最強魔女が寂しそうなので魔女狩りやめて居候してみた。

坂ノ清

第1話


「...。」


彼女は紫紺の綺麗な瞳を丸くしながら小さくかわいらしい口をぽかんと開けて唖然としている。


「...。」


俺は地面に横たわりながら額から血を流している。


「よいしょっと。」


俺はふらふらと起き上がると彼女の顔を見て微笑んだ。


「久しぶり。」


「ひ、久し、ぶり?大丈夫ですか??」


彼女はただ首をかしげるしかなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「高度下げますか?」


「いえ、このままで結構です。ありがとうございます。」


巨大な木々が生い茂る大森林、そのはるか上空を飛ぶ乗り物の中に黒毛の青年、ルーはいた。


振動で揺れる漆黒の髪は青い空を覆いつくす夜の闇を彷彿とさせるほどに深い黒色をしている。


ルーは操縦士に丁寧に答えると、黒ずんだ赤色の瞳である一つの場所を捉えた。


ルーの住む世界では現在ルーの真下にそびえる大森林を隔てて、魔女狩りと魔女という二つの勢力が存在し、互いに敵対しあっている。


ルーの見据える場所には魔女狩りの敵、魔女の最大戦力である最強の魔女の拠点があり、彼は魔女狩りとして最強の魔女討伐の任を受けていた。


「それではルー様、ご武運を。」


「はい、行ってきます!」


操縦士に見送られながらルーは乗物から飛び降りるとそのまま空を切りながらとてつもない速度で落下を続ける。


あと数十メートルで森林に到達するというところでルーは腰にかけてある剣の柄に手を添えた。


「切り伏せろ。」


そして、突然それだけの言葉を口にすると腰に掛けていた黒い剣をぬきそのまま何もないところを切りつけた。


剣を振りぬくと同時に鏡が割れたような音が響き渡る。


「固くなれ。」


ルーはそんな音には興味も示さずそのまま地面に着地した。


はるか上空から落下したルーの体には傷一つすらついていない。


「ふう。」


ルーは砂埃を払うとあたりをきょろきょろ見渡し始めた。


「あなたは、誰ですか?」


そんな彼の耳に透き通った綺麗な声が聞こえてきた。


ルーは声のする方へと体を向ける。


「っ、」


ルーは声の主のとてつもない美貌に思わず息をのんだ。


声の主はルーの胸あたりまでの背丈の少々小柄な女性だった。


深くかぶったとんがり帽子からはみ出て腰まである銀色の髪の毛は日光に照らされ神秘的なオーラを纏っており、


帽子のつばからこちらをうかがうようにして覗かれた彼女の紫紺の瞳は息も忘れて見とれてしまうほど綺麗だった。


「あなたが、最強の魔女?」


ルーは彼女の浮世絵離れした外見に気おされ唾をのむ。


「え、あ、あの。はいそうだと思いますけど。」


「え??」


彼女の拍子抜けな態度ルーは思わず肩をがくっと下ろしてしまった。


「あ、いや!はい!そうです!僕がその最強の魔女のメリアです!あ、あなたのお名前は!?」


ルーの態度に焦ったメリアは急いで自己紹介をする。


「そ、そうですよね。俺はルーって言います。」


メリアの純粋無垢な性格を目の当たりにしたルーは自分の行動に隠すことができないくらいの罪悪感を感じた。


「そ、それで僕の結界を破ってまでこんなところに何の用ですか??というか、僕の結界を壊すなんていったいどんな魔法を使ったんですか!?是非教えてください!」


「あ、ああ。それはー、そのぉ。」


耐えられない!こんなきらきらと目をかがやせている子に俺の任務の内容を聞かせるなんて!!


ルーの心は良心の呵責に耐えきれなくなっていた。


「そのぉ??」


メリアが首をかしげる。


「ちょっと雲から落ちてしまって...。」


「く、雲から...?」


ルーのあまりにも突拍子のない発言にメリアはかわいらしく目を丸くする。その反応にもルーは罪悪感を感じずにはいられなかった。


「ご、ごめんなさい。嘘をつきました。本当は魔女狩りとしてあなたを討伐しに来ました...。」


「...そう、ですか。そうですよね、すみません、本当に久しぶりの来客だったのでつい舞い上がってしまいました。」


メリアは思わせぶりだと思われるぐらいわかりやすくがっかりしている。


こんな優しい人が本当に俺たちの倒すべき敵なのだろうか。


ルーは魔女への偏見と実際目の当たりにした彼女の印象とのギャップに葛藤していた。


「嘘ついて本当にすみません。俺があなたを倒しに来たのは紛れもなく事実です。」


「はい、その、もう大丈夫です、理解しています。」


「ですけど、俺はあくまでも個人的に、魔女狩りとかそういうの抜きであなたを倒したくはないと思っています。」


気づけば、ルーは任務も忘れ魔女狩りとしてあり得ない言葉を口に出していた。

何故そんなことを言ってしまったのか、当の本人にもその理由は分からなかった。

ただ彼女の寂しげな顔をもう見たくないと感じてしまったのだ。


「え...?」


メリアはただ困惑している。


「あなたからは俺への嫌悪感とか敵対心とか、そういったものを感じない。むしろ優しさを感じるんです。俺はそんな優しい人とは戦えません。だからここは逃げてください。後のことは俺に任せて。」


メリアはルーの言葉に口をぽかんとしてからぶんぶんと頭を振ると、急いで体を後ろに向けて顔を隠した。


「すみません、あなたみたいな人は初めてで...僕の目を見て話してくれて、僕のことを優しいとまで言ってくれて...でも。」


メリアは服の袖で顔をごしごしと拭くと勢いよく振り返りルーの顔を見る。


彼女の眼にはたしかな覚悟があった。


「僕は最強でなくてはならないんです。誰にも負けない、誰からも逃げないそんな魔女でなければ。だから、ごめんなさい。その提案にはのれません。」


「っ...どうして!俺はあなたと戦いたくない!ここは逃げてください!」


「これ以上の綺麗な言葉も優しさもいりません。これからは敵同士、力で語るのみです。」


メリアはルーの言葉を遮るようにそれだけを言うとずっと背中に担いでいた大きな杖を手に取った。


「分かった。メリアが最強でいることにこだわるのなら、俺はそれを否定しない。上には俺が負けたと報告する。」


敵であるなら綺麗な言葉はもう使わない。敵であるならもう何も遠慮しない。


「そ、それではあなたの身が危なくなってしまうじゃないですか!」


「俺たちは敵同士なんでしょ?優しさもいらないんじゃなかったっけ?」


俺のしたいようにしてやる。


「そ、それは...」


口ではああいってもやっぱり彼女はとても優しい人なんだ。


俺はそんな彼女を守りたい。


そしてルーは微笑んだ。


「大丈夫、きっとうまくいく。それじゃ。」


ルーはそれだけ言うと踵を返し大森林へと姿を消した。


メリアはルーの姿が見えなくなるまで彼の背中をただ見つめていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「こんな感じの別れ方でしたよね?」


メリアは長い回想を終えて再び額から血を流したルーの姿を見る。


「うん、そうだね。」


「それで今度はなんの用なんですか?一応僕とルーは敵同士なんですけど。」


すこし冷たいメリアの態度から彼女の覚悟がルーには見て取れた。


「えっと...俺もここに住んでいい?」


「へ?」


メリアの頬を暖かい風が吹き抜ける。


これは1人の魔女と魔女狩りの物語。


その序章の1ページ目がめくられた。

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