第5話 Loved Ones 3

 5:

  セブンと話が出来た。テレパシーを通じてセブンと会話が出来た。

  可愛い声。きれいな声。

  彼女に良く似合った声だった。

  さらに気持ちも伝わってきた。

  彼女は色んなものを知り喜び、嬉しがったり、怒ったり、悲しんだりしていた。

  ――僕の居ないところで。

  僕の居ない場所で、知らない場所で、さらに彼女を奪い去ったヤツらと……。

  悔しい。苦しい。憤りが止まない。

  本当なら、本当なら僕と一緒にいるはずだったんだ。

  本当だったら僕と出会って、僕とたくさん話しをして、僕と僕だけに、彼女はい  

  ろんな表情や感情を見せてくれるはずだったんだ。

  悔しい。本当に悔しい。

  どうしてこうなってしまったんだ!

  僕と彼女だけの世界だったのに。

  ヤツらが彼女を奪った。

  僕からセブンを奪って、さらに奪ったヤツらが彼女を愛でている。

  こんな悔しいことがあってたまるか!

  ――許せない。

  絶対に許せない!

  僕はこんなことを認めない!

  ソーサリーメテオ! お前達が僕たちの世界を壊した!

  セブンを返せ!

  返せせえええええええ!


 シュウジがサイクロプスへ背後から飛びつき、両腕に備えたクローを突き刺し電撃を与える。

「邪魔だ!」

 サイクロプスがシュウジを鷲掴みにし、地面に叩きつける。

 また火炎球が飛んできた。

「うるさい!」

 足元にあったひと塊の瓦礫を持ち上げ、サイクロプスは誠一郎へ投げつける。

 寸でのところで誠一郎がそれをかわす。

 サイクロプスががくんと足を止めた。見れば、凉平が脚に全身を絡みつかせるように押さえ込んでいた。

「この!」

 凉平を振り払おうとするが、真横から麻人が黒刀を突き刺した。わき腹から貫通して刃の切っ先が反対側から突き出ている。麻人がそのまま押さえつけた。

 シュウジがまたサイクロプスの首に飛び掛り、クローを突き刺す。

 電撃を放つが、放電の量が少ない。

 全員が満身創痍だった。

 それでもしがみつくように、サイクロプスを取り押さえる。

「お……まえ、ら、はあああああ!」

 身震いさせるほど全身に力を込めるサイクロプス。

 だがサイクロプスもサイコキネシスの力場が発生しなかった。

 両者はもう、余力も無く限界に達していた。


「やめて!」

 那菜が叫んだ。

「もうやめて!」

 全員にやっと彼女の声が届き、ひと風の静寂が流れた。

「みんなシックスから離れて!」

 那菜がサイクロプスの前に出た。

「お願い、シックスから離れて。二人だけにして……お願い」

 しんと静まり返って、

 麻人が黒刀を引き抜き、シュウジがサイクロプスから飛び降り、凉平が足元から離れた。距離を置いて離れたところにいた誠一郎が歩きながら寄ってくる。


 6:

「……シックス」

 那菜がサイクロプスに、シックスに呼びかける。

 が――

 サイクロプスは両手で那菜の首を掴んで締め上げた。

「一緒にいてくれないのなら……行ってしまうのなら……いっそこの手で!」

 那菜を締め上げる両手にさらに力が込められる。

 手負いとはいえ、巨人のようなサイクロプスと小さな少女とでは、その手で彼女の首を小枝のように折る事が出来ただろう。

 サイクロプスが両手を震わせるほど、那菜の首に力を込める。

 那菜は、自分の首を絞めるサイクロプスの両手を――優しく撫でた。

「シッ……クス」

 折ろうと思えば簡単に折れる首――自分を置いて行ってしまうならいっそと締め上げる両手。

 ……だが、その瞬間はいつまで経っても訪れなかった。

 静かな時間が流れ。

 そして、サイクロプスがその両膝をがくりと地面に落とした。

 サイクロプスが、シックスが呟く。

「でき、ない……」

 那菜の首からサイクロプスの両手が離れる。

「できないよ」

 ぽたりぽたりと、サイクロプスの一つ目から涙がこぼれた。

 そしてサイクロプスの体が、急速に縮んでいく。

 大木のように太ましい腕と脚が、胸板も、さらには顔も頬も。どんどん細くなっていった。

 枯れていくように、骨と皮だけのミイラのように、サイクロプスの巨体が崩れていく。

「僕は……僕は、君が好きだ」

 シックスの告白。

「好きなんだ。君が好きで、好きで、でもたったそれだけの言葉じゃ足りないんだ。もっと強く伝わる言葉があればいいのに……」

「……うん」

 那菜が骨と皮だけになったサイクロプス――シックスを優しく抱きしめる。

「知ってるよ……分かっちゃったよ」

 優しい声で語りかけるように、那菜がシックスに答える。

「シックスも私の気持ちをテレパシーで感じてたんだよね。私にもできたよ。いまさっきだけど……シックスの気持ちが私にも伝わってきたよ」

「セブン……本当に?」

 那菜がこくりと頷いた。瞳に涙を浮かべて。

「私がいなくなって、辛かったんだよね……苦しかったんだよね。私と一緒にいたかったんだよね……シックス、どうにかして二人一緒になりたかったんだよね」

 那菜がシックスを抱きしめる。優しく、少しだけ強く……彼が壊れてしまわないようにしっかりと抱きしめた。

「ちゃんと、伝わったよ。伝わってるよ……シックス」

「……セブン」

 シックスが苦しく切なく、そして安心しきったように呻いた。

 泣いていた。

「伝わった……伝わったんだ、僕と君の気持ちが……繋がった。こんなに嬉しいことはないよ」

「そうだね」

 那菜がそっとシックスの頭を撫でる。

「こんな姿に、こんな事にならなくても、僕たちは一緒だったんだ。一緒になれたんだ」

「そうだよシックス。私達は、二人で一緒だったんだよ、いつも、いつでも一緒にいたんだよ」

「ああ……セブン。君が、本当に好きだ」

「私もよ、シックス」

 話す事が無くなったのか、あるいは全てが伝わりきったのか。

 無言のまま抱き合う那菜とシックス。

 静かな時間。

 壊れた世界の中で、瓦礫の中で、静かな優しい時間が流れる。

 シックスがぽつりと口を開いた。

「少し、疲れたよ……セブン」

「うん」

「このまま抱きしめてて。このまま眠りたいんだ」

「うん」

「あったかい、あったかいねセブン」

「うん、シックスもあったかいよ」

「幸せだよ。今僕は、すごく幸せな気持ちで、いっぱいなんだ」

「分かるよ、幸せだね」

「……おやすみ。セブン」

「おやすみなさい。シックス」

 サイクロプス――シックスが力尽きた。

 ぐったりと力が抜け、那菜にもたれかかるように、彼女に抱きしめられるままに。

 シックスに静かな眠りが訪れた。

 那菜もシックスを抱きしめたまま、離さなかった。

 いつまでもずっと、長い時間。

 ただ静かに――時間すら止まって見えるかのように。

 壊れた世界の中で、那菜とシックスはお互いをずっと抱きしめ合った。

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