異世界冒険者のお買い物はワーク◯ンで!

 翌日、私たちは早々に宿を出発していた。イッシーは「二日酔いが……」とグダグダしてたので、ハタやんがおんぶしている。そしたら「モフモフで気持ちいい」なんて言ってて、ちょっとうらやましい。私も今度おんぶ……っていうか思う存分もふもふしてみたい。


 そして先程、アリスに指定された待ち合わせ場所へ到着したんだけど、店名をみて思わず笑ってしまった。


「ねえちょっと『やる気ワクワク ワークン』って……」


 ユッキーとハタやんも肩を震わせている。


「くくっ……いやー、いかにもが手に入りそうな店名だなぁ」

「っていうかさ、この世界って中途半端に現実あっちと被りすぎなんだよにゃぁ」


 するとハタやんの肩越しに、白い顔したイッシーが瀕死の声で呟く。


「俺氏は……『やる気』の概念ごと……無いでござる……おぇ」

「ねえイッシー、めんどくさいしハタやんの肩で吐かれても困るからちょっと黙ってて」


 完全に飲み過ぎだしなんなら飲ませたのは私たちだけど、根本的な原因はイッシーだから気にしないってハタヤンと決めたのよ。うん、知ーらないっと。


 そこへ突然、空から元気な声が降ってきた。


「あ、トモッチー! 早かったね!」


 「ね!」のタイミングと同時にアリスが降りてきて、そのまま腕に抱きついてくる。

 あらこの子、今日は私服? 赤髪ツインテはいつも通りだけど、今日はいつもの地味なツナギじゃない。シンプルなボーダー柄の長袖Tシャツを、ブラックレザー調のショートパンツにゆるくINしてて。ブラックで厚底のレースアップブーツは、小柄な彼女の背丈マシと脚長マシ効果に大成功してる。

 それに、太めのベルトが引き締まったウエストをきっちりマークしてて、スタイルの良さが際立って見えるね。腰から生えるコウモリ翼と黒い矢印しっぽにもよく似合ってるし、まさに『キュートな小悪魔』って感じ。


「今日のファッション可愛いね。とてもよく似合ってるよ」


 何気なく、でもあえて男子っぽく褒めてあげたら、アリスは碧色の目をちょっとだけ大きく見開いた。次の瞬間、ぽぽぽっと頬や耳が赤くなる。ちょっと下を向いて、赤髪ツインテの先っちょをくるくると指先でいじりながら、小さな声で呟いた。


「そ、そっかな。ありがと……」


 やだこの子、すっごい照れてる。押しが強いだけかと思ってたけど、可愛い所もあるじゃない。面白いからもうちょっと褒めちゃおうかしら。ちょっとからかいたい気分になってると、ぞろぞろと男衆が集まってくるのが見えた。


「おーっす」

「おはようっすー」

「おはようございます」


 チーム勇者の面々は、みな思い思いの私服姿。今までずっと作業着姿だったから、すっごい新鮮ね。

 全員集まったところでぞろぞろとワークメンに入ってみると、店内レイアウトといい並んでいる品物といい、想像通りだった。


「とりあえず武器防具は別の店に後で行くとして。基本的に、着る物はツナギとか作業着じゃないと、とにかくんすよ」

 ノエルの説明に頷きつつ店内を眺めていると、『翼人用』というPOPを見つけて思わず目を留めた。そこにはツナギがぶら下がってるんだけど、よく見ると背中の部分に翼を通す細工がされている。

 

「へえ、よくできてるのねー」


 私はたくさん並んでいるツナギの中から、綺麗な濃紺のものを手に取った。肩に合わせてみると、総丈袖丈ともにちょうど良さそう。ポケット周辺の縫製を確かめて、タグを手に取る。


「えーっと『強化綿』『魔羊毛』『風の里製大麻』……? なにこれ、全部聞いたことない素材ね」

「ここの服は全部冒険者用っすからねー。見た目と違って素材は普通じゃないっすよ」


 そう言いながら『エルフ用』の作業着を眺めてるノエルは、細身のブルーデニムに、ブラックのサイズアップTシャツを前だけIN。ローカットのブラックスニーカーに、腰にはシルバーのゴツいウォレットチェーンが揺れていて、耳には相変わらずたくさんのピアスがぶら下がってる。まあでもけっこう似合ってるわね。


「ねートモッチはこういうのがいいよぉー」


 アリスがベージュのツナギを持って、ノエルと私の間にぐいっと割り込んでくる。


「素材によって効果が色々違うんだけどねっ、『翼人用』なら防御力アップと飛行補助効果はまず間違いなく付いてるの。あと、トモッチのキレイな白い翼には、淡色が絶対似合うと思う!」


 あーはいはい、ありがとね。私はとりあえずアリスに微笑んで見せてから、並んでいるツナギのタグを見比べた。なるほど、たしかにどれも似たような素材で、その割合が違う程度だ。


アリスお嬢、淡色は絶対やめたほうがいいっすよ。汚れが――」

のっ!」


 なんで汚れが目立つ色を進めてくるのかわからないけど、あんまりうるさいから鏡の前に立ってみる。するとすかさずアリスが生成り色のツナギを私に当ててきた――あら、悪くないわね? さすが美少年イケメンは何着てもサマになるわ。


 私が満更でもない顔してるのに気づいたのか、アリスはすっごいドヤ顔してる。でも私、ちょっと気になることがあるのよね。


「ねえアリス。ギルドの任務って夜の活動もあったりするよね?」

「うん、夜行性の魔物を狩る依頼もあるよ?」

「ともっちさんの心配してること、わかりましたよ」


 さっきまでユッキーと話してたはずのトカゲ男ロイドが、こちらにやって来た。向こうではユッキーが綺麗なブルーのツナギを試着してる。なんだろ、露出度が極端に下がったおかげか、見てるこっちがちょっと安心するわね。見た目はメロンおっぱいねーちゃんだけど、中身は61歳のオジイだからなぁ。


「……ッチさん、聞いてます!?」

「あっはい?」


 いけない、ロイドをガン無視してたわ。で、なんの話?


「『夜間行動の際、淡色は目立つのでは?』ってことを気にしているんでしょう? とお聞きしたんです」

「そ、そうよそれ! 魔物に見つかりやすくなったりしないのかなって思って」

「その心配なら全く問題ないですよ。魔物は色の判断は出来ないようですから」


 ロイドは別にドヤる風でもなく、淡々と告げる。


「魔物は匂いや体温、気配や魔力を察知するので、服装の色はあまり関係ないです。強いていえば、我々がお互いを視認しづらくなりますが、お互いが見えなきゃ出来ないような作戦をしなきゃいいだけですし」

「なーるほどねー、ロイドさん、やっぱりあなたすっごいわー」

「いや、この程度は常識の範疇で……」


 あ、もしかしてロイドって褒められ慣れてないのかな。たぶん今ちょっと照れてるわ。ブルーの鱗に覆われてるせいで顔色わかんないけど、なんかちょっと伏せ目だし、尻尾が居心地悪そうにぺったんぺったん揺れてる。やだー、トカゲ可愛いよトカゲ。

 なんかアリスといいロイドといい、チーム勇者の子たちって意外と可愛いとこあるのよねー。


「ともっちー、俺氏これにするでござるよー……うぇっぷ」

「オイラはこれにするー」


 振り向けば瀕死のイッシーは綺麗なグリーン、ふさふさハタやんはブラックのツナギを着込んでいる。なんならもうタグも取れてるし、すでにお買い上げ済みらしい。そして向こうのレジでは、青いツナギを着たユッキーが清算途中だ。

 っていうかやだー! みんなもう決めちゃったの? やっぱり男子の買い物は手早いね!?


「わかった、ちょっと待っててすぐ決めちゃうから」


 私は翼人用のコーナーに戻り、迷わず真っ赤なツナギを手に取った。すると案の定、背後からアリスの頓狂な声が上がる。


「ヤダヤダねえともっち、なんでよー! 私の選んだベージュこれにしないのー!?」


 あーもう、アリスったら何もわかってないんだから。私はアリスの両方に手を置き、しっかりと目を見た。するとアリスは目を見開いて、ほっぺが真っ赤になっていく。うん、そういうところ可愛いけど、今はもっと大事なお話があるの!


「あのねえ。私は男の子で、しかもリーダーよ?」

「ん?……うん」

「そこで仲間らが『ブルー』『グリーン』『ブラック』と来たら、もう『レッド』一択じゃない」

「え?……ちょっと何言ってるかわかんないんだけど?」


 アリスが困惑した様子で私を見てるけど、一切キニシナイ! 私は真っ赤なツナギを持ったまま、レジに直行するのでした。

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