第2話 山ごもりで修行に励む

 さて、単純に修行と言ってもガレナは何をしていいのかはっきりしない。


 ただ、スキルは使えば使うほど熟練値が上がり強くなっていくのはわかっていた。本来はその過程で進化しより強いスキルが得られたり派生して別なスキルを得られたりする。


 だがガレナが得た合気は進化することも派生することもない。ならばやはりひたすら合気を使う他ないだろう。


 現状わかっているのは合気は受け流すスキルだということだ。それならばやはり庭でやったように練習するのみだろうが、せっかくの山ごもりだ。

 

 とにかくガレナは合気で何が出来るか探りつつ熟練度を上げる修行を行うことにした。


 ただがむしゃらに愚直に合気を鍛え続ける。合気合気合気合気合気合気合気合気合気合気合気合気――朝から晩までずっと合気。


「合気――」


 そして三日が過ぎた。ガレナは合気を上手く利用すれば受け流した上で反撃に転じられることを知った。


「合気――」

「ギャッ!」


 五日目――角の生えた巨大なサイの突進を受け流し地面に叩きつけて倒していた。


「合気――」

――ドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサッ!


 十日目――合気を上手く利用して木々を受け流し果実も地上にいながら採取できるようになっていた。


「合気――」


 三十日目――川の流れを受け流し水の上を歩けるようになっていた。


「合気――」


 崖に落ちながら合気をクッションに五百メートル以上下の谷底にもふんわりと着地できるようになっていた。


 こうしてただただ合気を繰り返していき――気づくとガレナの修行は十年目を迎えていた。


「いつの間にか随分と奥まで来てしまっていたな――」


 塔のような細長い岩山の頂上で指一本で倒立を決めながらガレナが独りごちる。勿論誰かが答えてくれるわけもない。


 眼下に広がるは山と森のみに支配された広大な景色。人の姿も全くなく民家の一つも見えない。


「グォオオォオォォォォオォォォオオオ!」

「また空飛ぶデカいトカゲか……」


 ガレナがやれやれといった表情を見せる。勿論それはただのデカイ蜥蜴ではなく凶悪な火竜なのだがまさか合気しか持っていない自分が竜種と戦えると思っておらず、ただの赤鱗の大きな蜥蜴と認識していたのである。


 すると火竜の巨大な口が開き地上のガレナに向けて高熱の炎を吐き出してきた。


「――合気」

 

 ガレナは合気で大気を受け流し大きく身を逸らす。炎が真横を掛け向けていった。


「蜥蜴ってのは火を吐くんだな。ここにきて初めて知った」


 この場に誰かがいたならすぐさまツッコミが入りそうなセリフだがガレナは大真面目だった。


「む?」


 ガレナが腕を確認すると、火傷の痕が見られた。


「――受け流しきれなかったか」

「グルルルウゥウ……」

 

 一唸りし、再び巨大な口を開く火竜だったが、ガレナは跳躍し瞬時に炎龍の背中に回り込みしがみつく。


「このまま落とさせて貰うぞ――合気! 合気! 合気! 合気!」

「グォ!?」


 火竜の鋭い目が僅かに揺れた。動揺しているのだろう。何せガレナの合気で翼が全くうごかなくなってしまった。


 当然そのまま自由落下を始める。竜は魔力も巧みに操りその巨体でも優雅に空を飛ぶがそれも翼に魔力を乗せているからだ。しかし翼の動きが止まると魔力の循環が上手くいかない。


 結局そのままガレナを背中に貼り付けたまま地上に墜落した。頭から落ちたため完全に気を失ってしまっている。


「悪いな。まぁ直に目をさますだろう」


 そういってガレナが踵を返す。殺してはいなかった。竜の肉は旨いが一人で喰える量ではない。ガレナは必要のない殺生は行わない。それは叔母の教えでもあった。


――パチパチパチパチパチ。


 その時だった。ガレナの耳に誰かの手を叩く、拍手する音が聞こえてきたのは。


 見るとすぐ正面に人が立っていてぎょっとした。山ごもりでガレナは周囲の気配には敏感になったつもりだった。だが彼はガレナに気づかれず目の前にいた。


「貴方は?」

「おっと失礼。貴方の戦い方が見事だったものでつい」


 そういって頭の被り物を右手で押し上げて一揖してきた。改めて見ると変わった格好の男だった。頭の帽子も妙に幅が広く傘の柄を無くして被ったようなものだった。それに来ている服も布と布を左右で合わせたような着こなしでズボンは裾が妙に広がっていて女性のスカートを思わせた。


 腰にはベルトが巻かれているが随分と柔らかそうな素材である。


「しかしこれだけの大物をたった一人で倒してしまうとは見事ですね。戦い方もかなり優雅でした」

「優雅……はは、そんなことを言われたのは初めてだ。だがただの大きな蜥蜴だしな」

「なるほど。ただの大きな蜥蜴ですか」


 彼の口元が僅かに緩んだ。ガレナは最初こそ何者かと思ったが話している内に自然と警戒心が抜けていった。変わった雰囲気の男だなと思ったが悪い人ではなさそうである。


「それにしてもここで人に会ったのは初めてだ。貴方はどうしてここに?」

「特に目的があったわけではありません。風の吹くまま気の向くまま流れ流れてこんなところにまで足を踏み入れてしまっただけの風来坊な冒険者ですよ」

「冒険者――」


 何とも捉えどこのない空気をにじませている彼だが、冒険者だという点にガレナが興味を持った。


 同時に何故冒険者が自分を褒めたのか気にもなった。


「ところで今のは?」

「あれは俺のスキル合気だ」

「ほう合気ですか。確かにあの動きを見れば納得です」

「納得? 合気について知っているのか」

「はい。私も似たような力を持ってますからね」

「ほ、本当か! 詳しい話を聞いても?」

「ふむ。そうですね。ただその前に――」


 そう言うが早いか突如山が大きく動いた。ガレナがギョッとする。


「今のは?」

「おっと失礼。少々山にずれを感じたので受け流して戻しておきました」

「や、山を――」


 ガレナが愕然となる。ガレナもここでの修行で少しは強くなったと思っていたが山をずらすなど思いもしなかった。


「さて、折角ですから今日はこの辺りで休ませて頂きますか――」


 こうしてガレナは彼の底知れない実力に興味を持ち旅の冒険者から話を聞くことになったのだった――

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