった。

 

 

 メニュー表を読み直してみるが、やっぱり『ラーメン』らしきものは見当たらない。

 麺料理系はスパゲッティだけのようだ。

 蕎麦、うどん、中華麺は存在しないらしい。


 実際、地球でもスパゲッティ以外の麺類を口にしたことはない。

 理屈的にはくらいはあっても良いのではないかと思ったのだが、乾麺として流通しているのがパスタ麺しかないのが現実だった。

 うどんや蕎麦を食いたければ、自分で打って作るしかないだろう。




「それにしても、面白い店だなぁ……ここは」

 唐突にジェスタ―が呟く。

 

 ダイナーレストランという店の形態を完全に把握しているわけではない。

 映画やゲームで見た感じでは、カウンター席やボックス席が混在するレストラン……という印象だ。

 トレーラーハウスを店舗にしたり、カウンター席だけだったりと、実際には色んなジャンルに分かれているらしいが、オレは全く詳しくない。



「パティサンドを別の名前で出す店なんて面白いに決まってるじゃんか、それにとかいうわけのわからない飲み物もあるし――」


 ――そっちかぁ……


 ホットスナック版ハンバーガー――通称『パティサンド』

 コンビニや自販機で売ってるような安いハンバーガー、バンズとミートパティだけの

 軍や民間問わず、幅広く流通している加工食品の1つだ。過酷な保存環境に耐えられたり、飲食物とは思えないほど長い消費期限といった扱いやすさがよく知られている。

 味はもちろん……あまり、美味くない。


 パティサンドはメーカーによっては多種多様だが、バンズとミートパティで構成されているということは変わらない。

 ソースがあったり無かったりするが、口の中の水分を奪う点もまた共通だ。

 

 つまり、この世界におけるはマズい飯の代表格というわけだ。

 だが、メニュー表には雑なハンバーガーのイラストが載っていた。バンズとミートパティ、赤と白の具――つまり野菜が挟まれている。

 これは、パティサンドとは大きく違う。正真正銘のハンバーガーのスタイルだ。



「それで、コークってどんな飲み物なんだ?」


「……えーと、黒い色の炭酸飲料――かな、多分」

「――なんだそれ」


 コーク――おそらく、コーラのことだろう。

 現実で様々なコーラが出ている以上、これがコーラだ! と断言できる指標は少ない。カラメル色素が入った甘めの炭酸飲料と言うしかない……



 しばらくすると、先ほどの女性店員が皿を運んできた。


「おまたせしました、ハンバーガーセットです」


 大皿をジェスタ―の前に置く。

 大きなバンズ、ソースが滴る分厚いパティ、微かに湯気を立ち上らせるフライドポテト――それはまさしく、オレが見てきたハンバーガーのセットの姿だ。



「こちらはコークです」


 氷の入ったグラスが置かれる。

 水滴が滲んだグラスはカラメルの黒に染まっていた。大きめの氷が黒い炭酸水の中で揺れている。 


 ――炭酸飲料なんて、久しぶりだ。


 さすがに市販の炭酸飲料は流通している。

 甘みや風味が限りなく薄くて、とても美味しいものとは言えない。

 ベタベタに甘いフルーツジュースの方がいい、果汁が一切入っていなくても味の無い微炭酸飲料よりはずっとマシだ。



 早速、口にしてみると――その味わいに鳥肌が立った。


 炭酸の刺激、強い甘み、複雑かつ鼻を突き抜ける香り。

 それはオレの知っているコーラとほとんど変わらない。

 微かに存在感を残す柑橘の風味が後味に強烈な印象を与えている。



 ――こいつは、すごい……!


 何もかもが失われた世界で、これほどのクオリティの飲食物に巡り会えるとは微塵も思っていなかった。

 せめて、ラーメンくらいは……と思っていたのが情けなく思えるくらいに、このコーラは格別だった。





「やべえ」

 

 目の前から声がして、オレは顔を上げる。

 

 自分の手の平より大きいハンバーガーに齧り付いたジェスタ―が、そのまま固まっていた。

 口元にはソースと肉汁がたっぷりと付いている。



「これ、やべえよ……なんだよ、これ……マジで、やべえっ!」


 ガツガツとハンバーガーを頬張っていく。

 バンズから具がはみ出て、潰れたスライストマトとレタスがこぼれ落ちる。

 ジェスタ―の手が溢れ出てきたソースと肉汁で汚れていた。それに気付いた彼女は自分の指と手を舐めるようにして、それを拭っていく。



「――パティサンドなんかクソくらえっ! アタシはもう二度とあんなもん食えねえよ!」


 ――そりゃ、美味いに決まっている。


 生野菜が流通していることにも驚きだが、本格的なハンバーガーのスタイル、肉汁が溢れ出るパティ、そのクオリティは宇宙広しと言えどもここだけではないだろうか。


 おそらく、このコロニーでは農業プラントが充実しているのだろう。

 大規模な野菜の栽培、高品質な畜産物――それがあるからこそ、こんなにも正統なハンバーガーが拝めるのだ。



「うおォォォい……この黒いソーダもうめえ……どうなってんだ、このコロニー……」 


 ハンバーガーとコーラ、それは最強の組み合わせだ。

 人類史最強のセットと言っても過言ではない。

 


 ハンバーガーとコーラを満喫しているジェスタ―を眺めていると、店の奥から誰かが出てきたのが見えた。

 男の店員がこちらに向かってくる。


 そして、オレとジェスタ―が座るボックス席の前で止まった。



「失礼ですが、スープ・ヌードルを注文しようとされたお客様でしょうか?」


 男の店員が帽子を取りながら言った。

 若く、温厚そうな男だ。申し訳なさそうな表情をしていること以外はどこにでもいる好青年にしか見えない。



「自分はこのレストランの店主です、さきほどはウェイターが失礼を――」


「いえ、大丈夫です。気になさらないでください」


 失われた料理を再現――と聞くと、老齢な研究家のような料理人をイメージしてしまうが、これほど若い男が店主だとは思わなかった。

 どのような経緯があったかは知らないが、前の店主の時よりも味が良くなったという噂が流れているということは、この青年の腕が確かなのは間違いないだろう。



 ――もしかして、裏メニュー的な形でラーメンが……!?


 

「……申し訳ありませんが、メニューに無いものはお出しすることはできません」


 深々と頭を下げる青年の店主、その姿からは誠意を持って仕事に臨んでいることが伝わってくる。


 だが、それでも……ラーメンが食べたい。 

 洋食の料理人がラーメンを作るかどうかは知らないが、これだけの腕を持つ料理人が作るラーメンは絶対に美味いはずだ。


 そんなオレの脳裏には、軍事区画の整備士の言葉が蘇る――

 


「あの……ある人から言われたんですが、『腕と足の分で立て替えておいてくれ』と伝えてくれと――」


 その言葉を聞いて、店主の表情が驚愕に染まった。

 数秒間考え込んでから、店主は言葉を紡ぐ。



「すみません、特定のお客様だけをひいきするわけにはいきません……」


 ――なるほど、悪くない店主だ。


 商売をやっている人間というのは、利益を第一に考えるものである。

 だが、商売というものには利益以上に必要なものがある。それは信用だ。


 誰かにだけ美味いメシを出す――常連をひいきする飲食店というのは少なくないが、サービスとしては最低だろう。

 誰にでも美味いメシ――――かつて、人々が口にした料理を出す。それが店主が求めるものなのだ。



 世界全体が貧しくなってしまった以上は欲に溺れないでいるのは難しい。

 だからこそ、その誠心誠意を尽くそうとする姿勢や心意気を貫くのは簡単ではないはずだ。



 すると、店主は身に付けているエプロンから小さなクリップボードを取り出す。

 一緒にペンを手にして、さらさらと何かを書き出していた。

 


「では、これで失礼します」


 そう言いながら、何か紙片を突き出してくる。

 それを渡すと、店主は店の奥へと消えていった。

 

 

「……残念だったなぁ、目的のモノが無くて」


 渡された紙片を広げ、中身を確認する。

 その内容に、オレは思わず笑みを浮かべてしまった。



「ところが、そうでもないらしい」


 渡された紙片には、日時と時間が記載されていた。

 正確には明日の深夜、おそらくこの店が閉店してからの時刻だろう。



 つまり、レストランとしては出せないが――1人の料理人としては提供する、ということだ。



「良かったじゃねえか」


 テーブルの上にある紙ナプキンで口と手を拭きながら、ジェスタ―は呟く。

 同時に、テーブルの隅に置かれていた注文書をオレの目の前に放る。






「約束通り、支払いは頼むぜ」



「……仕方ないな」


 自分の財布の中身を確認してから、オレたちは席を立った。

 

 

 

  

 

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