第5話 初めての街散策

「それじゃ俺はバイト探しに行ってくるよ」

「ああ、行ってらっしゃい」


 部屋に戻り、アランは出かける用意を始めた。そして準備が終わるとバイトを探すために街に向かった。


「さて、私もそろそろ準備しなきゃね」


 ルイスも買い出しのために街へ出かける予定にしていた。1組しかない普段着に着替えて、寮を出た。



「取りあえず、もう1組くらいは服があると良いな」


 まずは、予備の普段着を確保するために、ルイスは衣料品店を目指すことにした。



「いらっしゃい。何をお探しかい?」


 ルイスは商業地区に向かい、1番近くにあった衣料品店に入った。すると入店に気が付いた店のおばちゃんが声を掛けてきた。


「普段着で使用する服が1組欲しいのですが。できれば早く仕上げていただけると助かります」

「う~ん。普段着ねぇ。うちは仕立てから行う店だから、仕上がるまで時間がかかるよ? 急ぎなら古着屋を訪ねてみると良いかもしれないね。この街には何件かあるけど、ここから1番近いところなら2件隣にあるから尋ねてみるといいよ」

「古着屋?」


 ルイスは初めて聞く言葉に戸惑った。服というのは生地を選んでから採寸をして、作る物だと思っていたので、いまいちイメージが湧かなかった。


「おや、古着屋も知らないのかい。まあ普段着が欲しいと言って仕立屋に飛び込んでくるような坊ちゃんだから仕方ないのかもね。古着屋というのはそれまで誰かが着ていた服を買い取って販売しているお店だよ。サイズさえ合えば、安くてすぐに服が入手できるんだ」

「へぇ。そう言うお店もあるんですね。ありがとうございます。では、そちらの方に行ってみますね」

「急いでいない服が必要になったら、今度はウチに寄ってくれな」


 親切なおばちゃんに見送られてルイスは2件隣の店に行くことにした。



「らっしゃい」


 ルイスが店に入ると少々無愛想なおっちゃんが声を掛けた。


「2件隣の店で、普段着で使う服が欲しいと言ったら、この店を紹介されました」

「ほほぅ。あのババア、うちに客を寄越すなんて珍しいな。雪でも降るのか?」


 ルイスが言うと、あからさまに嫌そうな顔をしたおっちゃんが言った。話の口調からすると、先ほど立ち寄った店とは仲が悪いようであった。


「ここに掛けてある服は自由に試着していいぞ。サイズが合う気に入った服があったら言ってくれ」


 そういっておっちゃんはレジカウンターに置いてある椅子に座った。


「それでは見させて貰います」


 ルイスは所狭しと掛けられた服を物色し始めた。


「これは継ぎ接ぎだらけ・・・これは変な臭いがする・・・おっ、これは良さそう。でもサイズが大きいな」


 品質やサイズなどがバラバラで、この店は男物の古着を扱うお店で、比較的小柄の体型である自分に合った服を探すのに苦労した。


「これならちょうど良いかも」


 ルイスは苦労して探した結果、比較的状態が良く、サイズも問題なかったシャツとズボンを見つけた。


「おじさん、これください」

「おぅ、良いのが見つかったか。それじゃ2点で500Gな」

「え?」


 ルイスは価格を聞いて驚いた。


「おや? もしかして値段も見ずに決めたのかい? うちの店は、ほら、服が掛けてある棚の上に数字が書いてあるだろ? あれが売価なんだ。お前さんが取ってきたのは200Gのシャツと300Gのズボンだから合わせて500Gだ」

「言われてみると確かに数字が書いてある」


 店のおやじに言われて改めて棚の上を見てみると確かに数字が書いてあった。


「それじゃ、500G」

「あいよ。まいどありっ」


 ルイスは購入した物を紙袋に詰めて貰い、店を出た。


(予想以上に安く済んだな)


 価格としては妥当な物であったが、昨日まで城暮らしの王女様だった彼女の金銭感覚はズレていた。それに慣れるまではもう少し時間がかかるルイスであった。



「もうお昼か」


 それからルイスは雑貨屋に寄り、必要な日用品を買い集めた。気が付くと時間は昼を過ぎていた。


(今日は朝から歩き回っていたから、お腹が空いたわ。どこかでお昼ご飯にしましょう)


 ルイスは今いる商業地区を見回してみた。視界の中にも飲食店らしい店が何軒か見えたが、その辺りの事情に詳しくないため、どのような物が提供されているのか分からなかった。


(取りあえず適当に入ってみるしかないな)


 ルイスは適当なお店に入ることにした。



「いらっしゃ~い」


 入店すると真っ先にカウンターにいた店の主人と思われる男性が声を掛けた。この店はテーブル席はなく、カウンター席のみで10席程度の席しかない小さな飲食店であった。妙に食欲をそそる臭いが店内には充満していたが、昼食時間にも関わらず他の客の姿はなかった。


「ここは何を提供するお店ですか?」

「おや、何の店か知らずに入ったのかい。東方にある国で考案されたラーメンという料理を提供する店なのだが、ちょっと食べる作法がこの地では受け入れられなくてな、オープンしたのは良いが、見ての通り閑古鳥が鳴いているのさ」


 店の主人は商売になると踏んで店をオープンさせたのだが、この街では受け入れてもらえず、かなり苦しい経営をしているようであった。


「へぇ~。ラーメンか。おじさん、1つお願いできるかな?」

「おっ、注文してくれるのかい?ありがとよ。それじゃ今から作るから待っててくれな」


 そう言って店の主人は料理に取りかかった。



「あいよっ。おまちどうさん」

「ありがとうございます」


 ルイスの前にはシンプルな構成のラーメンが置かれていた。その横にはフォークとスプーンが添えられていた。


「?」


 ルイスは思っていた物と異なる物が出てきたので考えていた。


「やはり、この長い麺はお気に召さなかったかい?」

「いえ、そうではなくて、箸とレンゲがないなと思って」

「おっ、お客さん。どこでその名称を?」


 ルイスの言葉に店の主人は驚いている様子であった。


「ラーメンと言えば箸とレンゲで食べる物でしょ? 通な人ならレンゲなんて邪道だとか言う人もいるみたいですけど」


 ちなみにルイスはラーメンを食べたことがない。だが、その知識は幼いときに拾った薄い本にも登場する場面があり、存在は知っていた。そして東方にある国でも同様の食べ物が存在していることも調べ上げていた。


「この国の食事のマナーに反するから初めての方には出していなかったのだが、お客さんにはかなわないな。それじゃ、箸とレンゲな」

「ありがとう。それじゃいただきます」


 ルイスは箸とレンゲを受け取った。


「ズルズル、ズル。ズルズル、ズル・・・」

「おお、見事な食べっぷりだな」


 箸の使い方は、ルイスが本を読んだときから、見よう見まねで覚え、今では豆を箸でつかめるほど使えるようになっている。麺をつかむ程度のことは造作もなかった。そして本に書かれていた擬音を真似して麺を啜ってみた。


(うっ、うまいぞー!!)


 舌の肥えたルイスでも、このラーメンは美味しいと感じ、思わず目からビームが出そうになった。本来なら、音を立てながら飲食をするのはマナー違反に当たるのだが、食事のマナーなど気にせず、無心に音を立てながら麺を啜った。


「うまい!」


 スープまで全部飲み干してから、スイスは感動して一言だけ言った。


「いや~見事な食べっぷりだったよ」

「そうですか? とても美味しく頂きました。ご馳走様です」

「そう言ってくれると、こちらも嬉しくなるよ」


 美味しそうに食べたルイスに、店の主人は満足そうな表情を浮かべていた。


「また来てくれな」

「はい、寄らせて貰います」


 ルイスは精算を済ませて店を出た。


(いや~。まさかこんな所でラーメンに出会うとはね。絵で見ただけだったから味が気になっていたけれど、また食べたくなるような美味しさだったなぁ)


 思わぬところで夢が叶い、満腹になり幸せな気分になったルイスは、買い出しの続きをすることにした。

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