第10話 本人不在の生誕祭にご本人登場 上








「いやー!すげえな、流石東の国だわ。こんな文化があるなんて、俺様知らなかったぜ!」

「うふふふ、結構ポピュラーなんですよ!でも、まだ私もやったことなかったんです!」

「おお!やっぱりすげえな、セツナは!いつでも先陣を切っていくんだなー!」




 そこに痺れる憧れるぜ!と邪気の無い笑顔を向けられ、雪凪は笑った。もうここまで来るといっそ、清々しい気持ちである。





 ――本日は六月某日。

 さっぱりとした麗かな陽気である。六月の花嫁ジューンブライドとは、元々この国での気候が整っているから生まれた言葉。なのに東の国では言葉だけが一人歩きしている印象があるように思われる。


 

 とても良い天気で良かった、と雪凪は思った。何と言っても、本日は宗治郎の十四歳の誕生日。ささやかながらお祝いの席を用意した。お祝いするのが一人だけだと寂しい、という口実で委員長とユルゲンも呼んだ。以下、その時の会話である。





「宗治郎くんのお誕生会開きたいんですが、一緒にお祝いしてくれますか?」

「え…………も、もちろん!」



 今までにない食いつきように、雪凪は一瞬、あれ?もしかしてやっと信じてもらえた?私がイマジナリー宗治郎と交友を深めている訳では無いって、信じてもらえた!?と思った。ぬか喜びだったわけであるが。



「私、やってみたかったの!『本人不在の生誕祭』!」

「お、なんだ?そのホンニンフザイノセイタンサイってのは。」

「文字通り本人不在で誕生日をお祝いすることです!レンタルスペースとか借りて、ケーキや好物を用意して、あとは映像流したりするんですよ!」

「なんだそれカッケェ!!」



 それから、超ハイテンションで本人不在の生誕祭の準備をしている。本当に、何度、誠心誠意説明しても分かってもらえなかった。普通に酷いと思った。



「俺様、カフェテリアの個室予約しておくぜ!三人でいいか?」

「だから四人ですって。」

「おお……!気合い入ってんなー!分かったぜ!」

「ケーキはどうする?ビターチョコレートとか?イメージ的に。」

「それは私が準備するので大丈夫です。」

「なるほど!顔写真入りとか!?これは凄いものが見れそうね!」

「エート、あとはなんだ?映像?そんなんねーしなあ……どーすっか。」

「用意しないでいいです。全くもって用意しなくていいです。」



 思えば雪凪はこのとき、もっと強く止めておくべきだった。



「うふふふ、楽しみねー!」

「飾りつけとか、がんばろーぜ!」

「……………………はあーーーーー。」



 もう、どうにでもなれ、という気持ちと、せいぜい当日驚けばいいわ!という気持ちが半々。私のことを信じなかったせいなのだから、痛い目みればいいんです!アハ、アハハハハ……なんて気持ちでいたからか、神様はしっかり天罰を下さいました。重症通り越して瀕死になるのは雪凪なのであった。










「ふー!どうだ?けっこーいい感じだろ!」



 ユルゲンの顔を見ると感謝の念が薄れるので、そちらは一切見ずに雪凪は言った。



「ええ、とっても素敵です!」



 カフェテリアの隅の方には、予約で貸し切ることが出来る個室、というか大き目のヌックのようなものがある。複数人でわいわいやるためのものだ。その壁にユルゲンが飾りつけをしてくれた。銀と白と金の品のいい花飾り。黒のアイアンで描かれたHappy Birthday の文字。無駄にハイセンス。こんなに光るものを持ちながら何故中身が大変残念なのか誰か教えて欲しい。




「飾りつけオッケー!料理オッケー!あとは……ケーキね!」

「ええ、きちんと用意しましたよ。ほら。」



 パカ、と開けた白い箱の中身は、いちごがこれでもか!というほどのせられたデコレーションケーキ。今日のために予約して作ってもらった特注品であった。



「……。」

「……。」

「な、なんですか?」



 箱の中をじ、と見つめる二人。

 何かおかしかっただろうか、と雪凪はたずねた。



「え、いや……普通に美味しそうだなって。」

「お、おう。に、美味そうだよな。」

「いや、ケーキに何を求めていたんですか……。普通、に本人が喜んでくれるもので良くないですか?」

「あ……ああ、雪凪の中ではそういう設定なのね。」

「ツヨメノゲンカクってやつか!」




 ほうほう、と顎に手をやる二人。

 ………………もう……何も言うまい………………。




「じゃ、私……迎えに行ってくるので……ちょっと待ってて下さいね…………。」

「うんうん!楽しみにしてる!」

「おおお!すっげー!これがキュウキョクノオママゴトだな!!…………ん?なら俺たちも設定考えなくちゃじゃね?」




 後ろで、「あ、じゃあ俺、昔お世話になった先輩、でいくわ。」「ええ!?幻覚強すぎないです?」「ばっかだなー!こういうのは振り切れてこそだろ!」「……!そ、そうですよね!羞恥心ぬぐい捨てないとですよね!……なら、私、昔同じ幼稚園に通っていたけど、取り替え子だったことが判明して一般家庭に戻され、学園で再会したけど覚えているのは私だけ、なモブBで行きます。」「設定盛りすぎじゃね?」という会話が聞こえてくる。楽しそうでいいですね、と雪凪は爆発しそうな心臓をなだめながら思う。




(う、緊張で……お、お腹が痛い……は、吐きそうです…………。)




 足は震えそうだし、冷や汗も凄い。

 だって、めでたく……ハードモードだった学園生活が難易度ルナティックに変更されるのだ。 


 

 ▶︎たたかう

  にげる



 という選択肢にAボタンをプッシュし続ける。し続けないとうっかり逃げて本人不在の生誕祭を楽しんでしまいそうだ。




「にげちゃだめだにげちゃだめだにげちゃ……………」




 ぶつぶつ呟く雪凪に、カフェテリアで談笑していた生徒たちが、訝しげな視線を投げかける。しかし、自分のことで精一杯の雪凪は、そんな些細なことは視界のふちにも入らなかった。














「サーシャ!!貴様ッ!今日という今日はゆるさんぞ!」



 リュウは繊細な作りの肩を怒らせ、見た目は儚げな美少年に詰め寄った。



「きゃーこわーい。アマネ、たすけてー。」



 べ!と舌を出しながら、サーシャが宗治郎の肩に枝垂れかかる。その様子を見て、リュウはさらに怒髪天を向いた。



「き、さ、ま!アマネを巻き込むな!俺は、お前に物申したいのだ!」

「やだよお。お前と喋ってたらインキャうつるじゃん?」



 にやにやといやらしく歪められた薄紫色の瞳。彼らはいつもこの調子だ。馬が合わないのに、なぜか惹かれあう。ある意味、気になって気になって仕方がない存在なのだ。宗治郎には理解出来なかったが。



「クソうるせえ、外でやれよ。」



 イライラを撒き散らしながら、テーブルを指でトントンと叩くノア。彼は気分屋の気がある。本日はすこぶる機嫌が悪かった。



「はあ?ならお前がどっかいけし?」

「そうなのだよ。全く、自分の機嫌は自分でとって欲しいものだな。子どもではないのだから。」



 先程までいがみあっていたのが嘘のように、サーシャとリュウは徒党を組み始めた。馬鹿にしたような視線を向けるサーシャと、冷めた目で一瞥するリュウ。素直に煽られたノアは、テーブルを脚で蹴り飛ばした。



「おい!」

「何すんの!?本当に野蛮人なんだから!」



 床に固定されたテーブルは、倒れはしないものの大きく揺れた。カップから紅茶がこぼれ、白いテーブルクロスにしみが広がる。宗治郎は「クソ」辺りが聞こえた瞬間、カップとソーサーを手に持ってすでに避難していた。涼しい顔で紅茶を口に含む。



 三人は尚も言い争いを続けている。飽きずにまあ、毎日同じことを続けるものだな、と宗治郎は思った。そして、なんだかんだ仲が良いのだろう、とも。  



 ――「友だと?そんな薄ら寒い言葉で俺たちをくくるのでは無いよ。」とは、リュウの言葉。「はあ?クソインキャと自己中野郎と友達?笑えない冗談やめてよ。」が、サーシャの考え。「ダチだあ?必要ねーだろ。興味ねえ。」と鼻で笑ったのはノアである。そのくせ、「自分たち」の他の人間を排斥し、取るに足らぬと見下している。



 宗治郎は最近、自分が女王の学徒クイーンズ・スカラーに選ばれたのは、この問題児三人のをするためなのでは…………?と思うことが増えてきた。



 彼らは、魔術界の至宝である。

 歴史の浅い国である東の国とは違い、太古から脈々と受け継がれし血統を持つ、サラブレッドたち。



 しかし彼らは、その優秀さ故にぶつかり合ってしまう。その緩衝材として、自分が選ばれたのではないだろうか。何故か彼らは、自分にだけは突っかかってこないし、と宗治郎は五分の一くらい本気で考えていた。



(……そろそろ時間か。)



 宗治郎は胸元から時計を取り出して時刻を確認する。



 ――宗治郎君のお誕生日、一緒にお祝いしてもいいですか?あの、私の友達も一緒に。



 水色の少女が、少し自信なさげに聞いてきたのは一ヶ月も前のことだった。「ありがとう。楽しみにしてるよ。」と応えれば、少女は嬉しそうに笑った。彼女が笑っていると、自分も、嬉しい。初めて出来た友人は、宗治郎にさまざまな感情を教えてくれた。そして宗治郎は、いつの間にか世界が、少し色づいたことに気付いたのだ。



 友達は、いなくても「人生」に支障はないのだろう。しかし、もし雪凪ともだちと会えなくなったら、世界が少し、いや……とても、色褪せてしまう。それでも何も変わらず宗治郎は生きていけるだろうが、きっと「さみしさ」を抱えたままだ。雪凪に会い、宗治郎は自分の中にある、ぽっかりとした穴の存在に初めて気づいた。今は雪凪が埋めてくれて、宗治郎は穏やかな気持ちになれている。そうしてまた気付く。今まで、ずっと、何かに追われているような気持ちだったことを。



 人は、誰かと関わらずには生きていけない。……いや、もしかしたら、そうでない人もいるのかもしれない。けれど大半の人間は、他者との関わりの中で己を知り、世界を広げ、自他を慈しむのだろう。少なくとも、自分はそういう人間だったのだ、と宗治郎は思う。そのことに気付き、宗治郎は少しだけ自分のことを好きになることが出来た。何のことはない、自分も、他者と触れ合い、助け合いながら生きていくことを望む、だったのだ。そのことが何より、宗治郎は嬉しかった。




「じゃあ、僕は用事があるから。失礼するよ。」

「え、どこ行くのアマネ。」

「今日は生徒会の仕事もねーんだろ?」

「……誰かと会うのか?珍しいな。」



 三者三様の驚きの声をあげられて、宗治郎は「そういえば、彼らといる時に席を外すことはなかったな」と思った。そして若干心配になる。



「……お前たち、僕がいないところで喧嘩するなよ。」



 なまじ能力も立場もある彼らだ。何かが起きた時、誰も止められない。……ああ、こういうところから保護者扱いになっているのか?あまりお節介を焼きすぎるのも良くない、か、と宗治郎は無表情の下で反省していた。うん、かれらのためにも少し距離を取ろう、と。



「ではまた。」

「え?本当に行くの?」



 戸惑いを含んだ声音に、宗治郎はサーシャをつい見返してしまった。しかし、本人もよくわかっていないようだった。



「ああ。約束があるから。」

「アマネが約束?上級生か?」

「違うよ。」

「俺らが知ってるやつか?」

「知らないと思うよ。」



 ふーん、と聞いておいて興味の無さそうな声音に、宗治郎は少し嫌な気持ちになる。普段僕に興味などないくせに、急いでいるときに限って質問攻めとはなんなんだ、と。



「ソイツってさー……」



 サーシャが宗治郎に問いかけようとした時だった。近寄ってきた誰かの存在に気付き、四人はそちらを見やる。サーシャは一瞬、反応が出来なかった。女王の学徒クイーンズ・スカラーの専用席に近寄ってくる一般生徒など今までいなかったし、それ以外でも「暗黙の了解」のように、四人でいるときに他者から声をかけられることはなかった。なので、呆気に取られてしまったのだが、すぐに怒りが沸き起こる。何故か気が立っていた。




「……何か用?」




 そう聞いてやるだけでも自分は優しい、とサーシャは思っている。現に、リュウは存在を無視しているし、もう少しすれば、ノアは「失せろ」ぐらいは言いそうだ。宗治郎はきっとにこやかに対応するだろうが、サーシャはそれをなんとなく、させたくなかった。



「……迎えに来ました。」

 


 そう言った少女の顔を見ると、いっそ見事なほど青ざめていた。意味が分からず固まっていると、かたわらの宗治郎が心配気な視線を送っていることに気付く。彼が実は、かなり気を回す性質なのだ、とサーシャが気付いたのは出会ってからしばらくしてからだ。宗治郎と共にいると、苛立つことが少なく、何故かと思い彼を観察してみたところ、衝突が起きそうな場面でさり気なく回避できるように話題を誘導したり、それとなく諌めたりしていたのだ。



 サーシャは、器用で物好きな人間も居たものだ……と、感心した。ちなみに彼が同年代の人間にわずかでも敬意の念を抱いたのは、これが生まれて初めてである。その時から、サーシャは、宗治郎を。共にいて、と感じる初めての人間を見つけたのだ。



「……大丈夫なのか?」



 声音には、どこか戸惑うような色が滲んでいた。サーシャは、「え」と宗治郎の顔をまじまじと見つめる。宗治郎は、「執着心」というものが存在しない人間である、とサーシャは思っていた。あるがままに生きているように見えるのに、いつの間にか、場の中心となっている。決して言葉は多くないのに、サーシャたちでさえ、何となく彼の顔色をうかがってしまう。不思議な求心力のある人間だった。サーシャとは系統の違う、うつくしい顔に、笑みを乗せているときが多いけれど、本当のところは笑ってなどいない。そういう人間だ、と思っていた……なのに。



「ええ、今までごめんなさい。……行きましょう。宗治郎くん。」



 ぎょっとしたのは、自分たちだけではない、とサーシャは思う。先程からさり気無く聞き耳を立てていた周囲の人間が凍りついている。からん……とカトラリーが落ちる音が聞こえた。



 少女は、際立って美しくもなく、かと言って醜くもない。着崩すことなく制服を着用しており、背筋はぴんと伸びている。愚直なまでに真面目で、誠実そうな雰囲気のある少女だった。唖然と見つめる視線をかいさず、宗治郎は、眩しいものを見るような顔で、少しだけ切なそうに、でも、嬉しそうに笑った、ようにサーシャには見えた。




「じゃあ、お前たち、本当に、喧嘩するなとは言わないが、加減を…わ、」




 立ち上がった宗治郎が、「あ」という表情で振り返り、いつものように小言を連ねようとしたが、最後まで聞くことは出来なかった。宗治郎の手を、パッと掴んだ少女がぐんぐんと歩きだしたからだった。



 セツナ!?と驚いたような宗治郎の声が遠ざかっていく。進んだ先でも人々の困惑を招いているのか、「騒がしい」とは言わないものの、それなりに音があったカフェテリアが一気に静まっていく。



「…………。」

「……………………。」

「……な、なに…………あれ…………。」



 サーシャは、しばらく呆気に取られ、去っていく二人をじっと見つめていた。 


 ……羞恥を覚えて我に帰る。

 すっかり気の抜けた顔をノアとリュウに見られてしまった、と慌てて二人をこっそり見る。しかし、サーシャの心配は杞憂に終わった。衝撃から最初に立ち直ったのはサーシャなのであった。ノアは目を見開いて固まったままだし、リュウに至っては驚き顔を通り越して間抜け顔だった。サーシャはほぼ無意識と習慣(おちょくりの)でスマホを取り出し、



 カシャ



「…………。」

「…………。」

「…………。」



 二人の鹿を写真におさめたのだが、怒りの声が聞こえてこない。相当に重傷のようだった。



(…………この二人、アマネにへんな、押しつけてたからなあ……。) 



 と、考え、サーシャはふるり、と首をふる。それは自分も同じだったのかも知れない、と。けれど、サーシャはだからといって、自分が何を望んでいるのかまでは分からなかった。心がなんとなくざわついて、チクチクして、ぎゅっと締め付けられる。この気持ちが、何なのか、こんなこと、今まで感じたことがないサーシャには、見当もつかなかった。



(………アマネって…普通に、笑うんだ、な……。)










 

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