第13話 わたしのなつやすみ 二日目




「じゃあ、行ってくるねー!」

「はあい、気をつけてぇ。」



 がらら、と玄関の引き戸を閉める。

 時刻は十一時を回ったところだ。

 先に外に出ていた宗治郎に声をかける。



「行きましょうか。でも、見ても本当に面白くはないと思いますよ?」

「雪凪たちのルーツでしょう?見てみたいんだ。」

「なら、いいのですが……。」



 午前中とはいえ、日差しはそれなりにきつい。日陰の場所を選びつつ、田舎道を二人で歩く。雪凪は白のTシャツに黒いショートパンツ、大きな麦わら帽子姿。宗治郎は青みがかったグレーの膝下のジーンズに、黒のTシャツを着ていた。初日のと違い、何処にでもいる中学生のような服装だ。



(……まあ、宗治郎くんだってジーパン履きますよね。)



 うんうん、と雪凪は頷いた。


 ――雪凪は知らないが、宗治郎の服は新品だった。つまり、そう言う事である。




 歩くこと15分ほど。

 二人は、立派な鳥居の前に居た。あたりは鬱蒼とした木々に囲まれ、少し薄暗い。



「ここです。」

「そうか、ここが……。」



 境内を横切り、本殿まで進む。古いが、しっかりと手入れがなされており、人々に愛されていることが分かる佇まいだ。



「御神体は、『牙』だと言われています。深淵之水夜礼花神ふかふちのみずやれはなのかみは、その名の通り水神です。」

「この辺りは農耕地帯だものね。人々に願われて、そういう形になったんだね。」



 宗治郎は、そっと目を閉じた。



「雪凪たちは、混じり気がないんだね。一つの力しか感じない。」

「この辺りは出て行く人はいても、入ってくる人はいないですからね…。そのうち限界集落になるんじゃないでしょうか……。」



 「魔術」としては歴史の浅い東の国だが、神秘と関わりがなかったわけでは勿論ない。西の国々では「魔力」とされ、東の国では「異能」とされた力の根源。それは、太古の昔、ヒトと混じり合った「何か」である。


 実体のない、力の奔流である「何か」を人々は恐れ、奉り、そうして次第にその力を支配下に置き始めた。


 実体のない「何か」にとっても、「器」を手に入れるのは都合が良かったのかも知れない。


 様々な方法でヒトと混じり合い、そうしてヒトはそれまでの「ヒト」とは違う存在になった。


 東の国では、「異能の力」の使い方は、口伝や「家」に伝わった。巫女やシャーマン、霊媒師、陰陽師や呪術師などがそれにあたる。一方で、西の国々では、「魔術」として、体系化されたものが学問として一般化されていった。


 今や小学校でも、「世界共通語」とともに「魔術」について教えるほどだ。世界的にスタンダードな「魔術」を学ぶことは、国際社会に出るためには必須案件なのである。



「今の時代、魔力を持つ存在はなかなか稀だよ。」

「まあ……でも、あまり褒められたことじゃないですよね?魔力は掛け合わさって強くなるのでしょう?」

「そう言う人が多いけれど、実際は逆だよ。」



 宗治郎は目を細めて本殿をもう一度見た。



「力が器に馴染んで、弱くなって来ているんだ。対症療法として、掛け合わせれば一時的に強くなる。魔術の名家ほど、必死だろうね。」



 神秘の時代は終わりを告げ、個人が持つ魔力に圧倒的な差は無くなってきた。それが現代を取り巻く魔術師事情である。



「きっと千年…いや、数百年後には、魔術師なんて居なくなっているんじゃないかな。」



 代わりに近年、めざましい発展を遂げているのが科学技術である。優れた科学は魔法と見分けがつかない。そのうち、魔法は科学にとって変わられるのだろう。



「……それに、掛け合わさってない存在は、稀に『先祖返り』が起きる。」

「先祖返り……。」

「そう。古代の力がそのまま発現する。一代限りだし、狙って出来るものでもないから、力を保ちたい魔術師たちにとっては魅力的な選択ではないけどね。」



 風が吹き、木々が揺れる。

 さわさわと、心地よい音が耳をくすぐった。



「黒薔薇、の選定基準なんだろう?」

「そう、らしいのですけど。あんまりよく分からなくて。」

「二年生からは専用のプログラムがあるそうだよ。そこで詳しく学ぶのだろうね。」



 ある時雪凪は、同学年の数人いる黒薔薇たちとともに、「黒薔薇」についての説明を受けた。入学前に教えてくれ、とは思うものの。試験を受けずに入学してくる黒薔薇たちが、自分を特別な存在だ、と勘違いしないための措置らしい。つまり、グレード4で入学し、周りとの差を思い知らされ、一度自尊心をコテンパンにするため。本当にエゲツない学園である。



 そもそも、「先祖返り」は確かに稀なのだが、ではそれで魔力が高いか、と言えばそうとも限らない。「力のもと」にも格があるためだ。そう考えれば、雪凪たちの「もと」はあまり力のある存在ではないのだろう。何と言ってもど田舎の水神。人格がもしあるのだとすれば、かなりのほほんぽややんな性質であることは間違いなさそうだ。



「まあ、理由が分かってすっきりしましたけど。ちょっと設定多めなモブ、みたいなものですよね。」  



 しかし、宗治郎は複雑そうな顔で雪凪を見やる。



「え、な、何ですか……?」



 宗治郎くんにそんな顔で見られると恐怖で鼓動が高まるのですが……とは、口に出さなかった。



「……気をつけた方が良いよ。」 

「な、何がです?」

「……魔術の名家ほど、魔術師の質が落ちることを嘆いている。…………言い方は悪いけど、純粋な魔力の持ち主ほど、掛け合わせるのに、適した存在はいない。」



 一瞬どころか、数瞬経っても、いやたっぷり三十秒間、雪凪は宗治郎の言葉を一生懸命噛み砕いた。



「は、はは…いや、そんな乙女ゲームじゃないんですから……。」

「…………二年生以上の黒薔薇たちは、すでに婚約が決まっているそうだよ。」

「………………………………。」



 雪凪はぞっとした。

 いや、まさか自分にそんなこと言ってくるやつはいないだろう……とは思うものの、もし、雪凪の魔力だけを目的に近づいてくる人がいたなら、それはとても…………気持ち悪い。



「…ぜ、ぜったい、嫌です。そんなの。」

「そう、だよね。」

「わ、私……ちゃ、ちゃんと私を見てくれる人がいいですもん……。」

「うん…そうだよね。」



 雪凪はぐるぐると鈍く回転する脳で考える。えらい人がみんな、どんどん自分のこと好きになっちゃうなんて、泣いちゃう、なんて言っていた陽太が脳内に呼び起こされた。



(私は……ヒロインでも、好きになられるわけでもないですけど……なんか…なんでしょう、本当に、嫌、だ……。)



 宗治郎は、気の毒そうな、哀しそうな……様々な感情が入り混じった顔をしていた。いつでも超然としている宗治郎にそんな顔をさせるなんて、と頭のどこかで考え、少しだけ冷静になる。



「……もし、雪凪が、本当に嫌な思いをしそうになったら……」

「…なったら……?」



 宗治郎は、言おうか言わまいか、とても悩んだ顔をしていた。それでも、決意をしたのか、口を開き………しかし、その続きを聞くことは出来なかった。



 にわかに背後がうるさくなり、そちらに気を取られたせいである。――不自然に茂みが揺れ、小さな話し声が聞こえてきたのだ。





『お、おい!押すなよ!』

『いや、お前が押すな!』



 雪凪と宗治郎は顔を見合わせた。



『あんたたち!うるさいわよ!』

『うわ、ちょ、まっ……』  


 

 雪凪が、「あ」と思ったのと、木陰から複数人の男女が転がり出てきたのは同時だった。ずべしゃあ、と折り重なった少年少女たちは、雪凪たちの視線に気づくと、気まずそうな笑いを浮かべた。



「…は、…え?……な、」



 何でここに、と続けようとした雪凪の声は、突如大きな声で叫び始めた少年の声にかき消される。



「ご、ごめん!!!相引きの邪魔する気はなかったんだけど!!こいつらがどおしても!どおおおしても見たいって言うから!!」

「はあ!?あんただって乗り気だったじゃないの!」

「お、おい…やばいって……ぜってえ殺されるって……。」

「雪凪ぁ〜!ひどいよお!あたしたち、ずっと二次元に恋するって約束したじゃあんん!!」



 わなわな、と震え始めた雪凪を見て、宗治郎は少し後ずさった。



「な、何してるんですか!!みんな!!!」



「えへへ、ごめん〜」「いや、陽太がうち遊びに来てさあ、雪凪が魔術学園アストルからイケメン連れてきたって言うから」「ちょっと……ちょっと見るだけのつもりで!!」「雪凪あああひどいよおおお!」



 四人に一気に話され、雪凪は頭を抱えたくなった。さっきまでのシリアス返して欲しい。いや、返されても困るか…。



「友達?」

「ええ……。十三人しかいない同級生のうち、四人です。幼馴染みたいなものですね…。」

「幼馴染か…。」



 雪凪はわざと怒った顔をして、四人に近づく。



「うわっ来た!」

「来たとはなんですか!来たとは!」

「に、にげろ〜!」

「逃がしません!!」



 四人を追いかけ回しつつ、雪凪は実のところ、ほっとしていた。いきなり恐ろしいことを言われて、うまく飲み込めないでいた。だから、少しだけ逃げたのだ。どうせすぐに逃げられなくなるのだろうけど、この国に、自分の地元にいる時くらい、全てを忘れていたかった。













「へーい!パスパス!」

「おい!男子は左手投げだろ!」

「左で投げてます〜!」

「あんたは左利きでしょうが!」



 炎天下。

 中学校の体育館。

 


(………この暑い中……一体何をしているのでしょうか…。)



 雪凪は背後を取られないように逃げつつ、胡乱な眼差しで一人の少年を見つめる。「ドッジボールしようぜ!」と、言い出したのが薄い栗色の髪をした少年、幸音ゆきとだった。「は、はあ?」と睨みつけた雪凪に怯みもせず、「だってさ〜雪凪、久しぶりに帰ってきたのに、用事があるからって家に引きこもってただろ?」「そーよそーよ!付き合い悪いわよ!」とかなんやら。 



 いや、それが何故、蒸し暑い体育館でドッジボールをすることに繋がるのか?雪凪は疑問に思ったが、無駄にノリが良い同級生たちはメッセージアプリの招集にすぐさま応じ、宗治郎含めて十四人でドッジボールを始めることとなった。謎メンである。








「も……無理……。」



 何度かゲームをして、へばり始めた雪凪を含めた女子数人が体育館のはじに座って麦茶をがぶ飲みする。(日直で職員室にいた先生の差し入れ、だ)



 まだまだ元気な男子と女子数人は、バレーボールを始めたようだ。彼らはやけに宗治郎に話しかけていたので、経験者であることを聞き出したのかもしれない。



 ぽーん、とあらぬ方向へ飛んでいくボールをぼう、と眺める。



(……帰ってきて、ぼーっとしてること、増えましたね……。)



「ねえ、雪凪?本当に本当に彼氏じゃないの?」



 小学校時代、ずっと学級委員を務め、おそらく中学校でも務めているであろう少女、美里みさとがにやにやしながら話しかけてくる。



「違います。友達です。」

「ふうん、友達ねー?」

「宗治郎くんって、めちゃくちゃイケメン……というか、綺麗だよねえ。本当に幸音たちと同じ生き物?」



 それは初めて会った時私も思いました、と伝えると「だよね〜」と全員からしきりに頷かれた。そして、普通に「宗治郎くん」呼びなのが無性に面白い。雪凪がそう呼んでるからみんなも自然に呼んでいるのだけなのだが。この面白さは雪凪にしか分からないのがなんとも歯痒かった。



「宗治郎!ナイス〜!」

「殺人アタックやべー!」

「レシーブ下手くそすぎだろお前!!」



 ぎゃははは、となんとも下品な笑い声とともにそんな会話が聞こえてきて、思わず真顔になる。くん呼びどころか呼び捨てである。佐野あたりに知られたら…………と、背筋に冷たいものが走る。



 しかし、ちらり、と確認した宗治郎は気にしていないどころか、多分……嬉しそうだった。雪凪は少し不安になる。彼、本当に宗治郎くんでしょうか?昨日から表情筋が仕事しすぎではないですかね?変なエフェクトがかかっているところを見たことがない。もしかして、二重人格だったりします…??と普通に失礼なことを考えていた。



「じゃあ、まだチャンスがあるってことかあ〜。」

「これは頑張らなくちゃだね?」

「は、はいぃ?」



 雪凪は目をむいた。これはもしかしなくても恋バナってやつではないだろうか。え、まさか、宗治郎くんに一目惚れ???と呆気にとられた雪凪に、全員が残念そうな眼差しを送る。



「違うわよ。あんたよ、あんた。」

「……。」



 雪凪は鈍い方ではないと思っていた。だから、言われたことが一瞬、理解できなかった。



「え、え、だ、誰ですか?」

「ほら〜全然気づいてない!」

「哀れねぇ。」

「私たちからは言えないよぅ。」



 雪凪は、バレーボールに興じる男子たちを見る。全くもって全然分からなかった。……いつから、好意を持たれていたのだろう。



「あ、ありがたいのですが…………困ります。」



 ぼそ、と呟いた言葉に、三者三様の言葉を返された。



「ええ!何で何で〜いいじゃん!」

「あーこれは……無自覚ってやつかな?」

「??どゆことお?」

「も、もうやめましょう!この話!」



 えー、と不満の声を聞きつつ、雪凪はどきどきとうるさい鼓動を鎮めるのに苦労した。



(いきなりそんなこと言われても……だって、みんな幼馴染ですし……そんな風に見たこと……ないですし。) 



「おお〜!」

「ナイスフォロー!」

「俺、バレー上手くね?」

「ばーか!宗治郎のトスが上手いんだよ!」


 

 ハイタッチして勝利を喜ぶ宗治郎たちを見やる。同じ年頃の少年少女たちに、こんな風に囲まれている宗治郎を見るのは初めてだったし、学園ではきっと、今後も絶対ないだろう。


 様々な肩書きや立場に雁字搦めになっている宗治郎だが、ここではただの、「雪凪の友達の宗治郎」であり、もしかしたら、「新しく友達になった宗治郎」になれるのかもしれない。



(…宗治郎くんって案外、寂しがり屋さんですし、初めからみんなを呼べば良かったのかもしれません。)




「……雪凪のそれって、本当に無自覚なの?」



 美里が半眼になりながら言う。



「………自覚は、ありますよ。勿論。」

「ふうん?言わないの?」

「…………言えないですよ。」


 

 えー、なんでなんで!?と詰め寄ってくる友人たちに、おざなりな返事をする。












 ――だって、言ってしまったら、もう友達には戻れない。

 

 友達じゃなかったら、には、関われない。


 「友達」以外の立場で、宗治郎の隣に、十年後も立っていられる姿を、雪凪は想像出来なかった。








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