第7話 熊本旅行

 大学を卒業してから、私は全国各地に支店と営業所がある総合機械商社に就職しました。会社の方針で東日本出身の新卒社員は西日本、西日本出身者は東日本に配属されるので、最初の勤務地は九州の鹿児島市でした。


 都内で三ヶ月の新人研修を終えて、鹿児島市のアパートに引っ越しましたが、転勤して最初の数か月は取引先や製品の情報、鹿児島独自の業界慣習など覚えることだらけでした。

 上司や先輩からは、鹿児島支店は九州の中では沖縄の那覇営業所に次いで緩いんだから、ここで音を上げてたら、福岡支店は勿論、東京本社や大阪支社じゃ、絶対に通用せんぞと怒られていました。


 大学卒業と同時に良枝さんとは連絡を断ったので、新しい彼女を作るつもりでしたが、飲みの席で上司から鹿児島の女性は情が深くて、転勤や退社で逃げたつもりでも追ってくる娘が多いから、素人相手に遊ぶつもりなら、相応の覚悟をしておけと忠告されます。

 実際、私と入れ替わりで鹿児島から茨城県の水戸支店に移動した先輩が、二人の「薩摩おごじょ(鹿児島の女性)」に職場まで押しかけられて修羅場となり、「言わんこっちゃなか」「しかも二股すっなんて」「自業自得やっど」と、しばらく支店内で恰好の飲みネタになっていました。


 私は組んだ先輩が離島の営業担当だったので、しょっちゅう小型機やフェリーで種子島や奄美大島、徳之島、与論島、沖永良部島などに行っていました。奄美大島の名瀬出身だった先輩も面倒見のいい人で、それぞれの島の面白さを教えてくれたし、仕事としては、すごく楽しかったのですが、月の半分くらいしか鹿児島市内のアパートにいないため、せっかく可愛い薩摩おごじょと知り合っても、情が深まる前に終わってばかりでした。


 鹿児島に来て半年を過ぎた頃、ふと思い出して、良枝さんに様子伺いの電話をしてみました。最初は「こんなオバさんの心配なんかしなくていいから」「もう、そっちで可愛い彼女とかいるんでしょう?」と言うので、彼女はおらず、女の子と知り合う機会は、そこそこあるけど進展しないし、続かないと伝えたら「へぇー、それなら私が電話しても迷惑じゃないの?」と急に機嫌が良くなります。

 「私ね、島崎くんの鹿児島の連絡先、知らないんだよ。教えてよ」「本当は、どうしてるかなって思ってた」「電話くれて嬉しい」「これからは、ちょくちょく電話するね」となって、それから、お互いに連絡し合うようになりました。


 なんだかんだ言っても良枝さんとの電話は私にとって癒しで、島から島へと移動する出張から帰って、良枝さんの声を聞くと疲れが一気に吹き飛びました。かくして、お盆と年末年始の休暇で東京へ戻ったときには、学生時代以上にお互いを求め合うようになります。



 翌年の初秋には、良枝さんが九州に来てくれました。そのときは会社に「千葉から母親が来る」と嘘をついて、二泊三日の有給休暇をもらい、熊本に行きました。


 当日は熊本空港で待ち合わせました。良枝さんの搭乗便はツアーの団体客と一緒だったようで、到着口からぞろぞろと人が出てきましたが、彼女は背が高いので、すぐにわかりました。 


 手を振ると駆け寄ってきて抱きつかれ、人前なのに平気でキスしようとするので、上体を後ろに反らして回避しました。

 良枝さんは不満そうでしたが、敢えて無視して普通に挨拶をし、今日はこれからレンタカーで観光地巡りをして、夜は熊本市内のレストランで肥後牛のコースですと予定を説明しました。


「別に大観峰には行きたくないし、肥後牛ステーキも食べたくない。

 私は島崎くんが欲しいの。ずっとホテルで一緒にいたい」


 こんな不平を言った後に私の耳元に口唇を近づけて、小声で変な鼻歌を歌い始めます。

 

「オバさんは~♪ 誰かさんのチ●コが欲しくて、欲しくて、たまらない~♪

 くわえたい~♪ 入れたい~♪」


 上品そうな顔して、よくもまぁ、こんな恥ずかしい歌詞を口にできるなと感心したので、観光地巡りもディナーのコース料理もなしにして、ちょっと良さげな昼御飯だけ食べて、早めにホテルにチェックインしました。


 あとはドアノブに「起こさないでください」の札を掛けて、彼女の望みどおりに二泊三日中やりまくることに。本当にしょうもないカップルですが、このデート内容だったら、熊本で会う必要性は全くなかったです。


 久々に全身をきれいに剃毛してもらった後で、良枝さんは私にフルメイクをし、持参したショートボブのウィッグ、黒いオーバーニーストッキングとレースキャミソールを渡します。全てを身に付けると、最後に首に黒いレースチョーカーを巻いてくれました。

 もうこの頃には、そんな格好をさせられても、恥ずかしさも抵抗感もなくっており、自分から良枝さんの首に手を回してキスして誘うポーズをするくらいの余裕がありました。


「島崎くんは男なのに首が長いから、絶対、チョーカーが似合うと思っていた」


「チョーカーをつけさせるって、心理学的には

 その相手を拘束したいっていう願望があるんだって。

 今の私そのまんまだね」


「ずっと前からこの姿が見たかったの。

 とっても似合う。やっぱり私は島崎くんじゃなきゃだめ」


「前みたいに傍にいてくれないのが本当に寂しい」


 良枝さんの褒め言葉が嬉しくも恥ずかしかったです。あとは二人で時間を忘れて、ひたすら溺れました。メイクが崩れるとやり直してくれ、途中からレースキャミがスリーインワンに変わりました。


 お腹が空いたら、良枝さんが服を着てホテル周辺のコンビニやファストフード店に行って、食べ物を買ってきてくれました。そのときだけはシャワーを浴びて、気持ちをリセットします。いつもに増して良枝さんは激しかったです。興奮のあまり、首元に歯形の跡がクッキリと残るくらい、激しく嚙まれたので、鹿児島に戻ってからも湿布薬を貼って誤魔化す羽目になりました。


 旅行の最終日は、ホテルをチェックアウトしてから朝食と昼食を兼ねて馬肉料理を食べて、彼女を熊本空港まで送るつもりでした。しかし良枝さんから「年末まで会えないから、出発直前まで島崎くんに抱き付いていたい」とお願いされたので、市内で熊本ラーメンを食べて、出発時間の90分前まで空港近所のラブホテルで過ごしました。


 空港に到着してからも出発口の保安検査場に入る直前、かなり強くハグされました。


「最後のキスしていい?」


「それはさっきラブホテルを出るとき済ませたからダメですよ」


 断ったのに彼女は、私の頭を後ろから両手で強引に押さえつけて逃げられなくしてから、口唇を合わせてきました。到着のときにキスを回避されたので学習したみたいです。地方空港の出発口正面で、背が高くてスタイルの良い女性が細い男に抱き付いて濃厚なキスしているので、立ち止まって見る人がいるくらい、大注目されました。


「出張とかで東京に来る機会があれば、絶対に電話してね」


「千葉とか群馬とか関東方面に仕事で来るときも連絡してね。

 私がそこに行くからね」


 周囲の視線など全く気にする様子もなく、そう言い残して良枝さんは保安検査場に向かいました。


 彼女の背中が見えなくなったので私も帰ろうとしたら、もう少し頑張れば吉田鋼太郎という感じの50代くらいのイケオジが笑いながら話し掛けてきます。


「なぁ、お兄さんは、ひょっとして、お水関係の人かい?」


「いや、普通のサラリーマンですよ」


「そうだよな。どう見てもホストじゃないもんな。ってことは今のデカ女は、

 お客さんじゃなくて年上の彼女か。お兄さんは幾つよ? 20歳くらい?」


「私は24歳で、彼女が37歳です」


「37歳!? 13歳も年上か。お兄さんもデカ彼女も実年齢より若く見えるな。

 37歳というと、そろそろ発酵が始まって、これから美味しくなる年齢だよ。

 デカいオッパイに長い脚の抜群のプロポーションのイイ女なのに

 人前で平気でディープキスしちゃう、お頭おつむのネジの緩みっぷり。

 ありゃ、ベッドでも寝かしてくれないんだろう? 最高だね。

 お兄さんも、なかなか激しいのに捕まったなぁ」


「ですかね。でも、そこがいいんですよ」


「はははは、若いって羨ましいよ。どうだい、お兄さん、一杯奢るから、

 彼女との出会いを俺に聞かせちゃくれないか?」


「これからレンタカー返して鹿児島に帰らないといけないんで、

 お気持ちだけいただいておきます」


「そうか。それは残念。まあ、頑張って! お幸せに!

 おう、そうそう、名刺だけ渡しておくわ。

 次回、熊本に来たら『空港でデカ女にキスされた男です』って電話くれよな」


 イケオジと別れた後、すぐ見知らぬおっさんが寄ってきて、今の惜しい吉田鋼太郎は、この辺の名士で、気になった人を飲みに誘い、話が面白いと気前良く小遣いをくれるから、次は絶対に、その名刺の番号に電話しろと教えてくれました。世の中には、いろんな変人がいるもんです。


 どこの観光地にも行かず、熊本ラーメン以外、何の名物料理も食べてない熊本旅行は、こうして終わりました。


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