第8話 そんな誠司君だから私は好きになったのよ

 目を覚ましたことで自分が眠っていたんだということに気が付いた。


「す、すみません。奈美さん。寝てまし……」


 謝ろうと思って運転席を見ると、奈美さんはすやすやと寝息をかいて眠っていた。

 その顔は心なしか微笑んでいるように見える。 

 何か良い夢でも見ているのだろうか。

 そう思った瞬間、「誠司君。好き♪」と不意に言われドキッとした。


「な、なんだ……寝言か」


 いや、寝言の破壊力!?

 不意打ちを食らって僕の心臓が張り裂けそうなくらいドキドキ言っている。

 車の中に僕の心臓の音が響く。

 その音を鎮めようと深呼吸をして、ここがどこなのかを確認することにした。

 車の窓から外を見てみた。

 どうやらどこかの駐車場らしい。他にも何台か車が止まっていた。


「あぁ~ん。ダメよ誠意君♡ こんなところでダメよ♡」

「んぅ!?」


 一体どんな夢を見てるんですか奈美さん!? 

 とろけそうなほど甘い声が隣から聞こえてきて居心地が悪くなった。

 外に出て空気でも吸おう……。

 そう思って、扉を開けようとしたその時、急に奈美さんが抱きついてきた。


「な、奈美さん!?」

「あぁ~ん。誠司君♡ 好き好き大好き♡ 一生離さないから♪」


 そう言いながら僕のことを抱きしめる力を強めて、その豊満なおっぱいを惜しげもなく僕の顔に押し付けてくる。

 至福の感触……って、味わってる場合か!? 

 奈美さんめっちゃ力強いんだけど!?

 このままだと窒息死してしまう!?

 僕は奈美さんの肩をトントンとして「奈美さん」と何度も名前を呼んだ。


「お、おふぃてくだふぁい……」


 おっぱいに顔が埋まってうまくしゃべれない。


「誠司君。くすぐったいわ♪」


 そろそろ本当にヤバい……。

 意識が……。 

 最後の力をふり絞って、僕は奈美さんの肩をもう一度トントンとした。


「あれ……誠司君?」

「は、はなしてくだふぁい」

「せ、誠司君!? ごめんね!」


 奈美さんは僕の異変に気が付いてすぐに離れてくれた。

 僕は無意識に空気を吸い込んだ。


「た、助かった……」

「ほんとにごめんね。私寝ぼけてて……」


 奈美さんはなぜか涙目になっている。


「だ、大丈夫ですよ」

「よかった~。よかったよ~」


 ボロボロと涙を流した奈美さんは僕の胸に顔を埋めた。

 そんな展開に僕はどうしていいのか分からず戸惑う。

 なぜ奈美さんが泣いているのか? 

 こんな時にどうすればいいのか?

 何も分からない僕はあたふたとするしかなかった。


「誠司君が死んじゃったら私……」

「大丈夫ですよ。この通り生きてますから」


 そう奈美さんに言うと、奈美さんは縋るような目を僕に向けてきた。


「許してくれる?」

「許すも何も……奈美さんは何も悪いことしてないじゃないですか」

「本当に?」

「本当です」

「よかった~」


 奈美さんはホッとした様子で僕のことを見上げた。


「あの……そろそろ離れてほしいんですけど、ダメですか?」


 さすがに僕も男なのでいくら理性が働いているとはいえ、生理現象には勝てない。

 密着されてなくてよかったと思った。

 でも、少しでも奈美さんがこちに来てしまったらバレてしまう。


「もう少しだけこうしてちゃダメ?」


 甘えるようにそう言われて見つめられては断れない。


「も少しだけ誠司君とこうしていたいの」


 さらに追い打ち。

 少しでも生理現象を抑えようと深呼吸をすると、僕はコクっと頷いた。


「だけど、それ以上は近づかないでください」


 僕がそう言った意味を奈美さんは理解したのかチラッと下半身を見て「分かったわ」と頷いた。

 それからどのくらい抱き合っていただろうか。

 僕は奈美さんが満足するまで身を委ねていた。


「ありがとう。もういいわ」

「……そうですか」


 奈美さんは僕から離れた。

 満足したようでその顔には優しい笑みが浮かんでいた。


「ねぇ、誠司君。少し公園内を歩かない?」

「ここ、公園だったんですね。いいですよ」

「ありがとう」


 僕と奈美さんは車から出ると公園に向かった。 

 ここはいわゆる森林公園で僕たちが歩いている道の両側にはたくさんの木が生えていた。


「空気が美味しいわね」

「そうですね」

「誠司君。さっきはいきなり泣き出してごめんね」

「いえ……」

「驚かせちゃったよね」


 奈美さんが僕の手を握ってきた。

 震えてる……。 

 繋いできた奈美さんの手は震えていた。


「奈美さん?」

「ごめんね。いきなり泣き出すような情緒不安定な女は嫌だよね」

「その、驚きはしましたけど、そんなことで嫌いになんてなりませんよ?」

「本当に?」

「嘘言ってどうするんですか。本当です」

「そっか」


 奈美さんは安心したように笑った。


「誠司君はやっぱり優しいね」

「それくらいしか僕には取柄がないですから」


 僕が苦笑いを浮かべてそう言うと、奈美さんは怒ったように反論してきた。


「そんなことないわよ! 誠司君は素敵な人なんだから! それに優しいことはいいことよ! 私はそんな誠司君の優しさに救われたんだから!」

「あれは、たまたまですよ。たまたま僕がそこを通りかかっただけですから」

「それでも、助けてくれたのは誠司君の優しさじゃない。見て見ぬふりだってできたわけなんだから」


 奈美さんは握る手に力を入れた。


「そんな誠司君だから私は好きになったのよ」

「えっ……」


 突然の告白に僕は目を丸くして立ち止まった。


「もぅ、驚きすぎじゃない? 朝、言ったじゃない。私は好きでもない人の誕生日を祝いたいとは思わないし、抱きついたりしないって」


 やっぱりあれはそういうことだったのか……。

 ということは、さっきのも……。


「こうやって手を繋ぎたいと思うのも誠司君だからだよ。誠司君以外の男とは手を繋ぎたいなんて思わないもの」


 奈美さんは繋いでいる僕の手を擦ってきた。


「ごめんね。急にこんなこと言って。別に今すぐに誠司君の返事が聞きたいわけじゃないから。安心して。ただ、なんとなく誠司君に私の気持ちを知っておいてほしかったの。私が誠司君のことを好きだっていうことをね♪」


 そこでようやくいつもの奈美さんらしい笑顔を僕に向けてくれた。


「あ~あ。とうとう言っちゃった♪ 私の気持ち♪ ま、いっか。知ってもらってた方が誠司君のことをドキドキさせられるもんね♪」


 ニヤッと笑った奈美さんは小悪魔のようにも、悪戯っ子のようにも見えた。 

 そんな奈美さんの告白を僕はただただ聞くことしかできなかった。


「誠司君に私のことを好きなってもらうためだったら私は遠慮しないからね♪ 嫌いになる隙なんて与えないから♪」 


 どうやら僕はとんでもない人に好かれてしまったらしい。

 僕は今日無事に家に帰れるのだろうか……。


「ところで誠司君。晩御飯なんだけどね。高級フレンチと普通の料理だったらどっちがいい?」

「高級フレンチなんて、さすがに申し訳ないので普通の料理で大丈夫です」

「ふふ、誠司君ならそう言うと思ったわ♪ じゃあ、帰りに食材買って帰りましょうか♪ とっておきの手料理を誠司君にご馳走するわ♪」

「て、手料理!?」


 まさか普通の食事が奈美さんの手料理だとは思っていなかった僕は思わず大きな声を出した。


「ふふ、楽しみだわ♪ 私の手料理を食べた誠司君がどんな反応をするのか♪」


 この数十分であまりにもいろんなことが起こりすぎて、思考が停止しそうだったが、奈美さんが僕にたくさん質問してきたので停止している暇がなかった。 

 散歩を終えた僕たちは車に戻ると夕飯の食材を買うために、映画を見たショッピングモールへと向かった。


☆☆☆

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