第10話 七星剣②

 今まさに未曾有の繁栄を謳歌する黄金期へと突入した銀河帝国に影を落とす不穏な兆し在り。


 銀河新聞コスモタイムズの一面記事が伝える。

 七星剣の洛星。

 第六位――自在流弾のヒルードー・ニックス。

 第三位――震天不動のオリクト・タリスマン。


 二つの巨星が地に落ちた。 

 その事実に宇宙中が沸き立つ。

 革命より三年ぶりの動乱は広い宇宙の中で、大きな娯楽として人々に迎えられた。


 大多数の人々は、この宇宙の一部、片隅で起きた二つの殺人など他人事でしかない。

 広大無辺の星の海原に、米粒を落としたところでいったい誰が気がつくだろうか。

 当事者と近くにいる者以外に、それに気がつくことはない。


 はるか遠く離れている者にとっては、暇をつぶす格好のエンターテイメントでしかない。

 それにいずれは下手人が死んで終わるものと誰もが確信している。

 七星剣を順繰りに、順当に殺していったとしても、最後には絶対に倒れない鋼の男へと行きつくからだ。


 七星剣最強と謳われた男。

 皇帝殺し。

 断頭の刃ギロチン

 正しき魔人。

 初代銀河帝国総統。


 数多の伝説を打ち立て、あらゆる巨悪に対して戦い、革命以降も歴史上類を見ない善政を敷く。

 人々は彼を善の化身とまで称す。

 英雄ジン・ライトがいる限り、銀河帝国は揺るがない。


 そんな網膜に表示された最新の銀河帝国ニュースを見ながら、今再び七星剣はヴィノグラートに存在する、何よりも高く巨大な政府中央ビルの会議室に集っていた。

 ただし、全員というわけではなくアレグリアは欠席だ。


「揃ったな」

「アレグリアの嬢ちゃんはいないがな」

「構わん。来ないという連絡はもらっている」

「ヒヒッ、わしらのピンチだというのに、良いのかねぇ。そんなんじゃ、次にやられるのは、あの嬢ちゃんかもしれないっというのにねぇ」


 既に七星剣は二人が倒されて残り四人となっている。

 ヴィノグラートにいる総統のジンを狙うのはいくら七星剣を殺せるだけの実力があろうとも難しい。

 ゆえに最後になるのは確定である。


 他の三人はいつ虚空刃の手にかかるかわかったものではないというのに、危機感はなく悠長なものだとドクター・イグロは嗤う。

 そう言っている本人が一番悠長なのだから、説得力がなにひとつない。


 そんな彼を呆れて見ながらグラザーは、ジンに問う。


「なあ、総統殿よ。どうして軍を動かさん。いくらサイボーグ殺しの虚空刃だろうとも、所詮は一人。数で攻めれば倒せよう」

「理由がない。七星剣は、革命の象徴であったが革命後はそれほど支持されてはいない。それは貴様らもわかるだろう」

「あー、まあ、あの二人はなぁ」


 革命の時は、旗印となって皇族をや貴族を打倒した。

 その後、レジスタンスは解散しジンが総統となりかじ取りを行った。

 才覚があったのだろう彼は、その圧倒的なまでのカリスマと合わせて即座にこの銀河帝国を手中に収めた。


 他の七星剣は、相応の報酬とともにそれぞれの生き方をするように別れた。

 誰もここにおらずホログラム会議をしているのがその証拠だ。

 既に七星剣の道は分かたれている。


「己もそうだ。この中で一番支持されとるのは、総統殿だものなぁ」

「ヒヒッ、わしも支持されとるよ」

「爺様は、義体技師だからだろう。僻地に研究所を作ってやりたい放題していると聞いておるぞ、己は」

「技術の発展には犠牲はつきものじゃろう、ヒヒッ」

「断言しておく、軍をあげて虚空刃を討伐などすることはない。我らの私事に国を動かすなど、我らが殺した皇帝と同じだ。オレは独裁者になどなる気はない」


 やるならば自分たちの手で私兵でも雇ってやれとジンは言った。

 虚空刃は七星剣の敵ではあるが、銀河帝国の敵ではないのだ。

 だから、軍隊を動かすことはない。

 

「それに軍を動かさずとも、あの二人を倒したという名声がヤツを追い詰める」

「勝てば勝つほど、名は広まり、名をあげたい武芸者が挑んできて虚空刃自身が自分を追い詰める……か」


 七星剣の勇名は宇宙中に轟いている。

 皇帝の懐刀であった頃からもそう言った強者を求めて果し合いを挑んでくる武芸者たちは多かったことをグラザーはよく覚えていた。


 あの頃は、いくら敵を倒しても倒してもあとからあとから七星剣を倒したという名声を欲しがった自称強者たちが多くて辟易としたものだ。

 あの日々は悪くなかったと、グラザーは顎の無精髭を撫でながら思い出し笑う。


「ヒヒッ、七星剣を倒した虚空刃を倒せば、自分の名はこの宇宙に轟く。武芸者たちはどいつもこいつも楽観的で単純なもんだ、ヒヒッ」


 七星剣は昔から伝説を残しているが、虚空刃は無名。

 それに七星剣は、各々が牙城を持っている。

 そんなところに押し入って決闘を挑める武芸者はいない。

 だから、虚空刃の方へ行く。


「あんたが言うのか、毒彊左道。昔、名が欲しいと七星剣に挑んでいたあんたが?」

「ヒヒッ、さあね、昔のことは忘れたね」

「嘘吐け、タヌキ爺め。しかし、名をあげる目的の雑兵どもに虚空刃の相手が務まるかねぇ」


 グラザーがどう考えても、一刀両断のうちに全滅する未来しか見えない。


「問題あるまい。虚空を使うのはかなり消耗するのだからな」


 虚空発勁は常道の功夫と比べたら異形の功夫だ。

 それは容易く内傷を使い手に与え、短期間の連続使用は、よほどの達人でもなければ寿命を大きく削り取っていく。

 だから、かつて七星剣に名を連ねていた七人目『虚空掌』のシュレムは、戦いによくインターバルを置いた。


 殺傷人数であらわされる、七星剣の格付けランキングもそのおかげで彼女は最下位だった。

 もとより多くを殺すような者でもない。


 暗殺や裏の仕事。

 人知れず殺すということを生業としていたのが『虚空掌』だ。

 殺した数より、殺した者の質でマウントと取ってきていたものだとグラザーは思い出す。


 ゆえに、続々と敵が押し寄せてくる状況は虚空の使い手にとっては無呼吸運動に等しい行為になる。

 どんなに弱い相手であろうとも、アイテールに守られたサイボーグを倒すには虚空を使わざるを得ないのだ。


「休ませなければ、向かってくる頃には疲弊している。我らの敵ではない」


 そうジンは言ったが、ドクター・イグロは馬鹿にしたように嘲笑う。


「ヒヒッ、あの魔人が消極的だねぇ」


 総統でなかった時、七星剣として皇帝の下で活動していた時、ジンは敵がいれば即座に発動する殺戮機械のようであった。

 ただ己の目の前に現れた敵を虐殺しつくす、虐殺機関。

 それこそがジン・ライトという武芸者だったはずだ。


 それが敵が出たというのに自ら討伐にも動かない。

 討伐のための手勢をだすこともない。

 理由をつけて、その刃を止める理由はなんだ?


 何か隠していることがあるのではないかと、ドクター・イグロは訝しんでいる。


「ヒヒッ、なぁ断命鋼人。わしらに何か隠しとることはないかね?」

「貴様らに喋ることは何一つない。」

「ヒヒッ、そうか。ツマラン。久方ぶりの闘争じゃというのに。鉄火を広げる絶好の機会だというのに。人が死ねば、研究材料に困らんというのになァ」

「そこまでにしておけよ、己が殴りに行っても良いのだぞ」


 そこでドクター・イグロは思いついたとでも言わんばかりに手を叩く。


「ヒヒッ、そうじゃ、良いことを思いついた」

「どうせロクデモナイことだろう?」

「ヒヒッ、勝手にしていいんじゃろう?」

「ああ。勝手にするがいい。元より我らは揃って何かをやることはない。スタンドプレー結果、偶然一党にまとまっていただけの集団だ」


 だが、と一間を開けてジンは全てを嘲笑うかのようなドクター・イグロを睨みつける。


「銀河帝国に不利益をもたらすというのなら、このオレが直々に貴様を地獄に送ってやる」

「ヒヒッ、コワイコワイ。コワイからわしは、かえろーっと」


 嘘泣きをしながらドクター・イグロのホログラムが消え失せる。


「やれやれ、享楽主義の爺様には困ったもんだ」

「だが、故に侮れん」



 その日、銀河帝国のニュース局、新聞社、およびありとあらゆる情報メディアにひとつの映像が送りつけられた。


 送り主は七星剣『毒彊左道』ドクター・イグロ。

 今巷を騒がせる、七星剣殺し『虚空刃』へのメッセージだった。


「ヒヒッ、さあ、わしは七星剣『毒彊左道』ドクター・イグロ。七星剣を殺しまわっている下手人『虚空刃』よ。わしは今、海洋宙域のリゾート惑星カサミエントにおる」


 それはまぎれもない挑戦状だった。

 殺しに来い、わしはここにいるぞ、ご丁寧に座標データまで添付されていた。


「わしを殺したいのならば来るが良い。じゃが、民衆は残念がっておるのを知っているかね?」


 大仰な動作でドクター・イグロは、白衣をひるがえす。


「七星剣の戦いを誰も見れていないということじゃ」


 伝説の七星剣。

 皇帝の懐刀。

 一騎当千の猛者。

 武芸者の中の武芸者。


 そう呼ばれた生ける伝説。

 革命において平和を作った者たちとして歴史の教科書にも載っている。

 そんな者たちの多くは零落したと、多くの者が言っている。

 なにせ、比較対象が正しさが人になったかのようなジン・ライトなのだ。


 少しでもシミがあれば、人々は彼以外の七星剣の評価をひっくり返した。

 ある意味で、ヒルードーが悪徳に走り、オリクトが強さを求めていたのは、正しすぎる男がいたからという理由がある。


 しかし、伝説は伝説だ。

 七星剣は、未だに敬うべき名でもある。

 勇名の通りの戦いが見られるならば、見てみたいと思う者たちは大勢いる。


「ヒヒッ、だから、こーんな大会を用意した!」


 七星剣と戦おう、大バトルコロシアム!

 参加資格なし。

 誰でも参加できる。

 優勝賞金は十億クレジット。

 そのほか、七星剣『毒彊左道』ドクター・イグロへの挑戦権。


 あろうことかこの男は、自分の戦いをリゾート惑星カサミエントで行われる一大イベントにしたのだ。

 いやでも虚空刃のリーリヤを表舞台に立たせようとしている。


「ヒヒッ、まさか逃げんよなぁ、虚空刃?」


 そして、映像はそう締めくくられた。


 この映像は即日、全宇宙で配信された。

 どのような辺境であろうともすべての地域でドクター・イグロの言葉は伝えられた。



「やってくれたな、毒彊左道」


 これにはジンも苦虫を嚙み潰したように表情を歪めた。

 しかし、何もできることはない。

 英雄とてできないことはある。


「だが、リーリヤを舐めているな。虚空刃を侮れば、研究対象と下に見れば……斬られるのは貴様だ、毒彊左道」


 聞こえるわけもないが、ジンはそう呟いた。


 ●


 遠くAI貨物船に乗り当てもなく七星剣を探していたわたしは映像を見て呟いた。

 唯一居場所がわかっていた七星剣はジン・ライト、一人だった。

 まさか、銀河帝国総統を最初に斬るわけにもいかない。


 そんなことをすれば、銀河帝国から狙われることになってしまう。

 宇宙国家を敵に回して、他の七星剣を倒しに行けると思えるほどわたしは楽観的ではない。

 そんなときにこの映像だ。


 ドクター・イグロ。

 昔から思っていたが頭のおかしさは全然、治っていないようだ。


「あちらから来るとは好都合ですね」

「でも、これ罠なんじゃ……自分から来るなんてありえないでしょ……?」

「ですが、他に行く当てがないのなら行くほかありません」


 これを無視するにしてもこの広すぎるほどに広大な宇宙から、人一人を探すなど無茶な話だ。

 宙域を隔てれば、情報は簡単には手に入らない。


 例えば、最初にわたしが行った矮小惑星レーヴがある辺境宙域があるが、そこでいくら情報を集めても、その隣の宙域、工業惑星ファルクトがある工場宙域の情報を手に入れることはできない。

 超広域銀河帝国ニュースなどのごく一部の例外以外は、その宙域に実際にいってみなければ確実な情報を手に入れることはできないのだ。


 七星剣はそれぞれ別の宙域に散っているおかげで、宇宙中を彷徨って情報を集めなければ、まともに情報が入ってこない。

 この宇宙には数えきれないほどの宙域があるし、絶えず拡大や統合などを繰り返している。

 その全てを把握している者はそれこそ神くらいだろう。

 そんな広大な宇宙で七星剣がいる宙域に当たる確率はいったいどれほどなのだろうか。


 そこに降って湧いて来た絶好のチャンスだ。


 行かない理由はない。


「でも……」

「嫌ならついてこなければいい」

「もう! そんな風に言わなくても良いじゃない! 行く! 絶対についていく」

「勝手にしてください」


 わたしたちは、メッセージに従って海洋宙域のリゾート惑星カサミエントへと向かった。

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