第4話 怪異

 転生してから三年が経ち、三歳になった俺は家の近所にある保育園に通っている。


 そして、保育園に行くため、家から出るようになって初めて怪異を見かけた。


 怪異といっても、力が小さくて無害なものしか見かけていない。


 強い怪異ほど数が少ないし、陰陽師や退魔官が調伏するから、一般人が強い怪異――陰陽師や退魔官にとって――を見かけることはほとんどないそうだ。


 しかし、陰陽師や退魔官なら簡単に倒せるけど、一般人は死ぬくらいの絶妙な強さを持った怪異による被害が一番多いらしい。


 一般人も用心のために陰陽師が作った護符――持っているだけで効果がある一般人用の呪符――を持ち歩いているが、その怪異の強さだと数分で護符の効力がなくなるので、その間に陰陽師か退魔官が助けに来なければ、殺されてしまう。


 強力な護符があれば怪異から数時間の間、身を守ってくれるので助けは間に合うが、庶民にはとても買えないお値段となっている。


 そんな一般人に厳しい世界なので、陰陽師になれる才能があったのはありがたいことだった。


 もっとも、陰陽師や退魔官でも怪異との戦いを主な仕事にしている人は死亡率が高いので、陰陽師や退魔官になれても安心できないようだが。


 そういうわけで、危険な怪異との戦いを避けて呪符や護符を作って売るだけの陰陽師が多いらしい。


 退魔官は霊力で身体強化を行い、霊刀――霊力を込めやすい刀――で怪異を調伏するのが主な職務なので、怪異との戦いは避けられないようだ。


 凶暴な熊より強い怪異に接近して霊刀で斬り殺す退魔官になるのは、怖いし死にたくないから俺には無理そうだ。


 怪異と戦うことになっても、できるだけ安全に遠距離から陰陽術を使って倒せる陰陽師になりたい。


 それはさておき、俺が今まで怪異を見たことがなかったのは、お母さんが作った結界のおかげで家に怪異が近づいて来なかったからだ。


 保育園に行くために毎日家から出るようになって、俺はそのことを実感した。


 なぜなら――保育園にいるからだ。


 幽霊が。


 保育園は幽霊の溜まり場のような場所だった。


 子供と一緒に遊んでいる子供の幽霊やちょっとした悪戯をする幽霊ならほとんど害はないから放っておいてもいい。


 でも、子供が走っているときに足を掴み、転倒させて怪我をさせたり、子供を階段から突き落として笑ったりする、そんな悪霊もいた。


 さすがに悪霊を放置しておくわけにはいかないが、この程度の怪異では陰陽師や退魔官が調伏しに来ることはない。


 怪異が多すぎて陰陽師や退魔官は常に人手不足なので、怪異による事件は重要度の高いものが優先されている状況だ。


 もちろん、お金を払って依頼すれば別だが、霊力視ができないとそもそも怪異の姿が見えないので、怪異による事件だと気づかれず、見過ごされることも多い。


 これくらいの強さの悪霊なら両親に伝えなくても大丈夫そうだな。


 お母さんに新しく二つの呪文を教えてもらったので、その呪文を書いた呪符を使えば、悪霊を調伏することができるだろう。


 まずは『結界』の呪符を使う。


『結界』は『障壁』より強度がおちてしまうが、一つの方向しか防御できない『障壁』と違って、術者の周囲を覆うように結界が展開されるので、結界を壊されない限り術者に敵の攻撃は届かない。


 標的の悪霊は『結界』が必要になるような攻撃はしてこないが、悪霊に近づかれると怖いので、俺のところまで来れないように結界を作った。


 これで安心して悪霊に攻撃できる。


 肉体がない幽霊のような存在は、霊力がなくなると存在を維持できなくて消滅する。


 だから、『削霊さくれい』の呪符を使って悪霊の霊力を削る!


 俺は『削霊』の呪符に霊力を流し込んで、悪霊に向かって投げた。


 呪符が飛んできたことで、ようやく悪霊は俺に気づいた。


 遠くにいる保育士以外は子供しかこの部屋にいなかったので、悪霊は油断していた。


 子供の俺が陰陽術を使えるとは思わなかったようだ。


 悪霊はなんとか向かって来る呪符から逃げようとすが、俺は逃げた悪霊を追いかけるように呪符の動きを変化させた。


 さっき『削霊』の呪符に流し込んだ霊力と自分の霊力を繋げているので、呪符を投げた後でも動きを操作することができる。


 そうやって呪符の動きや速さを制御すれば、狙った標的に呪符を命中させやすくなるので、最近は一番練習している。


 そして、『削霊』の呪符に追いつかれた悪霊は、霊力を削り取られ、存在を維持できなくなって消滅した。


 よし、上手くいった。


 怪異の調伏は初めてだったのに、少し緊張したくらいで済んだのは、事前に何度も練習したおかけだろう。






 それから卒園するまで、俺は保育園に悪霊が出てくる度に陰陽術で悪霊を調伏した。


 稀に悪霊が十体以上も出現する日があった。


 転生したときから未だに俺の霊力は増えていないので、悪霊の数が多いとすぐに俺の霊力はなくなってしまう。


 なので、悪霊の数が多いときは一日で全ての悪霊を対処せずに、毎日少しずつ悪霊を調伏していった。


 霊力を増やす方法を見つけないと、これ以上の怪異を調伏するのは厳しいな……。

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