第30話 借金

「どうしたんだルイス? 元気ないじゃないか? おっ、さては、あのハズレメイドに当たったな。あいつまだ働いていたんだな」


 ヤオイオアシスから戻ってきたところ、アランは、可哀想なものを見る目でルイスに話しかけてきた。


(間違ってはないけど、指名したんだよぅ)


 ルイスはアランが言うハズレメイドというのはマロンのことを指している。確かに彼の言うことは間違っていなかったが、勝手に宛てられたのではなく、自分から指名して担当して貰っただけであった。


「確かに今日の担当はマロンだったよ。でも問題はそれじゃないんだ。彼女は可愛いところもあるし、嫌いじゃないよ」

「おっ? もしかしてルイスはあんなのが好みか? 物好きだねぇ。いや、確かに見た目は可愛いけど、あの性格がねぇ」


 アランはルイスを揶揄うように言った。


「で、どうしたんだ? 俺で協力できることなら何でも言ってくれ。一応これでもルームメイトだからなっ」

「じゃあ、お金貸して」

「は?」


 そこで午後の授業が開始される鐘が鳴った。アランは話の途中であったが、慌てて自分の席に戻った。


「では、午後の授業を始めるザマス」


 午後の最初の授業は商科の授業だった。シルビアが時間通りに教室に入り、持ってきた教科書を開いた。そしてお手本通りの正確な授業を始めた。


「で、ここがこうなるザマス」


(さっきから先生が、こちらの方を時々見ている気がするけど・・・)


 牛乳瓶の底のような眼鏡をしているシルビアは、実際にはどこを見ているか分かり辛いが、顔の向きからするとルイスの方を見ているように思えた。だが、ちらちら顔を向けるだけで、特に問題を答えさせる為に当てたり、文章を読ませたりなどはしなかった。



「では、授業を終わるザマス。あと、ルイス君。放課後に職員室に来るザマス」

「えっ? はっ、はい、わかりました」


 ルイスがそう答えたと同時に鐘が鳴り、シルビアは教室から出て行った。


「ルイス、一体何やったんだ?」

「そうだよ。何か心当たりはないのかい?」


 休憩時間に入ると心配したアランとニコラスがルイスの席まで来た。


「うーん。特に心当たりがないと思うのだけれど・・・」


 ルイスはいろいろと考えたが、シルビアから呼び出しを受けるようなことに心当たりはなかった。そして僅かな休憩時間も終わり、4時限目の授業が始まった。



「終わったぁ」


 4時限目の農科の授業も無事に終わり、ホームルームの時間になった。


「ホームルームを始めるザマス」


 間を開けずシルビアが教室に入ってきた。


「えー今日の連絡事項は特にないザマスね。ではまた明日ザマス」


 特に連絡事項もなく、ホームルームは終わった。


「ルイス、お勤め頑張ってこいよ」

「お勤めって、僕何も悪いことした記憶はないよ」

「はいはい。悪いことした奴は真っ先に言う台詞だな。怒られてこいルイス」


 アランはルイスの背中をポンと叩いた。彼なりに手加減をしていると思うが、ルイスには結構痛く感じた。


「痛いなぁ」

「すまん、すまん。少し力が強かったか?」


 アランは悪びれた様子もなく笑いながら言った。


「僕たちは今日も仕事探しに行ってくるよ」

「そっか。がんばってね。ニコラス・・・とアラン」


 ルイスはニコラスには笑顔で答え、アランに対しては少々嫌みを込めて言った。


「ルイス、俺だけ何か冷たいな」

「当たり前じゃないか。昼に言ったことも見事にスルーしてるし」

「まあ、俺に金の相談はするなってことだよ。じゃあまたあとでな」

「ああ、行ってらっしゃい」


 ルイスはアランとニコラスを見送った。


「それじゃ僕も行くか」


 余り気が進まなかったが、ルイスは職員室に向かう為に移動を開始した。




「失礼します」


 ルイスはドアを開けて職員室の前で一礼をした。そして職員室の中を見渡した。


「あっ、あの席か」


 職員室の中は複数の事務机が並べられ、所々の席には教員が座っていて机に向かって仕事をしていた。ルイスはその中にシルビアの姿を確認した。そして彼女の元に向かうことにした。


「先生、御用というのは?」

「来たわね。ルイス君」


 いつもの刺々しい言い方ではなく、別人と話しているのではないかと錯覚するぐらい、シルビアの口調は柔らかかった。


「実はね。3時限目の授業の前に教室の前であなたとアラン君の声が聞こえたの。盗み聞きした訳ではないのだけれど、お金に困っているって聞こえたの」

「ああ、そのことですか。実は今日の昼食で予想以上にお金を使ってしまって、お財布の中がほとんど空になってしまいました」

「あら、無駄遣いは良くないわね。聞いて良いものかわからないんだけれど、幾ら使ったの?

「えっと・・・」


 シルビアに今日の昼食のことを聞かれて店に支払った金額を伝えた。


「なっ、何を食べたらそんな金額になるのっ! ・・・あっ、ごめんなさい」


 ルイスから金額を聞いたシルビアは静まり返った職員室内で大きな声をあげた。すると職員室にいた教員達が一斉にこちらの方を向いた。それに気が付いたシルビアは何度も他の先生達に頭を下げていた。


「でもお金がないと昼ご飯も食べられないわよね? いいわ、私が貸しておいてあげる。貸すだからね。必ず返しに来なさいよ」

「先生、ありがとうございます」


 シルビアは自分の机の引き出しを開け、小さな封筒をルイスに手渡した。触った感触では何かの貨幣が数枚入っているようだった。先生からお金を借りるのは申し訳ないと思ったが、ルイスの方もお金に困っていたのでありがたく借りることにした。


(早く働いて返さないとなぁ)


 今日散々な目に遭ったヤオイオアシスだが、新たな職場を探せる自信もないので、頑張ってそこで働かないといけないとルイスは思った。


「それと、ルイス君に少々お願いがあって・・・」

「えっと、何でしょう?」


 お金を借りた手前、シルビアの願いはなるべく聞かなければならないと感じたルイスは尋ねた。


「次の土曜日、少々付き合って貰いたいのだけれどいいかな?」

「はい、それは構いませんけど」

「よかった。では、昼前に中央広場で待っているわ」

「承知しました。ところで先生って優しい話し方をされるんですね」

「はっ! しっ、しまった。そっ、そんなことはないザマスよ?」


 ルイスの指摘に顔を真っ赤にしたシルビアは慌てていつもの口調に戻した。


「では土曜日お願いするザマス。もう行って良いザマスよ」

「はい、では失礼します」


 ルイスは一礼をして職員室から出て行った。


(土曜日はバイトに行こうと思っていたけど、先生の用事の方を優先させなきゃね)


 お金を借りてしまった以上、ルイスは自分のバイトよりもシルビアの用件を優先するべきだと考えた。


(これだけあれば2週間程度の食事代にはなりそう。そうだ。早速、土曜日休むことをお店に伝えに行かないと)


 シルビアから渡された封筒の中には贅沢をしなければ2週間程度の昼食代に相当のお金が入っていた。彼女に感謝しつつ、ルイスは仕事を休むのを伝える為、その足でヤオイオアシスに向かうことにした。

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