第20話 グラハムの推測

「まさか魔人に狙われるとはな――」


 フランの口から魔人の名が飛び出たことに、グラハムは随分と深刻な顔を見せた。


「しかし魔人に襲われて無事とは――上手く逃げられたのは幸いだった」

「いえお父様。逃げてはおりません。魔人はここにいるガレナが倒してくれたのです」


 フランが改めてガレナの功績をグラハムに伝えた。ガレナとしてはそこまでのことをしたと思ってないので戸惑いがある。


「魔人を、倒しただと? 真なのか!」

「――確かに結果的に倒せたが、あの魔人そのものは大した力がなかったのだ。何やら悪魔を呼ぶのが得意な相手で、強力な悪魔はスライとサニーが相手してくれていた。俺が魔人を倒せたのはたまたま弱い本体と出がらしのような悪魔が残っていたからに他ならない」

「そんなガレナが相手したのはグレーターデーモンですよ。そんなこと――」

「いや。本当に俺の力など。やはりこれだけの領地を守る騎士だけあって実力は確かだ」


 グラハムは二人のやり取りを真剣な目で見ていた。そしてガレナの話を聞き、フッと頬を緩める。


「フラン。少々喉が乾いてしまった。水を持ってきてもらえないか?」

「え? は、はいお父様」


 グラハムに言われフランが席を立つ。部屋を出る直前グラハムに訴えるような目を向けていた。ガレナにおかしな真似しないでねとそう伝えてるようであった。


「――よっぽどあの子も君を気に入ったようだな」

「え?」

「いや、こっちの話だ」


 ささやくような声で呟く。グラハムにガレナが反応するが答えは濁された。


 そして一瞬の沈黙――


「……その。俺はあまり礼儀などを知らなくて。失礼なことを言ってしまっていたら申し訳ない」

「ハハハッ。構わないさ。寧ろ下手におべっかを使ってきたりするよりは好感が持てる。君は素のままで構わないから気にするな」


 グラハムの鷹揚さに安堵するガレナでもある。同時に好感を持った。


「それに君は相手の気持ちになって考えることが出来る人間なのだろう。魔人についてもそうだ。とは言え気を使わせてばかりもいられない。ロイズ家の当主として改めてお礼を述べさせて欲しい。フランを守ってくれて本当にありがとう」

「いえ。自分で出来ることを精一杯やっただけです」


 そう答えつつも多少とはいえ認められたことは嬉しくも思うガレナである。一方でグラハムの中でのお礼はフランのことだけではなかった。


 グラハムはこう思っていた。きっとガレナが固くなに自分の功績を認めずスライとサニーの手柄のように伝えるのはこのロイズ領を思ってのことなのだろうと。


 魔人が現れたことも看過できないことだが、万が一魔人に対して騎士が全く太刀打ちできず騎士でもないガレナだけがまともに渡り合えたという話が領内に広がったらどうなるか。


 きっといたずらに領民たちの不安を煽ることとなるだろう。領地の人々にとって騎士はこのロイズ領を守るための象徴でもあるからだ。


 そう、だからこそガレナは敢えて自分の功績をひけらかせたりせず騎士の二人に花を持たせてくれたのだ、と。


 それがグラハムの導き出した結論であった。


「ガレナは気持ちのいい男だな。なるほど――フランが気にかけるのもわかる気がするな」


 一人納得したように語り、ガッハッハと笑いガレナの肩を叩く。ガレナとしては何のことかわかってない様子だが。


「お父様。水をお持ちしました」

「おお。済まないな」

「それとガレナ、ハリスが無事見つかりました! 予想されたように魔人はハリスを生け捕りにして地下に閉じ込めていたようです。衰弱はしてましたが意識もありましたし本当にありがとうございます!」

「あ、いや俺は別に――」


 ハリスが無事であった知らせを受け安心したガレナだったがフランにお礼を言われ戸惑ってしまう。


 ハリスの件に関しては完全にフランや騎士たちの思い込みであったからだ。もっとも無事であったなら結果オーライだが。


「何から何まで世話になったようだな」

「はいお父様。ガレナのおかげで私もお父様もこうして無事でいられるのです」

「それは本当に大げさで、しかし何事もなくてよかった。これで俺の仕事も終わったな」

「え?」


 ガレナがそう切り出すとフランの表情が暗くなった。


「うん? まさかこれで帰るとは言わないだろう? 妻も夕食の準備をしている。今夜は泊まっていきたまえ。世話になりっぱなしで帰らせるなど公爵家の名折れよ」

「そうですよガレナ! それに町を案内すると約束したではありませんか!」


 グラハムがガレナを引き止めるとフランも追随し残るよう訴えた。


「いや、気持ちはありがたいのだが、実は面倒を見てくれている叔母に黙って来てしまっていて――」


 弱ったなといった顔を見せつつガレナが答える。一応置き手紙を残しては来たが今後の仕事の事もありどうしても気になってしまう。それがガレナという男だった。


「ふむ。とは言えこれから戻れば途中で夜になることだろう。そうだ、こちらから魔報を打って君のことを叔母殿に伝えるとしよう。そうすれば向こうも安心するだろう」


 魔報――手紙の代わりに魔法を用いて遠く離れた町に文字を送る技術である。多くの町には魔報局というものが設置されておりそこで利用できるサービスだ。


 文字数は限定される上、それなりの値段は掛かるが急ぎの用件がある時には重宝される技術である。


「そうです! それがいいです。お父様勿論費用はうちでもちますよね?」

「それは当然だ。安心してくれ」

「そ、そこまでして頂けると悪い気が」

「そんなことはないぞ。ガレナ君は私達の命の恩人なのだ。もっとどっしりしていて構わない」

「そうですガレナ! 気にすることないのです!」

 

 グラハムとフランに詰め寄られガレナもたじたじである。


「そ、そこまで言って頂けるならお世話になろうと思う済まない」


 ガレナが頭を下げる。沈んでいたフランの表情は花が開いたかのような笑顔に変わった。


 グラハムもどことなく嬉しそうであり――


「はっはっは今日は楽しくなりそうだ。さて、ではガレナよ実は寝続けていたせいか私も体がなまってしまってな。一つ夕食前の軽い運動として手合わせといこうではないか?」

「え? 手合わせ――」

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