第45話 守護神レーヌと時の精霊ヴォルム 2/2

 やぁ。来てくれたね。

 待ってたよ。

 あぁ、気にしないで。

 僕も一度、王国へ戻っていたから。

 レーヌ嬢?

 レーヌ嬢は、ヴォルムの所へ行ったままだけど?

 あの場所の時間は、まだ動いていないはずだよ。だから、レーヌ嬢はどれくらいこの世界を離れているのか、ここに戻ってから初めて知る事になるだろうね。

 あまりに申し訳ないから、さっき部屋の掃除だけはしておいたんだ。

 帰って来た部屋が、埃まみれだったら、嫌でしょう?


 さて。

 続き、見てみようか。


 ※※※※※※※※※※


「そなたは、謀られたのではないか?」

「えっ?」


 ヴォルムの言葉に、空間の空気が瞬時に張り詰めた。


 いつ。

 どこで。

 誰に。


 ヴォルムはそのどれについても、口にしてはいない。

 けれども、レーヌの顔は見る見るうちに強張り始める。


「誓い通り、真実をもって答えよ」

「・・・・っ」


 ヴォルムから目を逸らしたレーヌは、固く唇を噛みしめている。

 その姿からヴォルムは、答えたくない、のではなく、答えられない、との悲痛な叫びを感じ、ふぅ、とため息を一つ吐く。


「我は、光と闇の精霊より真実を得た。あの時、各国の守護神が集まる場で何が話し合われていたのか。そなたも知っての通り、どのような場所においても光や闇が無い場所など無い。光と闇の精霊は誰にも与さず公正な真実を我に話してくれた。我を、自らの意思で主を持った愚かな精霊だと憐れんでな」

「え・・・・」

「どのような場所にも、時は流れる。主さえ持たねば、我にも知りえた真実。主を持った我は、主の望まぬ力は使えぬ。我にはあの、守護神が集まる場所で何が成されたのかを、知る術は無かったのだ」


 自嘲の笑みを浮かべ、色を失くしたレーヌの顔をヴォルムは見つめた。


「遅きに失したのは、我のプライド故。そなたが守護神の任を解かれる前に、こうすべきであった」

「ヴォルム・・・・」


 初めて見せるヴォルムの苦悩の表情に、レーヌの目が大きく見開かれる。


「守護神の集まる場で話された事は、口外してはならぬ決まりだそうだな。だが、今のそなたにはその掟を守る義務は無かろう?既にそなたは守護神でも神でもあるまい」

「・・・・ですが」

「融通の利かない頑固さは相変わらずなことだ。だが、突拍子もない行動力も、そなたの持ち味では無かったか」

「何がおっしゃりたいのです?」

「我はその突拍子の無さを、少なからず買っていたのだがな」

「・・・・褒められている気がしませんけれど」

「その、我を時の精霊と知った上での気の強さも、我にとっては好ましいものだ」

「ヴォルム?あなたはわたしに何を」

「よかろう。では、黙って我の話を聞くがよい。そなたの答えなど、言葉にせずとも我には分かる」


 口の端を僅かに上げてヴォルムはレーヌを見つめる。

 それは。

 どのような時でも影となり支え、時に矢面に立って守護神レーヌを支え続けてくれた時の精霊ヴォルムが時折見せていた顔。


『心配は無用だ。後は我に任せておくがいい』


 遠い過去から、ヴォルムの声が聞こえたように、レーヌには思えた。



「あの時分、周辺国では人間の争いが絶える事は無かった。何故だか分かるか?それぞれの国の守護神たちが、人間をけしかけていたからだ。人間をけしかけて国内で争いごとを起こし、その争いごとを国外にまで広げる事によって、己の守護する国を拡大する。これが、守護神たちの狙いであったようだ。そして、狙われたのはそなたの守護する国。すなわち、ギャグ王国とロマンス王国。そなたの惜しみない愛情を注がれた両王国の民たちは、真っすぐで美しい魂の民たちばかり。国としても順調に成長しておった。狙われるのも無理は無かろう。加えてそなたは守護神としてはまだまだ未熟だった故、与しやすいと考えられたのだ。そんな時分、時の精霊である我がそなたを主として付いてしまった。そなたは我の力を決して己の為に使おうとはしなかったが、他の守護神たちはそなたに恐れを成してしまったのだよ。いつかそなたが、我の力を使って守護する国を奪いに来るのではないかと。そうなる前にと、守護神たちははかりごとをめぐらし、そなたを守護神の座から追い落したのだ。そなたは守護神たちからそそのかされたのであろう?このままでは人間たちが両王国に攻め入るのも時間の問題。守護神が神として力を使い人間の国を守ることは掟に反するが、人間が己の持つ力を使って国を守る事には何ら問題は無い。この場の出来事は口外はされぬ故、両王国を守りたければ人間にそなたの力を分け与えてはどうだ、と」

「・・・・そ、んな・・・・あり得ません。守護神が自国の民に争いをけしかけるなど」

「その甘さに付け込まれたのだ、そなたは」


 小さく頭を横に振り続けるレーヌに、ヴォルムは淡々と話を続ける。


「そなたには、結界を張る力が備わっていた。その力でそのか細い身を守って来たのであろう。だが、守護神として国を守るためには使えぬ力。随分歯痒い思いをしていたこと、我が知らぬとでも思っていたか」

「何故それを・・・・」

「何故?それは我の言葉。何故真っ先に我に伝えなかった?口外してはならぬ決まりだからか?ならば理由は伝えずとも、人間たちの争いの火種が我らの国に降りかからぬよう、我の力を使えば良かったのだ。いくらでも方法はあった」

「・・・・申し訳、ありません・・・・」

「謝罪すべき相手は我ではない」

「えっ?」

「そなたが後先考えずに力を分け与えてしまった人間であろう」

「はい・・・・」

「我の力まで、分け与えるとは」

「申し訳」

「もうよい。我はそなたの謝罪が欲しいのではない」


 目の前で、体を小さくして頭を下げ続けるレーヌに、ヴォルムはやれやれと小さく息を吐く。


「口外されぬはずの事がなぜ漏れたか、そなたには分かるか?」

「いえ・・・・」


 ヴォルムの問いは、これまでずっとレーヌが胸に抱え続けていた疑問。

 何故、自分が人間に力を分け与えた事が漏れてしまったのか。

 疑問が解消されたところで、自らの罪が消えるわけもなく、また答えてくれるであろう相手も見つけられぬままレーヌはこれまで疑問を抱え続けてきた。

 けれども。


「人間が持たざる力を使えば、それは自然と誰の目にもつく。耳にも入る。そなたをそそのかした守護神たちは、それすらも計算済みだったのだ」

「・・・・あぁ」


 長年の疑問が解消され、感嘆の息を漏らすレーヌを、ヴォルムは呆れ顔で見やる。


「甘いうえに、鈍い・・・・それでよく、守護神が務まったものだな」

「・・・・申し訳、ありません・・・・」

「薄汚い謀略を巡らす守護神どもよりは、遥かにマシだが。おかげで、そなたの国は今でも、我にとっては居心地がよい。もちろん、民たちも皆同じであろう」


 項垂れるレーヌに掛けられたヴォルムの言葉に。

 レーヌの目から一筋、涙が流れ落ちた。



 ※※※※※※※※※※


 これが、故意に削除された事実、隠された真実、だよ。

 守護神レーヌは、確かに掟を破った。

 それは事実だ。

 けれども、掟を破るよりも遥かに汚い事を、他の国の守護神たちは行っていたんだ。

 何の咎を受ける事もなく。

 彼らは今でも、何食わぬ顔をして守護神として居座っている。

 おかしいじゃないか、こんなこと。

 レーヌ嬢だけが、こんなに重い罰を受け続けるなんて、僕には到底納得ができない。

 レーヌ嬢も認めたことだし、これで心置きなく実行に移せるよ。

 僕の計画を。

 良かった、あなたにも知って貰えて。


 ああ、もうすぐレーヌ嬢が帰って来る。

 僕はもう行くよ。

 進捗は報告しに来るから。

 じゃあ、またね。

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