【悪逆の翼】

渦目のらりく

第一章 この世界の全てが悪だ

第1話 プロローグ


   第一章 この世界の全てが悪だ


 降りしきる冷たい雨の中で、見も知らぬ荒野を歩く異形が居る。頭から闇を被ったような漆黒の巨人が地を踏み込むと、大地は轟き、腕を振り上げれば、空が雷鳴の轟音を鳴らす。


 その男は世界の全てから嫌われていた。


 男は世界の全てを嫌っていた。


 彼は空を見上げて激しく咆哮した。その叫声きょうせいに呼応した怒涛どとうの疾風が吹き荒れると、辺りの木々は裂けて飛び散り、大地は音を立ててひび割れる。


 男の遠吠えは激しい怒りに満ち溢れていたが、そこには同時に、海よりも深く、闇夜の様に暗澹あんたんとした悲しみが同居している。


 やがて男は辺りを何千、何万の軍勢に取り囲まれる。

 まるで地がそのままうごめいている様なその軍勢は、一丸となって呪文を詠唱し始めた。


 その男ただ一人を封印する為に。


 その世界の全てが男の敵なのだ。


 男は強大すぎる光の六芒星に捕らわれた。そして無数の軍勢が命を代償に詠唱を始める。


 ――そして大地に、虚空の如き黒く巨大な風穴が出現する。


 呪文の詠唱を終えた兵は、次々に命を枯らしてその場に倒れていった。

 黒き男は言語とは云えぬ叫びを上げて、六芒星の発光と共に、別次元へと続く黒き穴に押し込められていく。


「堕ちろ悪魔、愛しき魔王よ。地上よりも下、もっともっと深淵へ」


 誰かがそう言葉を残した。それは彼にとって、肉親よりも聞き覚えのある声だった。

 ――そして毒の様な怨嗟が、悶え苦しむ黒き男の口より垂れこぼされる。


「殺してやるぞ……例え“園”を追放されようと、俺はこの燃え盛る復讐が為に、地の果てまで貴様を……ッ!」


 男が抵抗すると、数千の雷撃が絶え間無く降り注いだ。みるみると数を減らしていく軍勢だったが、男はジリジリと押しやられ、やがてはその虚空に落ちていった。


 無数の兵を従える、将の影を見ながらに。


 ――延々と、延々と次元の狭間へと落ちていく。


 そして黒き男はみるみると姿を小さくしていきながら、薄れゆく意識の中で、深淵とも知れぬ“怒り”の汚泥に呑み込まれた。



「この世界の全てが悪だ」


 邪悪を放散し、白きへとその身を収束していきながら――


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