第6話 別にいいのよ? 見たかったら好きなだけ見てくれても♪

「それで奈美さん。どこに連れて行ってくれるんですか?」


 僕は運転中の奈美さんに話しかけた。

 マンションを後にした僕たちは現在奈美さんの車で移動中だった。

 相変わらずその横顔は凛々しくてカッコいい。


「まずはね。映画を見に行こうと思ってるんだけどいい?」


 チラッと僕の方を見て奈美さんはそう言った。

 目が合って奈美さんは微笑んだ。


「映画か~。映画館で映画見るのいつぶり……」 


 だろう、と言いかけたところで、僕のお腹が声をあげた。

 あ、そういえば、朝ごはん食べてないんだった。

 聞こえたかな? と奈美さんのことを見るとまた目が合った。

 どうやら聞こえてしまったらしい。恥ずかしい。


「ふふ、可愛い音♪ もしかして朝ごはん食べてないの?」

「……はい」

「我慢できる? お昼までまだ二時間くらいあるけど。コンビニによっておにぎりでも買う?」

「いえ、大丈夫です。お昼まで我慢します。映画に間に合わなかったら嫌なので。ちなみになんの映画を観るんですか?」

「そう? 遠慮はしないでね?」

「遠慮なんかしてませんよ」

「ならいいんだけど」


 奈美さんが心配そうにこちらを見たので微笑みを返した。すると奈美さんは安堵したように目を細めた。


「それで、映画は何観るんですか?」

「映画はね~。今話題の恋愛映画を観ようと思ってるんだけど、いいかな?」

「はい。僕はなんでも。映画観に行かないんで今何やってるか分かんないので、奈美さんにお任せします。というか、今日はすべて奈美さんにお任せします」

「あら♪ そんなこと言っていいの?」

 信号が赤になり車が止まった。奈美さんが僕の右足に左手を乗せてきて擦ってきた。

「な、何してるんですか!?」


 今は車の中でシートベルトもしてるから逃げ場がなかった。奈美さんはそのたれ目をさらにと~ろんとタレせて妖艶な雰囲気を醸し出す。


「私にすべて任せてくれるってことは、つまり何しても許されるってことよね?」


 その口調があまりにも甘すぎて思わず頷きそうになってしまった。まるでこの世界に二人だけしかいない感覚に包まれたのは車の中で二人きっりだからだろうか。

 とろ~んととろけさせたそのたれ目から僕は目が離せなくなっていた。

 しかし、後ろの車のクラクションの音で現実に引き戻された。

 どうやら信号が青になったらしい。


 奈美さんは「信号のバカっ」と可愛く呟くと車を走らせた。

 あ、危なかった……。あのまま見つめ合っていたらキスでもしそうな雰囲気だった。

 それから映画館のあるショッピングモールにつくまでの数分はボーっとして何も考えられなかった。



 映画館の中には結構人がいた。


「人多いですね」

「だね〜。さすが今話題な映画だけあるね〜」

「席空いてますかね?」

「大丈夫! ちゃんと予約済みだから♪」

「あ、そうなんですね」

「うん! カップルシート♪」

「え・・・・・・今なんて言いました?」


 俺が目を見開いて聞き返すと、奈美さんは悪戯に成功した子供のようにニヤリと笑った。


「カップルシートだよ♪ カップルシート♪」

「な、なんでそんな席にしたんですか!? 普通の席でよかったじゃないですか!?」

「え〜。だって、普通の席だとイチャイチャできないじゃない!」

「いや、映画館ってそういう場所じゃないですよね!?」

「なんのためにカップルシートがあると思ってるのよ。映画を見ている間でもイチャイチャするためでしょ?」

「違いますよ・・・・・・たぶん」


 え? 世の中のカップルは映画中もイチャイチャしてるの?

 てか、僕たちはそんな関係じゃあ・・・・・・。


「もぅ、細かいことはいいじゃない♪ ほら、飲み物とか買って行きましょう! 始まっちゃう!」


 奈美さんは戸惑っている僕の手を取った。

 売店で中くらいのポップコーンと飲み物を買うと僕たちは映画館の中に入って行った。 


「これがカップルシート・・・・・・」

「みたいね。私も実物は初めて見たわ」

「そうなんですか?」

「ええ・・・・・・」


  カップルシートは館内の一番後ろにあった。

 作り自体はシンプルで座席が二つくっついていて、その間に小さなテーブルが置いてあった。

 普通の座席と違うのは隣との座席を区切る腕置きが通路側にしかないことくらいだろうか。

 こんなのどうしても肩と肩が触れ合ってしまうだろ……。

 しかも今日の奈美さんは肩が出ている白のオフショルダーにピンクのレースのロングスカートと夏らしい装いで、足元は赤いヒールを履いていた。

 だから、奈美さんの生の肩と触れ合うことになる。


「ねぇ、早く座りましょ♪」


 そう言った奈美さんは左側の椅子に座って僕のことを手招きしている。通路にいつまでも立っていると他のお客さんの邪魔になるので、緊張しながら僕は奈美さんの隣の席に座った。

 これは映画に集中できなさそうだな……。

 奈美さんが少し動くだけで髪の毛からふわっと甘い匂いが漂ってくるし、肩が触れている。映画館の暗い環境と相まって頭がくらくらしそうだった。


「ふふ、近いね♪」

「そ、そうですね……」

「ほら、手だって繋げちゃう♪」

「ふぇ!?」


 いきなり手を繋がれて変な声を出してしまった。


「ふふ、可愛いわね♪」

「も、もしかしてずっとこの状態ですか?」

「そうね~。今日はすべて私に任せてくれるんでしょ?」

「ぐっ……」


 そう言われてしまっては言葉も出ない。

 あんなこと言ってしまったのは失敗だっただろうか……。

 嬉しくないわけでは、ドキドキしてしまって、心臓がいくつあっても足りない気がしてきた。


「誠司君が嫌だったら離すけど……」

「い、嫌では……ないです」

「そう♪ ならよかった♪」


 そう言いながら奈美さんは指を絡めてきて、恋人繋ぎをしてきた。


「こうしていると恋人同士になったみたいだね♪」

「な、何を……」

「あ、映画始まるよ!」


 俺が戸惑ていると、ブーという映画の始まりの音とともにスクリーンを覆っていたカーテンが開いていく。


「楽しみだね!」

「そ、そうですね……」


 映画が始まり薄暗かった館内が少しだけ明るくなった。

 隣の奈美さんの顔がさっきよりもハッキリと見える。奈美さんは真剣に映画を見入っていた。そんな奈美さんの横顔に僕は見惚れてしまっていた。


「私の顔に何かついてる?」

「え、あ、いえ……」


 そんな僕の視線に気が付いたのか奈美さんがこちらを向いて小首を傾げた。


「じゃあ、なんで私の横顔を見ていたのかな~?」 


 奈美さんは僕が見惚れていたことに気が付いているのだろう。ニヤッと笑った。


「私の横顔に見惚れちゃった?」

「は、はい……あ、ち、違くて……」

「別にいいのよ? 見たかったら好きなだけ見てくれても♪」


 そう言って奈美さんは僕の手をぎゅっと握りしめてきた。さらに僕の手の感触を確かめるように擦ってきた。


「誠司君の手スベスベね♪」

「な、奈美さんの手の方が……スベスベですよ」

「あら、そう? ありがとう♪ 嬉しいわ♪」


 嬉しそうに微笑んだ奈美さんはポップコーンを一個食べるとスクリーンに視線を戻した。

 奈美さんは最後まで映画に見入っていたが、僕は最後まで映画に集中することはできなかった。

 

☆☆☆

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