第17話 三年ぶりの逢瀬

「……三年ぶりだったけど、最高に気持ち良かった。

 昔は当たり前だったのに、この感じ、すっかり忘れてたよ。

 もう嬉しかったり、幸せだったりで涙がボロボロだよ。

 嫌だね。年を取ると涙腺が緩くなってさぁ」


 果てた後、良枝さんは、こんな独白をしながら、もう少し、このままでいさせて欲しいと私を抱き締めて、まだ息が荒いのに耳たぶと首筋を甘噛みしてきました。


 普段なら、私の首の付け根の辺りを強めに噛むのですが、このときは二人とも上は着衣だったので、それは無理でした。


「瑛斗はキスが上手だから大好きだよ。私が舌と口唇で無理を仕掛けても

 ちゃんと付いてこれる優秀なチェイサーだから、いつも興奮しちゃう」


 そう言うと良枝さんは、いきなり口唇を重ね、躊躇なく舌を入れてきます。私は左腕を彼女の背中に回し、右手で頭と背中を撫でながら、彼女に応えて舌を絡ませたり、探ったりします。私が舌を引っ込めて、良枝さんの舌を口腔に誘うと、あたかも意思をもった生物のように口の中で動き回ります。


「良枝さん、キスもいいけど、そろそろシャワー浴びませんか?

 このスタイルで続けていたら、鮎香瀬さんと会う前に

 二人ともスーツがシワだらけになっちゃいますよ。

 減量した私の身体も確認して欲しいし、

 頑張った良枝さんの身体も見せてくださいよ」


 良枝さんの両頬に手を当て、彼女の顔を離して告げます。



「そうだね。……じゃあ、そうしようか」


 良枝さんは立ち上がってスーツの上着を脱ぎましたが、心なしか乗り気でなさそうです。もっとキスを続けたかったのかな? とか思っていたら、実は全然違うことで悩んでいました。

 ブラウスの下は、お気に入りの黒いレースのスリーイン・ワンではなく、アゲハ蝶の刺繍が施された黒い脇高のブラでした。さっき床に脱ぎ捨てていたショーツを見ると、やはりお揃いの刺繍入りです。


「今日のブラとショーツは、新しいアゲハ蝶の刺繡入りですか?」


「うん。そうだよ。瑛斗、悪いけどブラのホック、外してくれない?

 これ脇高だからホックが4個もあって、脱ぐのが大変なんだよ。

 ……正直言うと私ね、自分のおっぱいに自信があったの。

 80のDだけど胸郭が厚くて、前に突き出るロケットおっぱいだったから、

 EとかFに見えるんだよ。それが太ったら重力に負けちゃってね。

 減量しても戻らなくて例のレースのブラだと垂れるの。

 この脇高のワイヤー入りで、なんとか以前の形を維持しているから、

 本当は外したとこ、瑛斗に見られたくないんだよね」


 今回のいきなり着衣で座位は、衝動が抑えられなかったんじゃなくて、そっちの理由なの? 背を向けて立っている良枝さんのブラのホックを外してあげると、10代の少女のように両腕を組むようにして胸を隠しながら振り返り、不安そうな目をしています。

 私の表情を伺いながら、ゆっくりと両腕を下げますが、ぴったりと身体に密着させて両脇から乳房を押して、少しでも大きく見せようとし、「瑛斗、今ね、夜寝るときもブラをつけているから、これ以上は崩れないよ」「マッサージだってしているし」などの健気な言い訳が次々と。どうやら彼女自身は胸の形が崩れたと信じており、それが原因で私の態度が変わることを心配しているようです。


 確かに乳首の位置は以前より下がっていますが、乳房全体は、本人が言うほど垂れているようには見えません。さらに減量はしたものの、以前のように腹は割れておらず、筋肉図を現物で見せられてるようだった手足も薄っすらと皮下脂肪が付いたので、三年前よりずっと女性らしく艶っぽい身体になっています。


 彼女から不安を取り除いてあげるべく、キスしながら彼女の気にしている乳房を優しく愛撫し、口唇と舌を口から顎、首、鎖骨と滑らせます。乳首を含んで舌先でゆっくり転がして、彼女の吐息が荒くなるのを待って、思いを伝えます。


「乳が垂れたくらいで、その女性を嫌いになる奴はいないし、

 いるとしたら、そいつはクズのろくでなしか、

 彼女のことを、もともと好きじゃないのどっちかでしょう。

 そもそも良枝さんのおっぱい、本人が気にするほど垂れてませんよ。

 充分にきれいで、巨乳系のAV女優さんにも

 同じような形の人は沢山いますよ。

 あと、二週間前の電話で減量の達成度を95%位と言ってたけど、

 100%まで追求しなかった御陰で

 柔らかな女性らしい身体になったから、

 そのおっぱいとのバランスが、すごく良いですよ。

 以前のアメコミのヒロインみたいな全身の筋肉バキバキより

 今の身体の方が、私はず~っと好きですよ」



 広いバスルームで一緒にシャワーを浴びる頃には「わ~い!瑛斗に今の身体の方が好きって褒められた!」と、さっきまでの不安な目が嘘のように、いつもの良枝さんに戻っていました。


「瑛斗も痩せて、背中からのシルエットが性別不明になっているよ。

 もともと首は長いし、お尻が大きくて太腿も太いからね。

 脇の下、ちゃんと剃毛してきたんだね。偉い、偉い。

 足も完全に剃ってほうがいいから、後でやってあげるよ。

 瑛斗の背中、きれいだな。食べたくなるよ」


 油断していたら、いきなり背後から左の首の付け根を、いつもより強く噛まれ、思わず「痛い!」と声が出ました。


「ごめんね。さっき、噛めなかったから。

 鮎香瀬さんに私のものアピールしたくて歯形を付けちゃった」


 そんな理由で噛むなよと思いましたが、鏡で位置を確認すると湿布を貼れば誤魔化せる場所だったので許すことにしました。



 シャワーを浴びた後、二人でベッドルームに向かいます。ファミリー用スイートなのでベッドルームが二つあり、一方はダブルベッド、もう一方はツインベッドだったので、ダブルの部屋を使うことにしました。


 良枝さんは、さっきのアゲハ蝶の刺繡入りのコンビではなく、御馴染みの黒いレースのスリーイン・ワンを身に付けると、幅広のレースチョーカーを取り出し「瑛斗、首に巻いてくれない?」とお願いしてきます。彼女がチョーカーを付けるのは今回が初めてです。キャミソールやスリー・イン・ワンなどコスチュームは私とお揃いを用意しますが、チョーカーは別のデザインでした。


 今の身体が好きと褒めた上にベッドインするのが三年ぶりだから、彼女の甘えかたが半端なかったのですが、これは仕方ないでしょう。


 気付けば窓の外は完全に日が暮れて夜景がきれいな時間になってました。しばらくベッドの上から二人で眺めていたら、良枝さんが急に尋ねてきます。


「ねぇ、前から聞きたかったんだけど、

 怖くて聞けなかったことを、今聞いてもいい?」


 普通に「ちょっと聞きづらいんだけど」でよくないかな?相変わらず変な言い回しをする人です。聞きたかったけど、怖くて聞けなかったことってなんだろう? やっぱり名古屋時代の彼女のこと? あんまり滝谷さんの話はしたくありません。でも、ここは「どうぞ。何でも聞いてください」と言うしかありません。


「瑛斗は、私との年齢差とか気にならないの?

 付き合い始めの頃、容姿も気持ちも若いって褒めてくれたけど、

 当時、私は34歳で20代の娘に負けない自信はあったの。

 でも今はもう違うでしょう?いやいや、お世辞はいいから。

 それは私自身が一番よくわかっているから。

 今、改めて聞くけど、瑛斗は13歳年上とか平気なの?」


「年齢差については、過去に付き合った女性が関係するんで、

 後から嫉妬したり、蒸し返さないなら話しますけど」


「大丈夫。私は今現在、瑛斗の周囲にいる女性には嫉妬を感じるけど、

 過去の女性に対しては何も感じないよ。だって、もう終わったことだもん」


 なるほど。そういう理屈なのか。今日の良枝さんは随分と機嫌も良いので、いつか聞いてもらおうと思っていた長谷部先生の話をすることにしました。


「…実は高校時代、良枝さんと同じ13歳年上の女性と付き合っていたんです」


 その人は中学時代の美術教師で、油絵のモデルを依頼されたこと。でもモデルをさせるためだけに私を選んだのではなかったことや初体験と、その後にやらされた数々の恥事。関谷社長に頼まれて、先生が描いた貞操具を付けた少年画。大学生になっても続いた先生との関係etc… 良枝さんは黙って話を聞いていましたが、相当、衝撃を受けた様子でした。


「関谷も長谷部も高校生に貞操具って頭おかしいだろう?

 しかも長谷部は自分の教え子だぞ。本当に胸糞悪いな。

 瑛斗は大丈夫なの? 心の傷やトラウマになってないの?

 話してて辛くならない?」


「大丈夫です。割とゲーム感覚だったし、貞操具が届いたとき、

 3個あった予備鍵の1個を拝借したんで、長谷部先生に装着されても、

 今日は体育の授業があるから、外して登校しようとかやってたんで。

 むしろ、長谷部先生が器具の魔力に魅せられて、完全にぶっ壊れてましたね。

 こんな過去があるから、かなり性癖が歪んでて、

 年上の女性じゃないと、お付き合いできないんです。

 良枝さんと付き合い始めた頃も合コンで知り合った、

 短大生の彼女がいましたが、結局、続かなくて別れてます。

 だから、13歳年上だから無理とかは絶対にないので安心してください」


 良枝さんは「ありがとう」と言って強く抱き締めます。


「瑛斗が一層、愛しくなった。

 これから安心して、ずっと付いていく。

 あと心が辛いときは、いつでも頼ってね」


「初めて会ったときから瑛斗は、なんか影があったし、

 ベッドでの舌づかいが、やたらに上手だから、

 どこで覚えたのか不思議だったけど、

 そういう過去があったんだね」


 丁度、そのとき良枝さんの携帯電話にメールの着信がありました。

 

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