第5話 七星剣①

 銀河帝国中枢①


 林立する摩天楼は雲を貫いてもなお高くそびえ、過剰供給されているアイテールイルミネーションの輝きが夜を駆逐した様は、人類圏の文化、経済を司る次世代都市のモデルシティとしての役割を十二分に果たして余りあった。

 これが三年で作り上げられたといったい誰が信じられようか。


 かつては都市に蜘蛛の巣の如く張り巡らされた多重高架道路を行く有輪自動車のみであった交通網は、三年前の革命以来空中にまで広がっていた

 空中に描かれたホログラム軌道を行くアイテール推進を取り入れた自動車は、各々のエレメントに呼応したアイテール光を引いて走っている。


 かつて人類が母なる母星にだけ居住していた頃に夢想した光景は、きっとこのような未来図であったのかもしれない。


 それらさながら都市を循環する血液のようであり、昼夜を問わず行き交う様は、この都市の多忙さの象徴のようでもある。

 そのような多忙を極めた都市の光景をこの都市でも有数の高層ビルから見下ろす男がいる。


 冷ややかな男であった。

 飾り気ひとつない軍装を着込み、まったくの遊びというものを排しているさまは人というよりかは機械のようにすら思える。

 もとよりこの時代、人と機械の境界は非常にあいまいではあるのだが……。


 女人のように美しい黒髪と端正に整った美貌には、一刀両断するかのような傷が走っている。

 しかし、それが彼の美を損なっているのかといえば、まったくそうではなくその傷があってなお、美しくなおかつ雄々しさを感じずにはいられない。


 そんな男ははるか先まで輝きが続くヴィノグラートの都市を遠望する。

 輝く都市の裏側、そこにある影を見通さんとしているかのように、鷹の目の如く鋭い瞳が睨め付けるが、全てを見通すにはこの都市はあまりにも巨大であった。


 彼こそ、七星剣の一人『断命鋼人』人々から英雄と呼ばれるジン・ライトそのひとである。


「よう、急な呼び出しとは英雄様は同窓会でもしたくなったか初代総統殿?」


 不意に、ジンの背中に低い男の声が降りかかる。

 アイテール通信を用いた遅延のない超高速通信によるホログラム投影が行われ、会議室の中に野性味あふれる巨漢の法衣を着崩した坊主が現れる。

 坊主というには、あまりにも徳のなさがにじみ出ていて、いかにも生臭坊主という風情だ。

 グラザー・ザ・ケラウノスと名乗っているが、『迅雷槍』の名の方が通り良い。


「相変わらず早いな、グラザー」

「久方ぶりの呼び出しとあれば、最速を以て参じるのが己の務めよ。他の連中はどうした?」

「そろそろ来るだろう」


 ジンの言葉の通り、ほぼ同時に残りの三人のホログラムが会議室の椅子にそれぞれ現れる。


 一人は女。

 分厚く深いベールに加えて、紫鋼の鉄扇が口元を覆っていて表情どころか、どのような顔をしているのかすらわからない。

 ただそこにいるだけで、会議室の中に桃の花が満開にでもなったかのように錯覚させる色香がホログラム越しからでも匂い立つようであった。

 人呼んで『絢爛夜叉』のアレグリア。

 今では最も若き七星剣の一人だ。

 彼女は、ただ無言で目を伏せている。


「…………」


 一人は男。

 薄汚れた白衣に身を包み、多機能眼鏡が顔の半分を覆い、もう半分は有機皮膚組織が剥がれ機械部位がむき出しになっている老男だ。

 ぼさぼさの白髪は、この中でも最年長の証であり、いくらでも見た目をいじれるサイボーグとなった彼の残った拘りのひとつだった。


 何かの爆発にでも巻き込まれたとでも言った方が良い、旧時代めいた古風な風体で、如何にも貧弱な科学者じみている。

 これでも勇名轟く七星剣の古株の一人。

 ドクター・イグロ。『毒彊左道』と呼ばれる極悪なマッドサイエンティストだ。


「ヒッヒッヒ、わしらを呼び出すなんて何事かなァ、断命鋼人」


 最後は巨大な男。

 グラザーもかなりの巨漢であるが、彼はそれ以上だ。

 この場の誰よりも自らの義体の改造を施し続けている男。

 誰よりも強く、大きくなることだけが生きる目的だとでも言わんばかりに、肉体を巨大化し続けている。

 彼こそが『震天不動』動かざるオリクト・タリスマン。

 しかし、見た目とは裏腹に、その口から出る言葉はどこか少年を思わせる。


「ボク、忙しいんだけど。変なことだったら潰すからね」


 仮にも銀河帝国の総統の立場にあるジンを敬うような態度は彼らにはない。

 ジンとの付き合いが長いのもあるが、基本として彼らは己の我が強すぎる。

 元より剣豪という連中は、個人主義者だ。

 そういう連中が曲がりなりにも七星剣としてまとまっているということの方が驚くべきことであった。


 そんな四人の顔それぞれを一瞥してからジンもまた窓際から席に着く。


「揃ったな」

「おいおい、総統殿よ。ヒルードーのヤツがおらんぞ。いくら悪事に手を染めているとは言え、それは己らも同罪だ。仲間外れは良くないだろう」


 至極真っ当に、グラザーはそんなことを言う。

 これで茶化して言っているのではなく、本気でヒルードーを仲間外れにするのは好かんと思っていた。


 無論、呼べるのであればジンとてここに呼んでいる。そもそも、ヒルードーを呼べるのであれば、このような場を設ける必要すらなかった。

 しかし、呼べないのだからその真実を伝えてやるほかない。


「いいや、グラザー。これで揃っている。ヤツは死んだ」


 空気がピリリとひりつく。

 何らこの会談に興味を持っていなかった連中の意識が、今ようやくジンの方に本格的に向いた。


「ほう、自在流弾がやられたか。ヒヒッ」


 これは面白いとでも言わんばかりにドクター・イグロが喉を鳴らす。


「…………」


 アレグリアは一切興味がないようで、鉄扇の奥で欠伸をかみ殺してすらいた。

 自分には一切関係がない、このような会合がさっさと終わらないかとネイルを気にし始めてすらいた。


「ふーん。つまりそいつは敵ってことでしょ。誰にやられたの」


 この話に興味を持ったのは意外にもオリクトだった。


「そいつは己も気になる。ジン。わかっているんだろう? なにせ、オマエさん、こういう話をするときは全部わかってないとやらんだろう」

「そうだな」

「ならもったいぶらずに教えなよ。ボクが潰してやるからさ。ヒルードーの雑魚とは言え、七星剣を倒したんだ。強いんでしょう? ボクの新しい身体の性能を試すにはちょうどいい」


 オリクト自慢の鋼鉄の肉体がアイテール通信の向こう側でガチリと音を鳴らす。


「詳しい資料にまとめてある。各々確認しろ」


 ジンは思考操作で端末を操作し、各々のサーバーにファイルを送る。

 そこにはヒルードーが死んだ状況の詳細が書かれている。

 真っ先に読み終えたグラザーは、満足そうにうなずく。


「ほう! 真正面から挑んで、釖装戦までやって負けたか。ヒルードーのヤツにしては、随分と剣豪らしく戦ったではないか」


 常々ヒルードーの戦いは気に入っていなかった。

 気に入らない度で言えば、ドクター・イグロも同じだが、古株も古株な彼のことは敬う気持ちが多少なりともグラザーにもある。


 しかし、ヒルードーは若い上に、少々遊びすぎる気がある。

 敵をいたぶる悪癖は、グラザーからしたら歓迎すべきものではない。

 それが剣豪らしく戦い果てたというのは、実に喜ばしいことですらあった。


 興味を示したもう片方のオリクトは、テキストがずらりと羅列されたファイルを開いた瞬間に、読む気力を失っていた。


「あのさぁ、まとめるのは評価するけど文字はもっと少なくしてよ、読むのが面倒くさい」


 それで画像ファイルだけ見て、無様に死んだんだなとせせら笑う。


「お主、もっと活字を読まんと世界からおいていかれるぞ。己のように様々な書を読むといい。オススメの恋愛小説があるぞ」

「ヒヒッ、本当、見た目と中身があわんのぅ。実は他の何かが入っとるんじゃないか?」


 野性味あふれる筋肉達磨なグラザーは、これで書を読むことが趣味の男だ。

 あとはギャンブルと女という坊主としては考えられない趣味となっている。

 ますます見た目と中身があわない。


「はは。そうかもしれんな」


 そんないつものくだらないやり取りには辟易するという態度を隠さずにオリクトがジンに先を促す。

 ファイルは読む気がない。

 だから、さっさと言えと言った。


「もういいからさー。説明してよ、ジン。ボクは気が短いんだ」

「これは、虚空ケノンの使い手の仕業だ」


 今度ばかりは驚愕が場を支配する。


「やはり己の見間違いではなかったのだな、ジン。流石にそいつは、悪い冗談だ。己はまったく笑えんぞ」


 先ほどまで和やかに笑っていたグラザーすらも笑みを潜め、遊びを排した声色でそう言う。

 そう、はあまりにも悪い冗談だ。

 ここにいる一名を除いた全員の意識が一致した。

 だが、それをジンは否定する。


「冗談ではない。事実だ」


 空間投影モニターに、ヒルードーの死体が改めて映し出される。

 一刀両断され、この世の地獄に落ちたとでも言わんばかりの苦悶の表情を浮かべて、喉を掻きむしりながら死んでいる。


 その様は、細かな様相こそちがえども、七星剣ならば見知った死にざまだった。

 アイテールに守られた無敵のサイボーグが唯一恐れた死神の鎌だ。


 水に沈もうが、宇宙空間にでようが、溺れることのないサイボーグが陸上で溺れるように喉を掻きむしって死ぬ。

 それこそが虚空掌の死にざま。


 かつて七星剣のひとりとして生身で他の六人と比肩した老婆が、その技を使っていたことを知っている。

 もはやあり得ないと思っていたからこそ、言われるまで気がつかなかった。


「虚空発勁、その秘奥『虚空掌』に違いない」


 皆の考えを代弁するようにジンがその名を口に出した。


「……それおかしいんじゃないの? だってその使い手は既に貴女たちが殺したと聞いたのだけれど?」


 ここでようやくアレグリアが口を開いた。

 そうだ、既にその使い手は死んでいてこの世にいない。


 それが七星剣の共通認識のはずだ。


「ヒヒ。ヒヒヒヒ。『虚空掌』に引導を渡したのは、誰だったかねぇ」

「オレだ。どうやら仕損じていたようだな」


 ジンは悪びれる様子もなく、ただ事実に基づいた言葉を紡ぐ。


「ありえないでしょッ! 仕損じていたとしても、もう動ける年齢じゃない! ボクらとは違うんだ!」


 仮に生きていたとしても百を超える老婆、それも虚空の使い手特有の異常体質の生身。

 そんな女が今再び傷を癒しサイボーグ相手に大立ち回りを演じることなどできるだろうか。


 できないことはないかもしれないのが悩ましいところである。。

 ただ、そうだとしてもひとつだけ不可解な点がある。

 彼らが知る虚空掌は、釖装に乗れない。

 そういう体質だった。


「仮にそうだとしても、あのばあ様が釖装戦をするわけがない。出来るわけがない。だとすると、下手人は二人ってことか。資料にはそんなこと載ってなかったが」


 実際に戦ったのは別人で、トドメのみ虚空掌に任せたとするならばまだ話はわかる。

 そう考えれば、虚空掌の戦いにはない死体の様相も理解ができるというものだ。


「いいや、資料の通りだ」


 そう納得しかけた面々にジンは冷や水の如き言葉を突き立てる。


「これは単独だ。この下手人は釖装の斬撃に虚空気を乗せて両断している。虚空掌ともう一人という甘いことではない。仕損じた虚空掌は弟子を育てたということだろう。その弟子の犯行と考えるのが道理だ」

「ヒヒ、弟子。弟子か。ありえん話じゃないねぇ。虚空掌ならやりかねない。ならさしずめ『虚空刃』ってところかねえ、ッヒッヒ」

「へえ……」


 弟子と聞いてことさら、オリクトがジンを睨みつけるように身を乗り出す。


「弟子か。虚空掌のシュレムのババアの。でもさー、まだ何かあるよね。いくら弟子でも釖装には乗れないでしょ」


 しかし結局は、そこに戻るのだ。

 ジンの目も曇ったか。

 新進気鋭、誰よりも上へ行くと謳われたエリートも衰えというものがあるのかと笑おうとしたところで、ジンが言葉を続ける。


「ある。二年前から『魔道刀工』のシモン妙月が行方不明になっている。釖装鍛冶のヤツならば、虚空使いであろうとも動かせる釖装を打てる可能性はある」


 魔道刀工の名を出されては、ありえないと誰も笑い飛ばすことはできない。

 その名は、釖装に乗る者ならば誰もが知っている。


 妙月一門の中でも魔的と恐れられた八代目。

 その釖装は曰く、全てが魔にみいられている。


 ことの真偽は明瞭ならざるが――

 曰く、自ら人を斬るのだとか。

 曰く、持ち主は早死にするだとか。

 曰く、手にいれた一党には不幸が訪れるだとか。

 曰く、曰く、曰く……。


 それほどまでに八代目妙月の打つ刀は、尋常ならざる魔剣妖刀の類だ。


「何にせよ、虚空の使い手が我らを狙っていることに違いはない。そいつは釖装を使い、大戦すらも起こす可能性があるということだ」

「ヒヒッ、次はこの中の誰かってことか。死ぬときは、ぜひそのデータをわしに送ってくれ。研究に使ってやるぞ、ヒッヒヒヒ」

「やめてくれよ、ドクター。もう笑えねえことばっかなんだぜ。あんたの冗談には己も乗れん」

「ヒヒッ、冗談ではないんだがなァ」


 自分たちの天敵がやってきたというのに、ドクター・イグロだけはどこまでも不謹慎に楽しそうにしている。

 それに会議にいる者は皆、嫌悪で顔をしかめる。

 気にせず笑い続けるのがドクター・イグロであるため誰も何も言わないが、早々に狙われてくれないだろうかと思わずにはいられなかったのは確かだ。


「ヒルードーが本拠地であるレーヴで殺されたことを考えれば次に虚空刃が現れるのは、貴様のところだオリクト。七星剣の名を落とすわけにはいかない。この先の平和のためにもな。殺せ」

「ほんとさー、アンタは長いんだよ。その一言を言うためにぐちぐち言ってたんだろ。安心しなよ、ヒルードーを殺して得意になってる小さなヤツなんてボクが潰してあげるからさー」


 そう言ってオリクトは会議室から退出する。

 ホログラムが書き消えて、アイテールの残粒が部屋に散った。


「ヒッヒッヒ。それならわしも備えておこうかねえ」

「……興味ない」


 ジンが殺せと方針を出し、オリクトの退出を機にそれぞれが会議室を後にする。

 後にはジンとグラザーが残った。

 普段ならば最速でいなくなる男が残っていることは、なにかしらあるということだ。


「貴様は行かないのか」

「ひとつ聞いておきたくてなジン」

「何をだ」

「いや、荒唐無稽な話だが……ジン、あんたもしかな虚空刃が誰か知っているんじゃあないか?」


 グラザーの問いにジンは眉一つ動かさず答える。


「……そうかい。なら総統殿。英雄殿。また会おう。今や七星剣もそれぞれの道へ分かれた。会うことも難しくなったが、今度は時間でも作って直接会って酒でも飲もうや」

「酒は禁じられているだろう」

「堅いこと言うなよ、おまえさんと己の仲だ。御仏もそれくらいは許してくれるさ。酒は良いぞ、心に秘めた言葉を吐き出させてくれる」

「考えておこう」

「では、さらばだ。また会おう、皆で」


 その約束を最後にグラザーもまたこの場から退出する。

 完全にすべてのアイテール通信がオフラインになったことを確認して、

ジンは再び輝く不夜城都市を見下ろす。


「戻って来たか、リーリヤ。来るなら来い。あの日の清算をしたいというのなら、オレは逃げも隠れもせん」


 ジンは輝く都市に背を向けた。


「既に目的は遂げている」


 かつての空に輝く勝利に、革命の英雄は虚空を睨む――。

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