第12話 雨のち合気

「どうやら崩れてきたようです」

 

 明朝から馬車を出発させた一行だがそれから暫く進むとポツポツと雨が降り出した。それも徐々に勢いが増していく。


「うむ。本来ならここまで降られると進むのは厳しいのだが……」


 馬を駆りつつスライが呟く。天を見上げるが彼の体に雨が掛かる様子はなかった。それはサリーにしても馬車の手綱を握るハイルも同じだったわけだが――


「合気――合気――合気!」


 馬車より少し先では道先案内人のガレナが馬車を先導していた。ガレナは一生懸命合気を行使し続けている。


 彼らに雨が掛からないのはこの合気のおかげであった。降ってくる雨を受け流すことで雨が直接当たらないようにしているのである。


 更にぬかるんだ地面も合気に掛かればなんのその。水気も受け流されさらさらの地面に早変わりするのである。


 こうして走り続けるガレナ達だが、ある地点から段々と雨の勢いも落ちてきて青空が広がってきた。


「どうやら晴れたようですし一旦休憩されませんか?」


 ハイルから声が掛かりガレナが彼を振り向く。


「ならこの先に丁度良さそうな開いた場所がある。少し先に綺麗な川もあるから水も確保出来るだろう」


 ガレナが合気で察した事を伝えた。合気を上手く利用すれば周囲の状況を掴むことも出来る。


「おお、それは確かに丁度いいな」

「不思議なことに馬に全く疲れは見えないが、まぁ休めるときに休んでおいた方がいいだろうな」


 スライとサリーも休む事に異論はないようであり少し進んだ先で一行は休憩を取ることにした。


「では私はちょっと行って水を汲んできます」

「手伝おうか?」

「いやいやそれぐらいはさせてもらわないと立場がありませんからな」


 執事のハイルが笑って答える。持っていたのは水筒一つだがどうやら見た目以上に水が組める術式の施された水筒なようだ。


 ハイルが水を汲みに出た後ガレナは馬に近づいてみた。


「ヒヒ~ン」

 

 馬が鳴き声を上げガレナをペロペロとなめてきた。その光景にフランが微笑む。


「馬たちもガレナに感謝してるみたいです」

「感謝か、そこまでのことはしていないが……」

「ヒヒ~ン!」


 馬たちがガレナの近くに集まり体を擦り付けたりなめたりと盛大な歓迎を受けてしまう。


「しかし――緊張してたのか?」

「ヒヒィ~ン……」


 馬を撫でながらガレナが問う。そう思ったのも今ガレナに接する態度と先程までの様子に違いがあったからだ。勿論馬たちはガレナの合気によって快適に走ることが出来た。だが、それとは別に精神的な疲れが見て取れた。


 とは言えここは魔境と呼ばれる山脈だ。ガレナは安全なルートをたどってるつもりだが馬には不安もあるのだろう、と一旦はそう思うことにしたガレナである。


 休憩に入りスライは干し肉をサリーは乾パンをかじり始めた。二人共小腹が空いた程度なのでこれで十分とのことで狩りまでは必要ないとのことである。


「ガレナはお腹は空いてませんか?」

「いや、俺は」

「こんな時のために焼き菓子を作って持ち歩いてるんですよ。一緒にどうですか?」


 包んであった布を広げると仄かにシナモンの香りが漂う焼き菓子が姿を見せる。


「それともお菓子は嫌いでしたか?」

「いや……頂くよ」


 ガレナが焼き菓子を手に取り口に含んだ。


「……旨いなこれは」


 一言感想を述べ焼き菓子を頬張る姿を眺めながらフランがニコニコしている。


「お口にあってよかったです。よければお二人もどうぞ」

「頂きます」

「お嬢様の手作りとは贅沢であるな」


 フランの焼き菓子をサリーとスライも口にし、美味い美味いと絶賛していた。


「た、大変です!」


 フランの作った焼き菓子を楽しんでいると、執事のハイルが泡を食った様子で戻ってきた。ガレナや騎士たちが何事かと彼を見る。


「どうしたハイル?」

「そ、それが巨大な化物が!」


 ハイルが叫びながら一行の下へ近寄ってくるのとほぼ同時に地響きが発生しハイルの言う化物が姿を見せる。


 それは周囲の木々よりも遥かに高い胴体を有す多頭の蛇であった。


「こ、こいつはまさかヒュドラ!」

「ヒュドラだと!?」


 スライが立ち上がり叫ぶとサリーにも明らかな動揺が見て取れた。


「……そのヒュドラというのは危険な相手なのか?」


 一方でガレナがヒュドラから視線を逸らすこと無く疑問を呈した。


「私も詳しく知りませんがヒュドラが現れ壊滅した町もあると聞きます」


 フランが緊張感の籠もった声でガレナに伝えた。

突然の化物の来襲に不安を覚えているようだ。


「あれは冒険者ランクで言えば限りなくSに近い。Aランクだと少人数では話にならないだろう。騎士団で言えば大隊規模で数個は必要になる」


 スライが苦々しげに語る。ガレナは騎士団について詳しくないが冒険者のランクで言われてその脅威が伝わった。


 何せAランク以上だ。つまりガレナの中ではあのFランク冒険者よりも遥かに強いというイメージなのだ。


「しかし、その様子だとヒュドラは本来ここには?」


 サリーがガレナに問いかける。ヒュドラについて逆にガレナから質問が飛んだ為だろう。


「あぁ。少なくとも俺が山籠りしているときには見たことがない。しかしまさかそんな危険な奴が潜んでいたとは――フラン済まない。俺のミスだ」


 ガレナが謝罪する。道先案内人として責任を感じているのだろう。今進んでいるルートにはそこまで危険な相手がいないという認識をガレナが持っていたからだ。


「とにかくここは俺が引きつける」


 そしてヒュドラに向けてガレナが足を進めた。


「待てガレナ! 幾らお前でもそいつは無理だ!」

「そうだ自殺行為だ!」

「わかっている。お前たちがそこまで言うのであれば相手は相当な強さなのだろう。しかしそれでも合気で受け流せば時間ぐらい稼げるかも知れない」

「そ、そんなガレナまさか!」


 フランの表情が悲しみに染まる。ガレナの背中に覚悟を見たからだろう。ガレナは命をかけて立ち向かい全員を逃がそうとしているのだ。


『アljfァファljfァjlファジャ!』


 だがガレナのそんな考えをあざ笑うかのようにヒュドラの全ての口から毒液が放出された。


「不味いヒュドラの毒はほんの僅かでも竜すら殺すとされる! 地上では竜も勝てないとされる所以なのだ!」

「そ、そんなこんなものどう避ければ」

「ガレナ!」


 広範囲に放出されたソレはまるで毒の津波である。今から逃げたところで絶対に避けられない――


「合気!」


 だが、それは防がれた。ガレナが合気を叫ぶと放出された毒液が空中で停滞したのだ。この現象にスライ達も言葉を失う。


「合気!」


 更に合気一閃毒液が受け流され逆に吐き出したヒュドラに浴びせられた――


作者より

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