第14話 授業開始(その2)

「お帰りなさいませ。御主人様♡」


 時間も限られているため、いつもより速く歩き、ルイスとアランは目的のメイド喫茶「ヤオイオアシス」に到着した。そして入り口のドアを開けると、受付担当のメイドが昨日と同じ挨拶をした。


「御主人様。また来てくださったのですね。大変嬉しいです」


 前回にない言葉を聞き、改めてメイドの顔を見ると、昨日、ルイス達の席を担当したアップルだった。


「あー、昨日の。えっと、もらった名刺を見せないといけなかったね」


 ルイスは自分の財布をゴソゴソと漁りだした。


「ごめんなさい御主人様。本日は私は受付担当なので、名刺を見せられても対応できないんですよ。せっかく来てくださったのに凄く残念です」


 アップルは本当にガッカリした様子で申し訳なさそうにルイスに言った。


「ふふふ、フラられてやんの」

「アラン、うるさいぞ」


 ルイスがアップルに断られたことに気を良くしたアランが、嬉しそうに言った。


「私のために2人とも争わないで!」


 アップルはその2人のやり取りに合わせて、冗談っぽく言った。


「アップル、早くお客さんを席に案内しなさいっ」

「ごっ、ごめんなさーい。では、御主人様、昨日と同じで同席でよろしいでしょうか?」

「ああ構わないよ」

「はい、よろしくお願いします」


 アップルは昨日受付担当をしていたメイドから注意を受けた。


「では、こちらの席にどうぞ」


 そしてルイスとアランは、アップルに席まで案内された。


「御主人様、ただいまは昼食時なので、見ての通り御主人様達と同じ学園の学生さんで満席なんですよ。その為に担当するメイドも足りていなくて、今回、新人で研修中の子が担当になるのですが、悪い子じゃないので、温かい目で見ていただけると助かります」


 ルイスが周りを見回すと、確かに同じ制服を着ている客が多かった。色違いの人もいたので恐らく上級生だと思われる。アップルは席の案内を終え、担当場所に戻る前に、小声でルイスとアランに今回の担当者についての情報を呟いた。


「では、担当のメイドが来るまで少々お待ちください」


(何でこんなときに案内担当なのよぉ。今日来るのわかってたら担当変わってもらったのにぃ)


 一礼をしてアップルは自分の担当場所に戻っていった。ルイスに背を向けたときのアップルの表情はとても不満そうであったが、そのような顔をしていたなどルイスやアランは気が付かなかった。



「ふん、あんたたちが御主人様ね。学園の制服のまま昼休みに、この店に来るなんて、本当に物好きね」

「なっ、何だこのメイドは?」


 金髪ツインテールにルイスより少し背が低く、妙に高圧的な言葉を投げかけてきたメイドに対し、アランが不満の声を上げた。


「何だとは何よ。私だって好きでメイドの真似やってるんじゃなわよっ。あのクソ親父のせいで、あー思い出しただけでも腹がたつ。あ痛っ!」

「あいた! じゃないわよ。御主人様。大変失礼しました。この子は新人でマロンと言います。まだまだ教育が行き届かなかったようで、御不快な思いをさせてしまいました」

「チーフ、本当のことを言っただけなのに、叩くことないじゃん!」


 愚痴を言い出したマロンに対し、昨日受付をしていたメイドが来て彼女の頭を叩いた。マロンは叩かれた場所をさすりながら不満そうに言い返した。


「とにかく、御主人様たちに謝りなさい。そうしないと賄いは抜きよ」

「そっ、それは困る。御主人様、スマソ。あ痛っ」


 マロンはチーフから追撃を受けた。


「ごめんなさい」

「素直にそうすれば良いのよ。御主人様、大変お騒がせしました」


 マロンは素直に謝り、チーフと呼ばれたメイドは一礼して自分の担当している席に戻った。


「あのクソババア、そのうち成り上がって見返してやるんだからっ」


 チーフに対して見えないように中指を立てて、ルイスとアランに聞こえるような声で言った。


(おい、ルイス。俺たち物凄いハズレを掴まされたんじゃないか?)

(どうだろう? アップルさんは悪い子じゃないみたいな言い方をしていたけど)


 アランはルイスの耳元に小さな声で話しかけてきた。


「アンタ達、何ヒソヒソ話しているの? 言いたいことがあるのならハッキリと言いなさいよ。アレついてるんでしょ?」


 何か話をしていることに気がついたマロンは、顔を真っ赤にしてアランに言った。


(あれとは何ぞ?)


 ルイスは彼女の言葉の意味がわからず困っていた。


「あのぉ、アレとは何でしょう?」

「んあっ?アレなんて決まってるでしょ? ピーのことよ。ピー! あ痛っ!」


 ルイスの質問にマロンは答えた。(ちなみにピーと言うのは電子音です)


「マロン! 店内でなんて卑猥な言葉を叫んでいるの! 御主人様。大変失礼しました。あなたも謝りなさい」

「モウシワケアリマセンデシタ」

「この子には後できつく言っておきますので御容赦ください」


 再びチーフがやってきてマロンの頭を叩いた。ルイスとアランに対し詫びを入れた後、担当の席に戻っていった。


「一昨日きやがれってんだい!」


 去っていくチーフに対し再びマロンは中指を立てた。


「またチーフが来ても困るし、仕方ない真面目に仕事するわ。んで、私、何するんだっけ?」


ズコー


 結婚したばかりの夫婦が出演するトーク番組の司会者のごとく、ルイスとアランは盛大に椅子から転げ落ちた。


「アンタ達良いノリしてるわね。気に入ったわ」

「今までのやり取りでどこにその要素があった?」


 急に手のひらを返してきたマロンに対してアランが言った。


「そんな細かいことを気にしていたら、大きくなれないわよ。あー、思い出した。メニューを持ってくるんだったわね。待ってなさい、今持ってくるわ」


 そう言ってマロンは店の奥に入っていった。


「もう、やだー。あのメイド、チェンジで」

「今、他のメイドさんは手一杯でチェンジは無理じゃないかな」


 メイド達に癒されるためにこの店を訪れた筈だが、その望みも叶わず、ストレスが増えた上に無駄金を使うことが確定したアランは、不満の声を漏らした。



「待たせたわね、御主人様。ほれ、メニュ表」


 そう言って2冊のメニュー表をルイスとアランが座るテーブルの上に投げた。


「それが客に対する態度か? もう言うだけ無駄そうだな」


 半ば諦めたアランがテーブルの上にあるメニュ表を開いた。それにならいルイスもメニュー表を拾い上げて中身を見た。


「おい、ルイス。お前のメニュー表もあれか?」

「1品しか書かれていないね」


 メニュー表には【オムライス】の文字しか書かれていなかった。


「オムライスの文字しかないんだけど?」

「そんなの当たり前じゃない。私、今日入ったばかりだから、それしか習っていないの」


 ルイスが尋ねると当たり前のことを何聞いてるの? みたいな顔をしたマロンが言った。


(そういえばアップルさんが、研修中とか言ってたな)


 アップルの言葉を思い出し、ルイスは妙な納得をした。


「今から他の店に行っても、午後の授業が始まるまでに戻るのは無理だからな。仕方ない。じゃあオムライスで。ルイスはどうする?」

「選択肢がないんじゃ仕方ないよ。僕もオムライスで」

「ふん、2人ともオムライスね。今から奥にいるオッサンが作るから待ってなさい」


 そう言って伝票に注文を記入してマロンは店の奥に行った。


「ルイス、聞きたくもない言葉を聞いてしまった。あの料理を作ってるのはメイドさんじゃないのか・・・今日は散々だよ」

「そうだね」


 アランはとてもガッカリした様子であった。だが、ルイスはそこまで残念には思ってなく、コロコロ変わるアランの表情を見て楽しんでいた。


「もしかして御主人様達って、男と男のそう言う関係なんですか?」

「ひゃわっ!」

「は? んな訳あるか。俺たちは寮で同じ部屋同士なだけだ。何意味わからないこと言ってるんだ」


 突然いつの間にか戻ってきていたマロンに話しかけられたルイスは驚いていた。アランの方は、何を言っているんだコイツ的な表情で完全否定した。その言葉を聞いたルイスはなぜか少し寂しい気持ちになってしまった。


「そうですよねぇ。私の思い違いでした。オーダーは通してきたので、出来上がるまで話でもして待ちましょうか」

「いや、お前と話しすることなどないだろ?」


 話をしようと提案してきたマロンに対し、アランはすごく嫌そうな顔をして答えた。


「まあ、まあ、嫌も嫌も好きのうちって言うでしょ? 何か話しましょうよぉご主人様ぁ」

「嫌がっているのを知ってわざとやってるだろ」

「へへへっ、バレました?」


 マロンは嬉しそうに答えた。


「あっ、いけねぇ。出来上がったみたい。今持ってくるよ。続きは後だからな」


 オーダーしたものが出来上がったようで、マロンは慌てた様子で取りに行った。


 ドン、ドン。


「ほい、ほい、チャーハン・・・じゃなかったオムライス2丁お待ちっ!」


 ポンポンとオムライスの盛られた2つ皿を、テーブルの上にマロンは置いた。メイド喫茶の接客とは程遠い大衆食堂のような置き方であった。


「めんどくせーな。ここに字を書けって、書きにくいんだよっ。誰だこんな無駄なこと考えた奴は」


 ブツブツ言いながらマロンはケチャップを使い文字を書いた。


「へったクソな字だな」

「お前さんにそっくりなねじ曲がった字で書いてやったわ」


 アランのオムライスにマロンが字を書いたが、何と書かれているか判別できないほど字が汚かった。


「1回練習で書いたから、次はうまく書いてみせるさ」

「コラァ、客に出したもので練習するなよな」


 そう言ってマロンはルイスのオムライスに字を書いた。その横でアランはプンプンと御立腹だった。


「えっと、今度は読める字だな。ファ○ユー?」


 あまりに下品な文字であったために表記上、伏せ字になってしまった文字をマロンは書いた。


「ふん、お前さんにお似合いの文字だぜっ。あ痛っ!」

「あなた、大切なお客様・・・ではなく、御主人様にお出しした料理になんて字を書くの! 申し訳ありませんご主人様、ただいま新しいものにお取り替えをしますので」


 またまたやって来たチーフがマロンの頭を叩いた。何度も頭を下げてルイスとアランに詫びを入れてきた。


「作り直さなくても良いですよ。今から新しく作り直しても午後の授業に間に合わなくなるので、気にされなくても良いです」


 作り直した場合の時間を考えると午後の授業に間に合わなくなるため、変な文字が書かれていても同じ食べ物なので、ルイスは気にせず食べることにした。


「もうあなたは下がって良いです。あとは私がやります」

「仕方ないわね。後は任せたわ。あ痛っ!」

「あなたも謝りなさい」

「へい、へい、わるーござんした」


 あまり悪びれた様子もなく、マロンは店の奥に下がっていった。



「お気に入りの店だったのに、今日は最悪だったよ。来なければよかった」

「まあ、まあ、そう言わずに。取りあえずお腹は膨れたか良しとしようよ」


 それからオムライスを食べ終わったルイスとアランは、急ぎ足で学園に戻ることにした。店を出るまでチーフは何度も2人に詫びを入れていたが、アランはマロンの接客にとても不快な気持ちになったようで、学園に戻るまで終始愚痴をルイスに言いながら機嫌が悪かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る