第10話 メイド喫茶(その2)

(うーん、アランが薦める店だから期待していたけど、味は微妙かも)


 ルイスがオムライスを一口食べたときの感想である。前日に食べたラーメンの味は、一流の料理人が高級な食材を使用して作る料理に食べ慣れていた彼女ですら、満足できる味であったが、今回もそれ同等のものを期待していただけに残念な気持ちになった。


「ルイス、ここは味を楽しむのではなくて、雰囲気を楽しむ店なんだ。余り細かいことを気にするとハゲるぞ」

「はっ、ハゲって。そうか、味ではなく雰囲気を楽しむ店か」


 ルイスは味のことは置いておき、店内の様子を再び観察した。


(たしかにここにいるお客さんは幸せそうな顔をしている。ん? まてよ。ここで客の観察をすれば若い男の子の考え方がわかるかも?)


 若い男性がどのような考えをし、行動するのかという知識は、ルイスが幼いときに拾った薄い本からの情報のみで、現実とはかけ離れていることをこの街に来てから知った。これからの学園生活を維持するには、その偏った知識を修正する必要がある。そのためにも人間観察は大事なものだと考えた。


「御主人様? 余り食が進みませんか? よろしければ私が食べさせて差し上げましょうか?」

「いや、1人で食べられるよ。アイターッ! アラン、いきなり頭を叩くなよ」


 アップルの申し出を断ったルイスの頭をアランが叩いた。


「これってオプションで付けると別料金で加算されるものだぞ。向こうから言ってきた場合はサービスで追加料金がかからないんだ。そんな勿体ないことするなよ」

「そっ、そうなんだ。ごめん。じゃあ、お願いできるかな?」

「はいっ♡」


 アランが言うには、メイドに食べさせて貰う場合は、頼むと追加料金が必要になるが、メイド側からの場合はそれが加算されないらしい。それを聞いたルイスはアップルの申し出を受けた。すると彼女は満面の笑みを浮かべて返事をした。


「はい、それじゃ御主人様。あ~んしてください」

「あ~ん。モグモグ」

「美味しいですか?」

「ああ、美味しいよ」


 味は変わらないはずであったが、アップルに食べさせて貰うと、ルイスは何となくそれが美味しく感じることができた。


「ルイスばかり良い思いしてズルいな」

「そうですよね。それじゃ食べさせて・・・と思ったけど、お皿が空ですね。追加で注文されますか?」

「する、するっ!」


 アランが食べさせて貰っている光景を横で見ながら不満そうに言った。するとアップルは同じように食べさせましょうかと申し出たが、既にアランの皿は空になっていた。


「同じもので良いですか?」

「ああ、構わん」

「かしこまりました。では少々お待ちくださいませ」


 追加の注文を受けたアップルは、持っていた紙に注文内容を書いてから店の奥に入っていった。


「やったぜー。ルイス、聞いたか? サービスで食べさせてくれるって」

「ああ、それは良かったね」


 喜んでいるアランとは対照に、ルイスは冷めた目でアランを見ていた。


(これって追加注文しているから、上手く売り上げに貢献させられているだけじゃ?)


 アラン本人が喜んでいるので、ルイスは思うところがあったが、余計な口を挟むのはやめた。



「お待たせしました。オムライスです」

「おっ、きたきた」


 少し時間が経ち、アップルができあがったオムライスをテーブルに運んできた。先ほどと同じように文字を書いた後で例の魔法を施した。


「では、御主人様。あ~ん」

「あ~ん。もぐもぐ。すごく美味しいよ」

「そうですか? それなら良かったです。ではもう一口」


 アップルに食べさせて貰い、アランはとても幸せそうな顔をしていた。


(なるほど、本当ならこういう表情をしないといけないのね)


 ルイスはアランの表情やしぐさをじっくりと観察した。



「あっ、そろそろステージの時間ですね。一旦私は下がらせていただきます」

「えっ?ああ」

「おっ、もうそんな時間が」


 食事を終えてから、アランとルイスはアップルと話をしていた。内容は今日の天気や学園の話、そして今話題になっている店の話など主に雑談だった。ところがしばらく話をしていると、急にアップルが立ち上がり、申し訳ない様子で断りを入れてきた。ルイスはステージと言うが何を指すのかわからなかったが、アランは知っている様子であった。周りの席を見ると、同じように接客を切り上げてメイド達は奥に引き上げていった。


「アラン、今から何が始まるんだい?」

「ステージイベントのことか? ほら、あそこの壁際が少し段になっているだろ? そこにこの店のメイド達が立って歌うんだ。まあ見ていればわかるって」


 アランの言う方向を見ると、彼の言うとおり壁際に小さなステージのようなものが設けられていて、その上には5人くらいが立てる広さがあった。


「「「ひゅ~ひゅ~」」」

「おわっ!」


 突然、他の客達が立ち上がり、変な奇声を上げだした。もちろん隣にいたアランも一緒になって奇声を上げていた。


「おいおい、ルイスも同じようにやるんだよ」

「えっ、わっ、わかった。ひゅーひゅー」

「心がこもってないなぁ。まあいいや。もうすぐだぞ」


 アランがそう言うとドタドタと複数の足音が近付いてきた。先ほどまで接客をしていたメイド達が小走りでステージの上に立った。ルイスの予想通り、ステージに立っているメイドは5人だった。その中でアップルは右端に陣取っていて、中央には案内の仕事をしていたメイドが立っていた。


「みんなー。今日はヤオイオアシスに来店ありがとうございま~す」


 入口で接客していた落ち着いていた印象とは異なり、中央に立っているメイドは明るい口調で元気よく声を発していた。


「それじゃ、今から歌いま~す。みんな聞いてね♡」


 そしてメイド5人による歌と踊りのステージが始まった。


「△△ちゃ~ん! 可愛いよぉ!」

「○○ちゃん良いよぉ!」


 ステージを見ている客からは歓声が上がっていた。それにメイド達は手を振りながら応えていた。


「ルイスも何か言ってみなっ」

「おっ、おう」


 アランに促され、ルイスも何か言わなくてはならなくなった。何を言おうか悩んだが、周りの声援を参考に言葉を頭の中で組み立てた。


「あっ、アップルちゃ~ん! 輝いていて綺麗だよ!」

「えっ!」


 ルイスの声援を聞いたアップルの動きが止まった。そして顔がみるみるうちに赤くなり、両手で顔を隠した。


「アップル、何やってるの?今はステージ中よ」

「ごっ、ごめん」


 隣にいたメイドに諭され、我に返ったアップルは他のメンバーからズレた動きを修正した。その後、アップルは大きなミスをすることなく、15分程度のステージイベントは終了した。



「御主人様~、急に綺麗だなんて言うからビックリしちゃったじゃないですか」

「ごめんごめん。アランが何か言えって言うからさ」

「おっ、俺が悪いのか? 俺は何度も声援を送っていたが、今まで何も言われたことはないぞ」


 ステージイベントが終わり、ルイスとアランのいる席に戻ってきたアップルが、プンプンと怒った口調ではあるが、冗談じみた表情で言った。


「お飲み物はいかがですか?」


 アップルが追加の注文をしないか尋ねてきた。


「うーん、ルイス、どうする?」

「そうだな。昼食だけと思ってきたのだけれど、思ったより時間が経っているから、そろそろ出ようか」

「わかった。それじゃ別々で会計お願いします」

「そうですか・・・。かしこまりました。少々お待ちください」


 時間もそれなりに経過していたので、ルイスはアランと相談して店を出ることにした。会計を告げるとアップルは残念そうな顔をして店の奥に入っていった。


「お待たせしました。ではお会計は・・・」


 少ししてアップルが金額の書かれた紙を持ってきた。アランとルイスのそれぞれに紙を渡した。


「ルイス、この店はこの場で精算するシステムなんだ」

「なるほどね。それじゃ、僕の分ね」

「俺のは・・・うわっ、思ったより高くなったな」

「そりゃ、オムライス2つ頼んでたからね」


 アランの請求書は思ったより高かったようだ。話に乗せられオムライスを2つ注文したのが影響していた。


「はい、じゃあこれお金ね」

「確かにお預かりしました。ではお店の外までお送りしますね」


 アップルは受け取ったお金を店の奥にいた人に渡し、すぐに戻ってきた。


「行ってらっしゃいませ。御主人様」


 ルイスとアランはアップルに見送られて店を出た。


「御主人様~っ、これを渡すのを忘れていました」

「ん?アラン、何か忘れ物でもしたっけ?」

「いや、財布以外特に何も持ってきていないぞ」


 店を出て少し歩いたところでアップルが慌てた様子で追いかけてきた。


「ハァ、ハァ。こっ、これ、私の名刺です。次回来られたときにこれを見せると、空いていれば優先的に私が担当になりますので、良かったら御利用ください」

「ああ、ありがとう」

「でっ、でわ~。またの御来店お待ちしてま~す」


 アップルは名刺をルイスに手渡して駆け足で店に戻っていった。


「ルイス、お前、アップルちゃんに気に入られたみたいだな。く~っ羨ましいっ。名刺は通常なら相当通わないと貰えない品物なんだぞ。大事にすると良いぞ」

「そうなのか? アランは相当あの店に通っているみたいだから、何枚か名刺をもらったことがあるのか?」

「・・・ない」


 ルイスが尋ねると、アランは暗い顔をしてボソリと言った。

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