ギルドと呼べばカッコよく聞こえるけどさ

 翌日、私たちはゆっきーの案内で、就労斡旋ギルドと呼ばれる場所へ向かう。宿から10分ほど歩いただろうか。繁華街からすこしはずれた場所に、その建物はあった。


「ずいぶんと立派な建物だねえ」


 思わずハタやんがそう呟いたけど、無理もない。この世界の建築物は、外側だけ見ていれば教科書で見たローマ時代のそれとよく似ている気がする。


 町並み全体が白っぽい印象のなか、ギルドの建物は赤いレンガと白い柱のバランスがすごく綺麗で目立っている。私は転移前に訪れたことがある法務省の旧本館、赤レンガ棟を連想した。


 まああれほど大きくはないけれど、デザインの印象がそっくりだね。


 建物の周囲にはたくさんの人が集まっている。老若男女問わずエルフや獣人、ケモミミの半獣人などなど。あ、あのひときわ大柄な男性は一見人のように見えるけど、その肌に鱗があるのはゆっきーと同じ種族かな? おっと、私と同じ翼人もいるわ。


 なんというか、例えるならそう、そこはまるでコミケ会場のコスプレ撮影エリアみたい。しかしキラッキラしたレイヤーさんたちと違うのは、その表情が見事に疲れ切っていて死んだ魚のような目をしているってこと。

 場所柄のせいか、隠しきれない苦労がにじみ……いや噴出しまくっている人ばかりだ。


 入り口に向かうと、ムダに重厚な看板には『就労斡旋ギルド/Placement Agency』と書いてある。早速ゆっきーが代表として総合受付で問い合わせている間、私は周囲を観察した。


 中の造りは……うん、こいつは職安だね! そのまんまハローワーク!!


 広々としたフロアには、面談用の受付窓口がずらりと並んでいる。その隣のエリアには、タッチパネル式のディスプレイに向かって求人票を閲覧するブースがある。


 ○蘭的な個室仕切りに頭を突っ込んでいるうちの何人かは、足元のプリンターから紙を引き抜くと、それを持っていそいそと面談窓口へと向かっていった。なにここ本当に異世界なの? 


「ここは電気とかインターネットという概念があるのでござるか? だとしたら俺氏、そっち方面の仕事で……」


 エルフ美少女イッシーが、タッチパネルに熱視線を送っている。

 そうだよね! コンピューターがある世界なら、エンジニア職な皆さんは食いっぱぐれること無さそう。それに私だって情報処理系の卒業生ですし? 少しは就職しやすいかも!


 ってまあいいや、その辺は鑑定ってやつをクリアしてから考えよう。それにしても……。


「ねえ、ここって完全に私らの世界で言う『職安』だよねえ」

「うん。なんかすごくオイラたちの世界と似すぎてて夢がないよなぁ。それに姿はせっかくファンタジーなのに、目が死んでる連中ばっかりだしさ……」


 私の問いかけにハタやんがうんざりした表情で応えると、美少女イッシーが額に手をやって眉間にしわを寄せた。


「俺氏、まさかアラカンこのとしで職安の世話になることになるとは……くっ」

「やめてイッシー! オイラそういうの泣いちゃう! やめてえー!」


 二人のやり取りに笑っていいのか悪いのか迷いつつ結局ニヤけてると、ゆっきーが手を振っているのに気がついた。


「おーいみんな、まずはこっちでだって」


 集まった私たちは係員に呼ばれて、一人ずつ別々の個室に通された。私が案内された部屋に入ると、ヤギの顔をした年配の事務員が一人でパソコンに向かい、ディスプレイを見たまま声をかけてくる。


「はい、お疲れ様です。初めての方ですね。じゃあどうぞ」

「えっ……と?」


 どうぞと言われても、目の前には血圧計? のような機械しかない。そう、腕を突っ込むと自動的に測ってくれるアレ。


「あのすみません、これは一体……」

「おや、鑑定機は初めてですか? はあー、珍しい人もいるもんですね。今どき小学生だって鑑定したことくらいありますよ? ああ、使い方は簡単です、そこに腕を突っ込んで……そうそう、奥に肘が当たるようにね。準備ができたら、そこのスイッチ押して……じゃあ楽にしててください。自動で全部済みますんで」


 ――いやこれ、完全に血圧計だよね!? これで一体何をどんな仕組みで鑑定するっていうのさ!? 


 それでもとりあえず言われるまま、腕を締め付けられる感覚に身を任せてボーっと待っていると、ぷしゅうと空気の抜ける感覚があった。あ、終わったのかな?


 見ればすぐ横にある機械から、にょにょにょっと紙が出てくる。どう見ても感熱紙的なそれには、バーコードが印刷されているだけだ。ヤギの事務員は手慣れた様子でその用紙をもぎ取ると、手元のスキャナーでピッとやる。


「はい、これで登録完了です。受付の方でカードを受け取って下さい」

「えっと、鑑定結果はどこで見られるんです?」

「それはカードを貰う時に説明されますので、そっちで聞いて下さい。はいじゃあこの紙を持って、えーっと、五番窓口にどうぞ」


 えらくそっけない扱いのあと、感熱紙を持たされた私は個室を雑に追い出された。


 そして言われるがまま五番窓口の前に行ったはいいけど、このまま待ってりゃいいのか? どうしたらいいのかわからずウロウロしていると、ケモミミのあるキツネ顔の黒髪美女が、フォックス型の細いメガネフレームを中指で上げながら声をかけてきた。


「そちらの翼人さん、どうなさいました?」

「あ、えっと五番窓口にいけと言われまして……」

「ではこちらで用紙をお預かりしますわ。ご説明しますから、そちらにお掛けになって」


 案内されるままに席へ腰掛けて待っていると、キツネ顔美女がチラチラとこちらを見ている。手元のキーボードを叩く手は恐ろしい速さで動いているし、バーコードを読み取ってからカードを取り出す手元も狂いがない。それでもなぜか視線は私の方に向けられていて……正直、ちょっと怖い。


「お待たせ致しました、オッペンハイマー様」

(おっぺ……え? 誰?)


 聞いたことのない名前を呼ばれた私は、思わずキツネ美女と目が合う。


「手続きの便宜上、後のお名前だけは私共係員にも伝わりますが、それ以外は全て個人情報ということで見えません。ご安心下さいませ」


 いやそうじゃなくてさ。じゃあオッペンハイマーってこの世界でのわたしの名前ってこと? うーん、正直微妙な気分だ。


「では、こちらがオッペンハイマー様の身分証明カードになります。くれぐれも大切になさって……ね」


 キツネ美女は片手で私の左手を取ると、銀色に輝くクレジットカード大のそれを私の手に乗せた。


「落としたり無くしたりしたら、速やかにこちらにいらして。再発行致しますわ……うふっ」


 すると彼女は両手で私の左手を挟んだまま妖艶に微笑み、妙に熱っぽい視線を向けて向けてくる。……なんだこいつ?


 そして彼女は私の背後を指差した。みれば電話ボックスのような細長いブースが幾つも並んでいる。ホテルとかで見かける、電話スペースみたいな感じ。


 彼女曰く、このカードを持った状態でアレにはいれば自動的に自分のステータスを確認できるという。そこで自分の特性を確認・理解した上で、身の振り方を考えるのだそうで。


「鑑定結果は、そのカードを手にした本人にしか見ることが出来ませんの……大切な個人情報ですからね。但し一部の特殊能力として、鑑定スキルを持つ方がまれにいらっしゃいます。そういう方にはどうしても色々と見抜かれてしまいますので、お気をつけて」


 っていうか、さっきから何だろうこのひと。いちいちしつつ、流し目でこちらを見てくる。これってもしかして……なるほど、ははーん。


 今の私は男の子。しかも超絶美少年! 彼女よりもずっと大きい手で、カードごとその細い掌をやんわりと握り返した。


「本当にありがとう、親切で綺麗なお姉さん。またわからないことがあったら、僕に教えて下さいね?」

「えっ……ええもちろんよ! お姉さんがなんでも、優しく教えてあ・げ・る(ンフッ」


 上目遣いで首を軽くかしげてみせるケモミミなキツネ美女。

 ――要するにあれだ。このキツネ美女が幾つなのかは知らんけど、きっと美少年好きなんだろうね。今の私のルックスがきっとストライクなんだろうなー。


 でも確かに彼女は美人さんだけど、残念ながらこっちの中身はアラフィフのおばちゃんだから。そういうの通じないんだよごめんね。


 ちょっと優しく微笑んであげれば、彼女の瞳は簡単に潤んだ。あーあ、なんだかちょろすぎて逆に興ざめだわね。


 私はうっとりと自分を見つめるキツネ美女の手を離して立ち上がると、真っ直ぐに電話ボックス……じゃなくて確認ブースへと向かうのでした。

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