第24話 狙う魔人

「おあつらえ向きに出てきやがったか――」


 ロイズの町を一望できる山の上。そこに一人の魔人が立っていた。夜の帳が下り、あたりは真っ暗である。だが魔人は夜目が効く種族だ。


 故に夜戦は魔人の得意とするところでもある。そのため暗殺においても真価を発揮する。魔人にとっては重要な任務の一つだ。


「この俺、ガンガダルに狙われるとは運が悪かったな」

 

 そう呟き、男は銃を構えた。魔導銃――ここ最近になり人間社会でも使われ始めた魔導兵器の一つ。

 

 しかし人が使う物はまだまだ粗が多い。故障もしやすく何より高価だ。そしてこの分野に関して魔人は頭一つ抜きん出ている。


 人間は魔法を使うが魔人が扱うのは魔術だという違いも大きい。魔法というのは人間の体内に蓄積されている魔力を用いて現象を引き起こす力だ。そして魔力は世界に存在する魔素を利用して作られる。


 一方で魔術は魔素に直接干渉することで発動する力だ。故にその威力や規模は人の扱う魔法よりも大きくなる傾向にある。


 更に魔術は魔導具の作成においても魔法より優れた効果が期待できる。人間の生み出す道具よりも強力だ。


 ガンガダルが今構えている魔導銃も魔人製である。術式の刻まれたスコープ付きでありこれにより目標物もしっかり捉える事ができる。


 ガンガダルが陣取った山からロイズの屋敷までは短く見積もっても五キロメートルは離れている。普通ならば絶対に攻撃が届かない距離だ。


 しかし、魔人の作成した魔導銃がそれを可能にさせる。特にガンガダルは魔人の中でもかなりの腕を誇る狙撃手だ。


 しかも獲物ターゲットはバルコニーに出ている。ガンガダルからすれば狙ってくれと言われているような物である。


「どうやら楽な仕事で終わりそうだな」


 一人つぶやき、スコープ越しにフランの姿を捉えた。


「人間にしては美しい嬢ちゃんだな。だがその顔もこの一発で苦痛に歪むことになる。そして死んでいくのだ――」


 語りかけるような喋りを見せ、ガンガダルの指が引き金に乗った。ぐっと力を込めると、銃身に術式が浮かび上がり一発の弾丸が発射された。


 人の扱う魔導銃は専用の弾丸を込めるが魔人の扱う魔導銃は圧縮した魔素を利用して発射する。そのため現場に証拠は残らず魔人の技術が露呈することもない。


 引き金を引き、これで終わり、とガンガダルが考えたその瞬間だった。背後から貫くような音が響きわたる。


 何事かとガンガダルが振り返ると樹木の幹に弾痕が一つ残っていた。


「――は?」


 ガンガダルが怪訝そうに眉を顰める。圧縮した魔素を利用した魔弾の為、弾丸が残ることはない。だが撃たれれば痕はしっかり残る。


 樹木を穿った痕は、確かにガンガダルが撃った魔導銃によるものだった。


 馬鹿な、と呻くようにガンガダルが呟く。銃の暴発という考えも頭を過ぎった。古代においては火薬を利用した銃が発明されたこともあり、それであれば暴発もあり得る。


 だがこれは魔術を利用した魔導銃だ。勿論誤った術式によって本来の効果と異なったりすることもあるが、この魔導銃はガンガダルが長年愛用してきたものだ。メンテナンスだって欠かせていない。


 故に暴発などありえないことだ。しかし確かに痕は後ろの樹木に残っていた。


「こうなったらもう一度――」


 ガンガダルが再び銃を構えスコープ越しにターゲットを確認しようとしたが――そこにはターゲットと異なる男が立っていた。


「何だこいつは?」


 目を眇めガンガダルが言った。不機嫌そうな顔を見せている。


 魔人の脳裏に、まさかこいつが? という考えが浮かび上がった。


 だがすぐ首を振る。ありえない。そうありえない。ここからターゲットのいる屋敷まで五km以上は離れている。


 それだけの距離を狙撃し返すなど人間の扱う低レベルな魔法では無理だ。勿論人間側の扱う魔導銃でもだ。魔人より人間の技術は遙かに劣る。


 魔人でさえこれだけの精度の銃を作成できる者は限られる。人間ごときにこの魔導銃を上回る物など作れない。


「きっと何かの間違いだ――」

 

 そう独りごちガンガダルが引き金に力を込めた。再び魔弾が発射されそれは今度はガンガダルの頬を掠めた。


「なんだ、こ、れは?」


 ガンガダルの額から冷たい汗が滲み出る――

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