第5話 Loved Ones 1

 1:

 対ソーサリーメテオ用生物兵器サイクロプス――シックスが台駄須郎を抱えて瓦礫の中から這い出てきた。

 台駄須郎は、既に事切れていた。

 頭を強く強打したのだろう、赤々と血に染まった頭。そして首が完全に折れ曲がっている。動く気配も、遠目から見ても呼吸の気配すら見えない。

 サイクロプス――シックスが台駄須郎の亡骸をあっさりと投げ捨てた。

 シックスがこちらを向く。

「……行って、しまうのかい?」

 シックスが弱々しい声で、今にも泣きそうな声で言った。

「まだ、間に合うはずだよ……セブン。君の中には博士の研究成果が全て入っている。だからまだ僕達は一つになれる」

 ふらりとした足取りでサイクロプス、シックスが動く。

「行かないで……側にいて欲しいんだ。一緒になって。セブン」

「……シックス」

 彼は絶望していた。黒く空虚な心の内が、私の中に伝わってくる。

「貴方だって、まだもとの体に戻れる……もう一度シックス、貴方の体を作れば――」

「それは無理だ」

 シックスは否定した。

「新しい体を作ったって、それはもう僕じゃない……僕を模したコピーで、そのコピーには新しい思考が宿る。もう後戻りは出来ない」

「そんな……」

「嫌だよ、置いていかないで……行かないで、セブン」

 私とシックスの間に、麻人さん凉平さん誠一郎さんシュウジが立ち塞がった。

「みんな!」

 四人は――戦闘態勢に入っていた。

「……ソーサリーメテオ」

 シックスの声に怒りが宿る。

「お前達が……お前達が全てを壊した。僕達を、僕たちの世界を壊した……お前達がいなければ、お前達がセブンに余計なことを吹き込んだせいで、こんな事になったんだ!」

 みしり、みしり……

 シックス――サイクロプスの体が膨れ上がる。それに呼応するように、周囲の瓦礫が微震し始めた。

「お前達が、お前達が! ソーサリーメテオ!」

 サイクロプスの体の膨張が止まらない。体がはちきれ、あちこちから体液が吹き出る。

 さらに、風が巻き起こり、徐々にその強みを増す。

 サイコキネシス、力場の嵐が生まれようとしていた。

 ――暴走している。

 体の制御が出来ていない。力のセーブが出来ないのだ。

 本来はサイクロプスはデュアルブレイン、二つの脳で動く生物兵器だ。

 シックスがメインとしてサイクロプスを操り、サブの私がその制御とサイコキネシスの複雑な演算を行う役割を持っていた。

 今のサイクロプスは、私というリミッターが無い状態で、力を発動させようとしている。

「だめ、シックス!」

 だが、シックスの暴走は。怒りが、激しい激情が止まらない。

 シックスの感情にあわせて、サイクロプスが限界を超えた力を解放して行く。

 麻人さん凉平さん誠一郎さんシュウジがそれぞれの武器を持って構える。

「やめて……やめて」

 シックスが叫ぶ。

「ソーサリーメテオオオオオオオオオオッ!」

 四人がサイクロプス――シックスへ向かって疾走した。

「やめてええええええええ!」

 戦いの始まった渦の中。

 叫んだ声はどこにも届かなかった。


 2:

「鋭光矢(シャープアロー)」

 凉平が両手に持った2丁のデザートイーグルを使い、光の矢を立て続けに放つ。

 さらに追撃に、誠一郎が腰に備えていたサブマシンガンでシックスを撃つ。

 だが光の矢も弾丸の雨も、シックスが発動させたサイコキネシスの壁に阻まれる。

 嵐のように、竜巻のように巻き上がる乱気流の力場――サイコキネシスの壁が、並大抵の攻撃では越えられないと分かる。

「どうやら能力で力押しするしかないようだな」

 あっさりと誠一郎がサブマシンガンを投げ捨てた。

 シュウジが両手に紫電を迸らせてサイクロプスに迫った。

 サイコキネシスの壁の目の前で両手を突き出し、

「はあああああああらぁ!」

 両手に溜め込んだ電撃を至近距離でサイクロプスへ叩き込んだ。

 大気を弾く音と目もくらむ光がけたたましく響き渡る。

 が――

「うっとおしい!」

 サイコキネシスの壁は電撃でも破れなかった。サイクロプスが腕を振り、巨大な力場が形成される。その嵐か衝撃波のような力場がシュウジへ襲い掛かった。

 シュウジが両手を組んで防ぐも、いとも簡単に吹き飛ばされる。

 別方向では、麻人が呪文を詠唱していた。

「流れる星は炎の如く――」

 黒刀がほどけるように、無数の糸の刃へと変化する。

「流星斬!(シューティングセイバー)」

 糸の刃が、まるで雪崩か突風のようにサイクロプスへ襲い掛かる。

「舐めるな!」

 サイクロプス、シックスが腕をかざし、さらに強固な力場の壁を作る。

 そして麻人の放った流星斬が全て弾かれた。

 

  僕はただの研究のパーツに過ぎない。

  人の体をしていても時が来れば脳を取り出されて別の物に作り変えられる。

  僕って一体何なんだ?

  僕はこんな理由で生きている、こんな理由で生かされているのか……。

  一人だ、一人ぼっちだ。

  苦しい。悲しい。

  もう全て決まっていることで、逃げることも出来ない。

  どうしたらいい?


 凉平が誠一郎に聞く。

「これどーするよ? さすがに俺達対策で作られただけはあるぜ」

「だが手はまだある」

 誠一郎が第二呪文ジャスティスレインを発動させる。

 フレイム=A=ブレイクから受け取った炎の能力を発動させ、大きさにしてバスケットボール大の六つの火炎球を作る。

「まだだ、この火球へさらにヤツのサイコキネシスの能力を付与する……サイコキネシスの波長を同調させた攻撃ならば、壁をすり抜けてやつに届くはずだ」

 言ったとおりに、誠一郎が六つの火炎球にシックスのサイコキネシスの能力を加える。

 火炎球が螺旋状に回転し、即興の呪文が完成した。

「火炎球螺旋弾!(ファイアボールマグナム)」

 手加減は一切無い。誠一郎は六つの回転する火炎球を一斉に放った。

 狙い通りに、誠一郎の作った火炎球が、サイクロプスのサイコキネシスの壁を突きぬけ、六発全てが着弾して大爆発を起こす。

 ごうごうと音を立てて、サイクロプスが火だるまになる。しかし――

「その程度か! ソーサリーメテオ!」

 大声を上げたのはシックスだった。

 全身が燃え盛りつつも、サイクロプスは前進する。

 焼け焦げた皮膚が、焼かれると共に再生していく。

 凉平が歯噛みした。

「効かないのかよ」

「いいや、これならヤツの壁も無効化できる。再生能力はあってもダメージには変わりない。持久戦になるかもしれんが、確かにヤツにはこれが効いた。これで俺は応戦する」

「援護射撃頼むぜ」

「了解した」

 誠一郎がまた新しい火炎球を作り、凉平は再度サイクロプスへ向かっていった。


これが、ナンバーセブン。

気がつけば見惚れていた。

カプセルの中で蛍光色の培養液に包まれて浮かんでいる少女。

この子が、僕と一つになる。

何故か身震いがした。

きれいた。

本当に彼女はきれいだった。

彼女が目を覚ましたら、きっと……。

そう思ったとき、彼女は目を開けてこちらに手を伸ばしてきた。

僕も手を伸ばしてカプセル越しに手のひらをあわせる。

何も伝わらない、分厚い透明な壁越しなのにも関わらず、

その手は温かかった。

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