美人姉妹が僕のことを好き過ぎる件

夜空 星龍

第1話 あなたのためなら、私は……

『セイント・ビッチホテルのレストランに二十時までに来い。来なかったら、お前の恥ずかしい写真をネットにばら撒く』


 そんな脅迫めいたメッセージが僕のスマホに届いたのが十九時三十六分。

 僕は急いでベッドから起き上がって、着替えを始めた。

 そしてホテルの場所を地図アプリで検索した。

 僕の家からセイント・ビッチホテルまでは徒歩で三十分だった。


 どう考えても遅刻確定だ。

 それでも一分でも早く行って、土下座でもなんでもして、絶対にあの写真がばら撒かれるのだけは阻止しなければ僕の人生が終わってしまう。

 僕の人生は山崎凰太という陽キャの気分一つで破滅する。

 着替えを終わって家を出たのが十九時四十分。

 鍵を閉めてエレベーターに向かい下りるボタンを連打した。


「くそっ! 階段の方が早いか!」


 そう思って階段に向かおうとしたところでチンとエレベーターが到着した。

 急いでホテルに向かうことしか頭になかった僕はエレベーターの中に人がいることに気が付かずぶつかった。

 ふわふわな感触の柔らかなものに顔が埋まり「ぁん・・・・・・」という甘い声が耳に聞こえてきた。

 そこでようやく僕は誰かにぶつかったんだと認識した。

 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。てか、何かの柔らかな感触。


 ずっとこうして顔を埋めていたい……。

 そう思うほど、それは人をダメにしてしまいそうな感触だった。

 この感触をどう表せばいいだろうか?

 干したての布団?

 マシュマロ?

 そんなもんじゃない。

 そんなものよりも柔らかくて、それはまさに至福の感触だった。

 て、そんなこと考えてる場合じゃなかった!?


 僕は名残惜しみながらもその至福の感触から顔を離した。

 顔を離して、服越しでも分かる豊満な膨らみを見て、ようやくその感触の正体に気が付いた。

 おっぱいだった……。

 それを知った瞬間、僕の顔から血の気が引くのが分かった。

 とにかく謝らないと……。

 その一心で僕は何度も「ごめんなさい」と目の前の女性に謝った。

 もしかして僕は逮捕されるのだろうか……。

 そう思うと怖くてぶつかった相手の顔は見れなかった。だから、目の前にいるのが誰なのか僕は気が付いていなかった。


「あの、本当にごめんなさい。急いでて、その……」

「ふふっ、誠司君。もう謝らなくていいから顔を上げて」


 聞き覚えのある声だった。その声を聞いた瞬間、僕の中から恐怖心が消えた。

 恐る恐る顔を上げてみると、そこに立っていたのはお隣の星川奈美さんだった。

 黒髪のストレートヘアは艶やかで、パッチリ二重の大きな目は少したれ気で、ピンク色の薄い唇は色っぽい。その顔からは上品さと可愛さが滲み出ている。

 

 おっぱいは大きく、くびれは引き締まっている。手足はスラっと長く、まさに男性の理想を体現したような女性。

 そんな奈美さんはニッコリと笑っていて、僕がおっぱいに顔を埋めたことなんて何も気にしていない様子だった。


「いきなりのことだったからビックリはしたけどね。怒ってはないよ」

「本当ですか?」

「うん。だから、もう謝らないで、ね?」


 ああ、なんて寛大な人なんだろう。奈美さんは。

 これが奈美さん以外の女性だったらビンタの一つでもされていてもおかしくはなかったというのに、奈美さんは僕にウインクをして許してくれた。

 そのことに安堵しつつも、お詫びはしないといけないと思った。いや、お礼といった方がいいかもしれない。とにかく後日、奈美さんにはちゃんとお詫びをしよう。


「あの、今は無理ですけど、僕にできることならなんでもするので、また後日お詫びをさせてください」


 僕は奈美さんにそう言うと一階のボタンを押した。

 しかし、奈美さんが一向にエレベーターから降りようとしない。


「奈美さん? 降りないんですか?」


 閉じるボタンを押したかったのだが、奈美さんがエレベーターから降りようとしないので、押すに押せなかった。


「急いでるんでしょ? どこに行くの? 車で送ってあげる」


 奈美さんはそう言うと閉じるボタンを押した。

 エレベーターは一階へと向かって降下し始めた。


「それでどこに行くの?」

「本当に送ってくれるんですか?」

「うん。いいわよ」

「それは、凄く助かります」


 もしかしたら、間に合うかもしれない。そんな淡い期待が僕の中で芽生えた。

 僕はスマホで時間を確認した。現在時刻は十九時四十五分だった。


「実は、二十時までにセイントビッチ・ホテルというところに行かないといけなくて」

「えっ、セイント・ビッチホテル……」


 僕が目的地を言うと、奈美さんは驚いた顔をした。


「奈美さん? どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないわ。セイント・ビッチホテルに二十時ね。ギリギリね」 


 奈美さんは左手に付けていたダイヤモンドが装飾されている腕時計に目を向けて呟いた。

 エレベーターが一階に到着した。現在時刻は十九時四十六分。 


「急ぎましょう」

「えっ……」 


 扉が開くと同時に奈美さんは俺の手を掴んで駐車場へと走り始めた。

 駐車場には奈美さんの愛車の水色のポルシェが停まっていた。


「ほら、乗って」

「失礼します」 


 助手席に乗ってシートベルトをする。

 奈美さんがアクセルを踏み、ポルシェは走り始めた。

 地図アプリを開いて、セイント・ビッチホテルまでの車での経路を確認した。 

 セイント・ビッチホテルには車だと十分で到着するようだった。

 何とか間に合いそうだとホッと息を漏らして奈美さんの横顔を盗み見る。

 車を運転している奈美さんはカッコよかった。



☆☆☆





 誠司君をセイント・ビッチホテルまで送った帰り道。

 私は一人でドライブをして帰ることにした。 

 このまま家に帰っても不安で何も手につかなそうだと思ったからだ。


「誠司君がラブホに……。いったい誰と……」


 私の頭はそのことで一杯だった。

 セイント・ビッチホテルは、地上が普通のホテルで、地下にラブホテルが併設されたホテルだった。

 普通のホテルに行くにしてもラブホテルに行くにしても、そんなことはどっちでもいいことだった。

 問題なのは誰と一緒に行くかということだ。そして、その相手とはどういう関係かということだ。


「もしかして誠司君に彼女が……」


 その可能性は十分にあり得る。 

 だって、誠司君はあんなにも素敵な男の子なんだもん。可愛い男の子なんだもん。


「さっきの誠司君の慌てた顔も可愛かったな~」


 思い出しただけで頬が緩んでしまう。

 私の胸に顔を埋めた誠司君。

 顔を埋めていたのが胸だと気づくと何度も謝る誠司君。

 私が許してあげると安堵の表情を浮かべた誠司君。

 それにあの服装も。

 どの誠司君も可愛かった。

 私の下腹部をキュンキュンとさせた。

 もっともっと誠司君を私の胸に埋めさせてあげたかった。

 本当はあの時、誠司君の頭をぎゅっと抱きしめたい衝動にかられたけどグッとこらえた。

 多分それをしたら私の方が先にイってしまうと思ったから。

 家の中だったら迷わずにしただろうけど、さすがにエレベーターの中でへたれこむわけにはいけなかった。


「はぁ~。誠司君」


 無意識にそう呟くと私は助手席に目を向けた。 

 赤信号に引っかかる度に、助手席を向けてしまう。 

 そこにはさっきまでそこに誠司君が乗っていた。

 そう思うだけで……。

 青信号になり、私はハッと我に返って車を走らせる。


「誠司君。ホテルで何をするんだろう……」


 エッチなことをするんだろうか?

 そりゃあ、するわよね。ラブホテルだもんね。

 どれだけドライブをしてもその不安が頭から離れることはないと思った私は大人しく家に帰ることにした。 


「明日は誠司君の誕生日なのに……」


 私は誠司君の誕生日を祝う気満々だった。

 それなのに、まさか前日にホテルに行くなんて……。

 このまま明日も家に帰ってこなかったらどうしよう。

 せっかくプレゼントも用意して、美味しいレストランも予約したのに、全部無駄になってしまうかもしれない。

 もちろん、私が勝手に用意したのでそれは仕方のないことかもしれないけど……。


「誠司君。ちゃんと家に帰ってくるかな」


 帰り道も、家に着いてからも、私は誠司君のことばかり考えていた。


「ああ、誠司君。あなたのためなら、私は……」


 お風呂に入っている時も、布団に入ってからも、私の頭から誠司君が消えることはなかった。

 


☆☆☆

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