第14話

「おりゃあっ!」


 俺は思いっきりナイフを振り上げ、相手のうなじに振り下ろした。奇声を上げる暗黒種族。それに対して、俺は情け容赦なくナイフをギリギリと沈めていく。


「これでどうだあっ!」


 そこから手前に斬り払う。すると、凄まじい勢いで真っ黒な液体が噴出した。これが暗黒種族の血なのだろう。思いっきり力んで振り払ったためか、ごとり、と嫌な音を立てて敵の頭部は地面に落ちた。


「次だ!」


 俺は体中から溢れてくる暴力的なエネルギーに衝き動かされ、そばに落ちていた自動小銃(流石に使い方はよく分からなかった)を鈍器のように振り回し、兵士たちの援護に当たった。


 それから十分ほどが経過しただろうか、街中のスピーカーからこんな声が聞こえ始めた。


《こちら軍司令部、敵性勢力の殲滅を確認。総員、ただちに負傷者の救出にあたれ。繰り返す――》


 ふと空を見上げると、暗雲が散り散りになって消えていくところだった。


「終わった、のか……?」


 俺はその場にぺたんと尻餅をついた。手にしていた自動小銃は原型を留めないほどに折れ曲がっている。

 それを投げ捨て、俺は背中側に腕を遣って両の掌を地面に当てた。見渡せば、あちこちに機甲化・暗黒それぞれの種族の鮮血が街路を染めている。陽光に照らされているのは薬莢か。


 衛生兵と思しき兵士たちが、担架に負傷者を載せて病院に担ぎ込んでく。怪我の程度は様々だったが――って待てよ。


「エミ……それに准尉は?」


 俺のお守りを任されてくれた二人の無事を確かめなければ。俺が周囲を見渡すと、しかし探すまでもなかった。エミの姿が見えたのだ。

 彼女も尻餅をついている状態だが、しかし俺と違ってぼんやりしている。


 俺は震える足を自分で叱咤しながら立ち上がり、エミの方へと向かった。


「エミ、怪我はないか? 大丈夫か?」

「……」

「おい、しっかりしてくれ! お前は大丈夫そうだな、准尉は? あのガキはどうした?」

「……」


 エミは目を見開き、口元をぱくぱくさせている。ただそれだけだ。

 すると、ちょうどすぐそばを一台の担架が運ばれていくところだった。それに向かって、初老の女性が駆け寄っていく。何か喚いているが、言っていることが支離滅裂だ。


 って、まさか。


「おい、そこの担架! 待ってくれ!」


 俺が呼び止めると、運んでいた兵士はそっと担架を置いてこちらに敬礼した。が、それに返礼することもなく、俺は担架で運ばれていた人物の顔を覗き込んだ。


「准尉……」


 俺はもう、呆気に取られるしかなかった。准尉は胸元を背後から貫かれた状態で横たわっていた。誰がどう見たって死んでいる。

 俺が思わず後ずさると、先ほどの女性が准尉に覆い被さるようにして泣き喚き始めた。なるほどというかやはりというか、女性は准尉の母親だったのだ。


 気づいた時には、俺はエミのそばにまで後退していた。目の前の現実に圧倒されていたのだ。

 さっきまで一緒にラーメンを食おうとしていたのに、どうして彼が死ななければならなかったのか?


 俺とエミは一般の兵士に声をかけられ、軽く腕を引き上げられるようにして立ち上がり、そのまま病院へと連れていかれた。


         ※


 俺もエミも軽傷だったため、先にシャワーを浴びてくるようにと言われた。取り敢えず俺は尉官扱いということで、優先的にシャワールームを借りられることになったのだが、問題は――。


「なんか、ボロボロだな」


 シャワーを浴びるべくシャツを脱ぎ、上半身を鏡に映すと、傷だらけだった。

 といっても、ほとんどが肌を切られた程度で出血はほとんどない。それでも、俺にとっては十分ショックだった。


「やっぱり鉄壁じゃなくなってるのか……」


 掌を見下ろす。暗黒種族の尻尾を掴んだ腕だ。そこにもうっすらとミミズ腫れがあった。


「サンのサーベルの方がよっぽど強かったはずなのに、同じくらいのダメージか」


 一体俺の身体に何が起こっているんだ?

 俺がじろじろと、筋肉のない貧相な身体を見つめていると、唐突に洗面所の扉が開いた。


「あ」

「きゃっ! ご、ごめんなさい!」

「ああ、エミか」


 俺は何とはなしに声をかけ、そしてごくりと唾を飲んだ。

 迷彩服と防弾ベストを脱いだエミの胸部は、以前よりもずっと強調されて見えた。カッと俺もまた赤面する。まったく、なんておっぱ……じゃない、なんて格好なんだ。


「あれ? ここって男子用のシャワールームなんじゃ……?」

「ご、ごめんなさい、トウヤさんの衣服がボロボロだったから、代替品を持ってきたんです」

「ああ、悪いな」


 かく言うエミも、決して無傷ではなかった。右腕には包帯がまかれ、額の左側には絆創膏が貼られている。

 俺がその傷に見入っていると、エミは思わぬ行動に出た。脱衣所の扉を閉め、俺のそばにある木製のソファに腰を下ろしたのだ。両膝に手を置き、俯く。


「あのー、エミ? ここは男子用のシャワールームのための脱衣所で……」

「尉官以外は利用しません。誰も来ませんから問題ないです」

「はあ!?」


 いやいや、ここにお前がそんな恰好でいることが問題だろうが。

 そう言いつけてやりたかったが、俺は思いとどまった。誰も来ないということは、内密な話ができるということだ。

 エミの父親のこともあるし、話に乗ってやろうか。


「で、何があったんだ、エミ? 何もなきゃこんなところに来ないだろ」


 俺がそう言い終えた、まさにその瞬間。エミは両の掌を顔に当て、わんわんと声を上げて泣き出した。


「ちょ、待てよ! どうしたんだ?」

「彼は……准尉は私の身代わりになって殉職したんです!」

「エミの、身代わり?」

「ええ、ええそうです! 私が上手く部隊を統率していればこんなことには……!」


 大佐に憧憬の念を抱いていたあの准尉は、エミのことを快くは思っていなかったはず。それでも彼は上官であるエミのために、自ら命を投げ出したというのか。


「私の父が指揮していれば、ずっと犠牲者は少なくて済んだはずなのに!」


 父親。エミが俺を、意識不明の父親に引き合わせたのは、もしかしたら自分と父親とを比べてほしいと思っていたからではないか。

 そして、お前は父親と同じくらい優秀な指揮官なのだと認めてほしかったのではないか。


 俺はそこまで考え至ったものの、なんと言葉にすればよいのかはさっぱりだった。こちらから踏み込むには、家族の問題というのはデリケートすぎる。


 しかし、俺が言及するより先に、エミは言葉を紡いだ。


「私の父は、軍人として尊敬できる人物でした。いつも堂々としていて、どの種族との戦闘でも先陣を切り、それで皆の士気を高めて勝利に導く。まあ、私たち機甲化種族は、魔術師種族とは相性が良くないのですけれど」

「ああ、そうらしいな」


 俺はようやく、自分も腰かけるべきだと思ってソファに尻を載せた。


「だけど、あの暗黒種族の連中はどうなんだ? 機甲化種族は、あいつらとも相性が悪いのか?」

「いえ、私たちに限った話ではありません。現に武闘家・魔術師のそれぞれの陣営にも時折暗黒種族は襲来しているようです。皆、苦戦を強いられているようですね」


 確かに、あれだけの運動性能は常人では真似できまい。


「暗黒種族によるこれほどの大規模攻撃は、私にとっては初めての経験でした。だから、その……」

「パニックになっちまった、のか?」


 こくこくと頷くエミ。


「私はもう誰にも死んでほしくない。それなのに、人間同士でも争いは絶えず、暗黒種族という共通の敵に対しても、団結できないでいる。こんな世界で私にできることなんて、何もないんじゃないか。そんなことばかり、考えています。父の意識さえ戻ってくれれば……」


 その言葉に、俺ははっとした。


「言うな!」


 びくっとエミが肩を震わせる。


「ト、トウヤさん?」

「そんなことを言うなよ、エミ! 親は子供より先に死んじまうんだ、いつまでも無いものねだりをするのはやめろ!」


 エミはまじまじと俺の目を覗き込んでいたが、すぐに顔を逸らした。


「トウヤさんのご両親は、その……」

「親父はまだ生きてるさ。向こうの世界でな」


 しかし。いや、だからこそ。


「比べられる悔しさ、ってもんがある。親父は優秀な宇宙工学の権威だが、子供時代の俺や妻である俺のお袋に、気遣いってもんがなかった。失格だよ、夫としても父親としても。だから嫌なんだ、自分と親を比べてどうこう言う野郎が」

「そ、それは……ごめん、なさい」

「誰もお前に謝ってほしくて言ってるわけじゃねえよ、エミ。だが、自信を持ってくれ。自分さえ信じられない奴に命懸けでついて来る物好きなんて、そうそういるわけじゃねえだろうからな」

「……」

「シャワーだけど、俺は後でいい。お前の方が重傷だしな。先に浴びて、頭でも冷やしとけ」


 そう言って、俺は着てきたシャツを羽織り、脱衣所を出た。

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