眠り姫と琥珀のガーディアン

アオイソラ

プロローグ

 11月9日は雨だった。

 憂鬱とはこんな色だ、とでものしかかるような空から、静かにしとしとと降り続く。雨粒から拡がり続ける重苦しい湿気に、このまま溺れるんじゃないかと思うくらい、なんとなく息苦しくも感じる。

 いや、息苦しさは、目の前の従兄弟殿が発している圧のせいか。

「まったく……信じられない……。家に警察が来て、調べられるなんて……」

 テーブルの向かいから冷ややかな視線を浴びせてくる、10ほど年上の従兄弟。

「わかってるのか? 美月」

 彼の綺麗な容姿は今、絶対的な冷静さと力強さを帯びていて、鋭い刃のように私を見据えていた。

 ……秀ちゃん、怒ってる。

 彼の視線に居たたまれなくなった私は、逃れるように席を立った。2階の自室へとテーブルに背を向ける、が。

「……美月」

 いつもより厳しい口調で呼ばれる名前に、私の身体は動きを止めた。

 そのまま、呪縛にかけられたかのように、おそるおそる振り向いた。

「秀ちゃん……」

 私は今どんな表情かおをしているのだろう。

 彼になんて言葉なら返すことが出来るのだろう。

 何も出来ずに立ち尽くしていると、ふと、私に向けられた瞳から冷たさが溶け、見慣れた優しさが戻ってきた。

「座って」

 口調はまだ厳しいままだ。

「どういうことか、全部説明して」

「……わかった」

 私はもう一度、テーブルの椅子に腰をかける。樫1枚板で出来たテーブルはなんとなく柔らかくて、優しい。秀ちゃんみたいだな、と思った。

 私は目の前に座る彼を見上げる。

 色白の肌に柔らかいくせ毛。栗色に艶目つやめく髪は、伸ばしたらきっと少女漫画の王子様みたいになるんだろうけれど、耳や眉にかかるかかからないかくらいに整えられている。キレイな二重の瞳は髪と同じ濃い茶色で、ふとした角度で琥珀のように光る。私の知る限りでも、多くの女性の心を魅了してきた。叔母さんもハーフみたいな綺麗な顔立ちだった。

 妹としてこの家に養子縁組されてもうすぐ10年になる。

 本当の兄妹ではないと知っていても、子どもの頃から見慣れ過ぎていて異性としての魅力は感じない。そんな私でも、純粋に「美しいもの」として時折見とれてしまう、憎らしいくらいのイケメン。

 イケメンの眼差しには見えない力がある、癒される、て騒ぐ女の子は多いけど、その通りな気がする。

 秀ちゃんの優しい眼差しは、私に力をくれる。今までも何度もそうだったように。

 『大丈夫・・・

 ぎゅっと両手を握りしめる。指、冷たい……。

「うちの中等部にね、3年生なんだけど、金井さんって子が居るの。……少し前にも話に出たから、秀ちゃんは覚えてるかもしれないけど……」

 樫の木目1つ1つを数えるように、私は言葉をつないだ。

「……正確には、居た……になる、ね……。この間、学校じゃないんだけど、……建物の非常階段から、落ちて亡くなったの……」

 いやだ……、手が震えてきた……

 目を落とすと、白く血の気の引いた手が、自分のものじゃないみたいに弱々しく震えていた。

「それで、なんでそんなところから落ちたのかとか、事故なのか、もしかしたら……自殺なのかとか、そういう話になってるみたいで、警察が調べているみたい……」

 秀ちゃんは椅子から立ち上がると、私の傍らに来て、そっと頭を撫でてくれた。

 秀ちゃんの手が触れたところからふわっと暖かさが広がる。

「……なんで……すぐ、知らせなかった?」

「ごめん……私も、びっくりだったし、少し調べてるだけかと思って……、事故だったら、秀ちゃんに余計な心配かけたくなかった……」

「……金井さんと美月は仲が良かったの?」

「……ううん。つい最近まで、名前も知らなかったくらい」

 気がつけば秀ちゃんは隣に座っていて、私は抱き寄せられていた。もたれかかる秀ちゃんの胸や腕が温かくて心地良い……。いつも怖いことがあると、こうやって頭を撫でて暖めてくれた気がする。震える手も、秀ちゃんの左手に力強く握られて、徐々に体温と落ち着きを取り戻していく。

 『大丈夫だよ』声なき声・・・・に包まれているように感じた。

 手の震えが止まり指先に温かさが戻ったのを感じると、私は秀ちゃんの手をぎゅっと握り返し、言葉を続けた。

「金井さんと知り合ったのはハロウィンの日なの。だから、話をしたことも全然なくて。その後メッセージを何回か貰って……それが、亡くなる少し前だったから、警察が調べに来たんだと思う。水曜日に学校にも来てたの。先生とかのところで、生徒のところには来て話したりはしてないと思うけど」

「美月……」

「私も、……何かおかしいと思うの」

 言葉の勢いのまま、秀ちゃんの顔を見上げると、琥珀色の瞳が私を見つめていた。

 私もじっと見つめ返す。何か暖かい形のないものが、私の中に流れ込んでくるような不思議な感覚がする。

 力を、勇気を貸して、私の守護宝石ガーディアン

「金井さん……誰かに殺されたのかもしれない……」

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