第7話 入学式(その1)

「不備とかあったら大変だから、取りあえず貰ってきた制服を着てみようか」


 部屋に戻るとアランが食堂で貰ってきた制服を見せながら、ルイスに提案してきた。


「あとで着てみるから今はやめておくよ」

「いや、いや、仮に見えない背中側に不備とかあったら明日困るだろ? だから2人で事前に確認しようと提案しているんだ」


 乗り気ではないルイスにアランは追い打ちをかけるように言った。


「はいはい、文句言わないで脱ぐっ!」

「キャッ。なっ、何をするんですか」

「いや、脱がすのを手伝おうと思ってな」


 突然アランはルイスの服に手をかけて脱がそうとした。ルイスは慌てて距離を取り、上着を脱がされかけていたのを阻止した。アランはルイスのことを男性だと思っているので悪ぶれた様子はなかった、未遂に終わったものの、ルイスの心臓はバクバクと本人でもわかるぐらいに心拍数が上がっていた。


「それじゃ、着替えようぜ」


 アランはルイスが着替える気になったと思い、手を止めて自分の服を脱ぎだした。初めて見る訳ではないが、同年代の男性の上半身が裸になった姿にルイスは目を奪われていた。


「ルイスは脱がないのか?」

「わかったよ。脱げば良いんでしょ」


 ルイスは覚悟を決めて上着を脱ぎだした。昨日の浴室では裸になっていたのにも関わらず、誰も女性だということに気が付かれなかったので大丈夫だと、頭の中に言い聞かせた。


「相変わらず細い体をしているな」

「ひゃっ!」


 気が付けばアランがルイスの上半身をジロジロと見ていた。そして両手をルイスの腰に手を当てて細いということをアピールした。


(おっ、男の人に触られたぁ)


 ルイスは恥ずかしさの余り、顔が真っ赤になっていた。だが、それに気が付かないアランは気にした様子も見せず、新しい制服に袖を通した。


(よし、今のうちに)


 ルイスはアランの注意が制服に向いている隙をついて、急いで自分の制服に袖を通した。


「おっ、ルイス。なかなかに合っているじゃないか」

「そういう、アランもな。でも、試着のときにも思ったけど、これって思っている制服とは違う気がする」

「そうか? こんなものだろ?」


 制服というよりは水色の作業着と言った方が当てはまる。ルイスが思っている制服とはかけ離れた物に本の中と現実との差を感じた。


「それにしても、臭いな」

「そうか?」


 ルイスはクンクンと制服の臭いを嗅いでみた。するとツンと鼻を突く酸っぱい臭いがした。それに対しアランは同じように制服の臭いを嗅いだが、気にした様子を見せなかった。


(男女で臭いの感じ方って違う物なのかな)


 ただ単に、アランが臭いを気にしないのか、男女で臭いの感じ方が違うのか、この時点でルイスには判断する材料が乏しく結論は出なかった。


「ルイス、それじゃお互い制服を見て異常がないか確認しようぜ」

「わっ、わかった」


 着替え終わった制服に破れや解れがないか、2人はじっくりと観察を始めた。


「なあ、ルイス」

「ん? 何?」


 お互い近くに寄った状態で制服の確認をしていると、不意にアランが話しかけてきた。


「ルイスは何か匂いのするものでも付けているのか?」

「いや、何も付けてないよ?」


 アランに言われたが、ルイスは昨日入浴の際に備え付けの石鹸を使った程度で、特に心当たりはなかった。


「アラン、どうしてそう言うことを聞くんだ?」

「ルイスから甘い匂いがすると思ったのだが、気のせいだったようだ。忘れてくれ」

「はあ」


 アランは首をブルブルと振り、雑念を払うかのように言った。


「よしっ、ルイスの制服は異常がなかったぞ。俺のはどうだった?」

「ああ、アランのも問題なさそうだ」


 お互い制服に異常がないことを確認して、元の服に着替えた。それから2人で入浴に行き、今日は寝ることにした。




「アラン、今日から学校だね」

「ルイスはそんなに学校に行くのが楽しみなのか? 凄く嬉しそうにしているのが俺にも伝わってくるぞ」


 翌朝、朝食を終えてルイスとアランは学校に行く準備を始めた。


「よし、行くか」

「そうだね」


 準備が終わり、ルイスとアランは部屋を出た。今日は入学式があり、皆同じ時間帯に学校に向かうことになっているので部屋を出ると寮の玄関には同じように学校へ向かう同級生達であふれかえっていた。ルイスとアランもその一団に加わり、学校を目指した。



(今日から憧れの男子校生活が始まるんだな)


 ルイスは幼い頃から憧れていた男子校に通うことになり、正に今その1歩を踏み出そうとしていた。これからのことを考えるとどうしても心が湧き踊り、いても立ってもいられなくなっていた。ちなみにこの学校は1年から3年まであり、各2クラスで編成されている。1クラス辺りの人数は30人で、全校では180人が定員となっている。登校したあと、アランとともに自分の教室に入り、特に指定もなかったのでクラスメイト達はそれぞれ気に入った席に座り、先生が入っているのを待っていた。


(同じクラスの人は・・・)


 ルイスは周りと比べて身長が低いので最前列の席を確保していた。教室を見回し、同じクラスの人達の顔を確認した。同じ部屋のアランの姿も確認でき、他にも風呂場で生まれたままの姿を観察済みの者も何人か見ることができた。


「席に着くザマス」


 突然教室のドアが開けられ女性の高い声が響き渡った。


「おっ、女の先生だ」

「ラッキー」

「顔は良くわからないけど、若いよな?」


 牛乳瓶の底のようなレンズが付いた眼鏡をし、顔の表情などわからず、露出度の低い服ではあるが、肌の艶からして、かなり若く感じた。若い女性の先生が登場したことで、ルイス以外男子しかいない教室内は盛り上がりを見せた。


「うるさいザマス。静かにするザマス」


 教室内を見渡し、恫喝するように女性教師は大声を張り上げた。


「うへぇ。若いだけで固そうだな」

「今時ザマスなんて言う人いたんだな」


 その声を聞いたクラスメイト達はガッカリした様子で静かになった。


「分ければ良いザマス。私はこのクラスを受け持つことになった、シルビアと言うザマス。これから1年間よろしくザマス。では、今日のこれからの予定を言うザマス」


 シルビアから今日の予定が告げられた。このあとは講堂に移り入学式、そしてそれが終わるとホームルームがあり、今日は午前中で終わりになるようだ。


「はい、それでは全員講堂に移動するザマス。もたもた歩いている奴は私がチューするザマスよ」

「うわぁ、それはヤダ」

「勘弁してくれ」

「おい、先行くなよ」


 シルビアのチューが皆嫌なのか、ルイス以外は慌てて教室を飛び出していった。


(みんな優雅さがないな)


 日頃から王女として気品溢れる生活を送っていたのが体に定着し、ルイスは他の者達と同じように教室を飛び出すことはできなかった。ゆっくりと気品ある態度でたちあがろうとした。


「あなたが最後ザマス。早くしないとチューするザマスよ」

「センセ、そんなに急かしても何も残りませんよ」


 ルイスはそう言って優雅な動作で立ち上がり、くるりと向きを変えて教室を出た。


(なっ、何あの子。気品溢れる所作に思わず見とれてしまったわ)


 シルビアは思考が止まり、うっとりした表情でルイスが出て行った扉を見つめていた。

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