『チーム勇者』の財布番

 

 竜人ロイドわれわれ一行は、『どんぐり』という小さな町食堂の座敷にいた。


 近隣に大規模チェーン店がひしめく中、この家族経営の小さな店は頑張って生き残っている。マニュアルに頼らない心のこもったサービスが愛されていて、常連が長年大切にしている貴重な店だ。そして冒険者ギルドへ行く前の腹ごしらえをここで、と提案したのは、万年腹ぺこな白虎獣人、ナイジェルである。


 全員の前にはすでに料理が並べられている、このチームの財布番であるロイドの前にもだ。しかし他三名の食事風景を眺めていると、どうにもため息しか出てこない。


 サキュバスとヒト族のハーフであるアリスは、定食の焼肉を大盛りご飯に乗せてパクついている。彼女は体格だけは小柄だが、その食べっぷりはそこらの男連中と変わらない。黒い矢印形のしっぽ、その先端が細かくフルフルと揺れて……あれは大層ご機嫌な時の仕草だ。


 カレーライスに唐揚げトッピングを食べているのは、ダークエルフのノエル。額にうっすらと汗を浮かべながら、嬉しそうに頬張っている。おまけに別皿で揚げ鶏の卵ソース掛けまで追加されてて――ほんと、どんだけ鶏好きなんだよ。


 そして白虎獣人ナイジェルは、今まさに掻きこんでいる鶏ももの一枚揚げ定食の隣に、湯気の上がっているカツ丼大盛りが控えている。いつも通りなら、このあとでデザートも二つか三つは頼むつもりだろう。


(ほんとこいつら、よく食うんだよな……。そろそろ大きめの収入を確保しないと、今月も厳しいな……熱っハフッ)


 消化に悪そうな考えを巡らせながらも、ミックスフライ定食の魚フライにかぶり付く。――うん、安定の美味しさだ。さっくりした衣とジューシーな魚肉を堪能していると、隣に座るナイジェルが話しかけてきた。


「なあロイド。さっきのあいつら、んだろ? ――どうだった?」

「あー! それすっごい気になるー!」

「お嬢、箸を人に向けない! お行儀が悪いっすよ。あっほらもう、タレが飛んだしー」


 ノエルは元だけあって、何気によく気がつくし面倒見が良い。アリスが飛ばしたタレを、さっと台布巾で拭いている。


「でもさー、ロイドトカゲの鑑定って、あまり詳しく視えないんでしょー?」

「だからって言うな。何度でも言いますけど、私はれっきとした純血の竜人ですよ?」

「竜人と一言で言っても色々っすねえ……。あの翼人と一緒にいた、でかい姉ちゃんも竜人っすよね? 両肩に真っ赤な鱗が見えたっすよ」

「あれはたぶん、亜人系との混血でしょうね」


 まったく……皆好き勝手言ってるが、残念ながらこれはいつもの事だ。それにしても私が貴重な『鑑定』スキルを持っているからこそ、今まで大きな危険を避けられてきたのに。こいつらその有難さを、すっかり忘れている気がする。


 まあとにかく。私が彼らを『鑑定』していたのは確かなので、その結果を告げた。


「彼らは相当の実力だと思いますよ。特にビキニアーマー女の攻撃力と、黒豹の速度は凄まじいものがありますね。彼女らそれぞれが、うちのナイジェルといい勝負だと思います。つまりもし二人掛かりで来られたら、ナイジェル単独では危険でしょう」

「うっわ、本当か? おっかねえ姉ちゃん達だなー」


 ナイジェルはおどけた様子で肩をすくめてみせたが……その危険さを本当にわかってるんだろうか? うちでナイジェルより力の強い者は居ない。つまりあちらのパーティーの方が『物理的に強い』という意味なのに。


「ねえねえ、トモッチは強いのー?」


 アリスは熱心にあの翼人少年の事を聞いてくるが、手に持つ箸にはしっかりと次の焼肉が掴まれている。


「あの翼人の少年と、すぐ側にいたエルフの少女。彼らの能力ははっきりとわかりません。二人とも物理的な攻撃力や速度、防御力は平均以下に見えたから、恐らく特殊能力系でしょう」

「ええー、そういう肝心な所はのー?」

「ああ、残念ですけど私の『鑑定』は、そこまでの力は無いんで」


『鑑定』が【つよつよ】な専門家は、鑑定機ですら読み取れない力……つまり本人ですら知らないを、完全に数値化されたデータとして視ることもできるらしい。それが本当だとしたら、とても恐ろしい話だ。


 でも私の『鑑定』は【おまけ】である。実際視えているのは、ふんわりとしたオーラ状の情報だ。まあちょっと頑張れば、食べ物の好み位ならわかるが。


「ふん……『鑑定』スキルが貴重だってのはわかるけどよ。意外と使んだな」

「おい言い方!」


 鼻で笑うナイジェルにイラッとしたが、ここは我慢しておく。第一【つよつよ】レベルの『鑑定』なんて、それだけで世界中の諜報機関から引く手数多だろう。それと同時に命も常に狙われるに違いない。『鑑定』はそのくらい恐ろしいスキルだ。


 それにしてもナイジェルは、ちょっと腕っぷしが強いからって言葉にデリカシーが無さすぎる。その上、絡む相手やきっかけなんかも一切考えないから、さっきみたいな面倒事に自分から足を突っ込むことになりがちだ。


「ナイジェル、一応言っておきますけどね。あんな目立つ場所で新人、しかも別パーティーとなんて、危険すぎるでしょう?  彼らがもしだったらどうするつもりですか」

「仕方ねえだろ。あの兄ちゃんにサイラスバカ犬が絡んでやがったし。それにすぐ撤収しようと思ったら、アリスが食い付いちまったんだからよ」

「ふむ……全部あの翼人が原因ですか……」


 その時、ナイジェルの片耳が鋭く動く。それはふすま一枚隔てた隣の部屋へ向いていた。


『……しっ』


 沈黙を要求するナイジェルに応え、一同は一斉に動きを止めた。

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